E2285 – 米国における大学図書館の図書館長等の意識調査2019年版

カレントアウェアネス-E

No.395 2020.07.30

 

 E2285

米国における大学図書館の図書館長等の意識調査2019年版

京都大学附属図書館・村上史歩(むらかみしほ)

 

   2020年4月,米国のIthaka S+Rは,大学図書館の図書館長等を対象とした意識調査の結果をまとめた報告書“Ithaka S+R US Library Survey 2019”を公開した。Ithaka S+Rは,米国にある非営利の4年制大学の図書館長等を対象として,大学図書館の戦略に関する調査を3年ごとに実施しており,今回の調査は,2010年(E1175参照),2013年(E1560参照),2016年に次ぐ4回目である。大学教員を対象とした“US Faculty Survey”も2000年から3年ごとに行われており,今回の報告書では,2018年の調査結果が比較に使用されている。

  調査は2019年秋に電子メールで行われ,有効回答数は662件,回答率は46%であった。調査内容は,リーダーシップとマネジメント,図書館の役割とサービス,コレクションとジャーナルのライセンスの,大きく分けて3つの観点で分析されている。また,今回新たに,公平性や多様性,包括性に関する戦略,コレクション戦略の変更,学生の「成功」(E1827参照)を保証する図書館の役割などのトピックが調査範囲に追加されている。回答者の所属大学を,カーネギー分類を用いて,授与できる学位による3グループ(学士,修士,博士)に分類して回答を集計している。以下では,大学図書館にとって重要と思われる事項に焦点を当てて,調査結果の一部を紹介する。

●リーダーシップとマネジメント

  来年度の予算が10%増額すると仮定した場合,その用途として,技術,システム,インフラストラクチャーを選択する図書館長の割合は減少している。この分野への財政支援の増加に対して,博士号授与大学の図書館長は,2013年の調査では36%と比較的多くが関心を示していたが,2019年の調査では22%と大幅に減少し,他の大学とほぼ同じ水準となっている。

  業務の優先順位は,コレクションからサービスへと移行し続けている。図書館長は,今後5年間で支出と人員の増加が必要な分野として,教育・研究支援に関連するサービスを挙げており,情報リテラシー教育,学生の「成功」保証,専門分野に特化した教員へのデータマネジメントをはじめとした研究支援などが含まれる。それに応じて,コレクションへの支出の削減が検討されている。

  図書館やその所属機関に,図書館員の公平性,多様性,包括性,アクセシビリティに関する十分な戦略があると回答する図書館長は,3分の1と比較的少数である。その一方で,多くの図書館長は,図書館への就職希望者の採用と選考において,求人広告に最低限の要件や推奨資格を記載したり,構造化された面接方法を使用したりするなどの取り組みを行っている。

●図書館の役割とサービス

  図書館長は,直属の上司である図書館を担当する高等教育機関の指導者や,他の指導者にとっては重要性が低下している図書館の役割に対しても,今もなお価値を見出している。以前の調査と同様に,図書館長は,直属の上司や他の高等教育機関の指導者からの評価,関与,戦略的提携が減少していると感じている。図書館長は,すべての図書館機能とサービスの重要性について,直属の上司よりも高く評価している。特に教育支援,大学院研究支援,教員の情報発見に関連する機能とサービスの重要性について,両者の間で認識のずれが大きくなっている。

  学生の「成功」を支援することは,依然として図書館の最優先事項である。3分の2以上の図書館長が,学生の学習量の増加に図書館が大きく貢献していると考えている。一方で,学生の「成功」を表す伝統的な指標である,卒業後の雇用や給料の向上,入学者数の増加に貢献していると考える図書館長は少ない。

  約半数の図書館長が,機関全体のラーニングアナリティクス(E2112参照)ツールへのデータの提供に関心を持っている。しかし,学外の事業者が個人レベルのデータにアクセスできることに懸念を抱いている図書館長の割合も,同じく約半数を占めている。関心,懸念ともに博士号授与大学の図書館長の回答における割合が最も高い。

●コレクションとジャーナルのライセンス

  電子書籍への支出が上昇し,今回初めて紙の書籍への支出とほぼ同じ水準となった。この10年間で継続的に,あらゆる電子リソースへの支出の割合が増加し,紙のリソースへの支出の割合が減少している。特にジャーナルへの支出の変化が大きく,電子ジャーナルとデータベースへの支出は約15%増加し,冊子体のジャーナルへの支出は約10%減少している。

  半数の図書館長は,今後5年間のうちに大規模なジャーナルのパッケージ契約を中止する可能性が高いと回答している。電子リソースの価値の上昇速度が,そのコストの上昇速度を上回ると考える図書館長は,2016年の約25%から,2019年には14%まで減少しており,契約中止の検討に影響している可能性がある。転換契約(CA1977参照)を計画している図書館長は,約20%と比較的少数である。

  今回の調査は,新型コロナウイルス感染症が蔓延する以前に実施されたものであり,その後,高等教育と大学図書館を取り巻く環境は劇的に変化している。しかし,報告書では,危機が発生する直前に追求されていた戦略と希望を理解し,今後の戦略を決定するために,この調査結果が役立つと指摘されている。パンデミックの影響を把握するため,2020年後半にフォローアップ調査を実施予定とのことである。日本の大学図書館における検討に資するためにも,今後の調査ではどのような結果が得られるのか,引き続き注目していきたい。

Ref:
Frederick, J. K.; Wolff-Eisenberg, C. Ithaka S+R US Library Survey 2019. Ithaka S+R, 2020, 87p.
https://doi.org/10.18665/sr.312977
篠田麻美. 大学図書館の指導者層の意識調査(米国). カレントアウェアネス-E. 2014, (258), E1560.
https://current.ndl.go.jp/e1560
ITHAKA,大学図書館の戦略についての調査報告書を公開(米国). カレントアウェアネス-E. 2011, (193), E1175.
https://current.ndl.go.jp/e1175
武田和也. 学生の「成功」のために大学図書館は学内で連携を(米国). カレントアウェアネス-E. 2016, (308), E1827.
https://current.ndl.go.jp/e1827
木下雅弘. 北米の研究図書館におけるラーニングアナリティクスの取組. カレントアウェアネス-E. 2019, (364), E2112.
https://current.ndl.go.jp/e2112
尾城孝一. 動向レビュー:学術雑誌の転換契約をめぐる動向. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1977, p. 10-15.
https://doi.org/10.11501/11509687