カレントアウェアネス-E
No.400 2020.10.15
E2312
デジタルコレクション購入の手引き:英Jiscの4原則
収集書誌部外国資料課・辻慎太郎(つじしんたろう)
2020年6月,英国の非営利団体Jiscは文書,写真などの一次資料をデジタル化したものから成るデジタルコレクションの購入に関する図書館員向けガイド“Purchasing digital archives:Guidelines for librarians when negotiating with publishers”を公開した。
デジタルコレクションは学習,教育,研究などにおいて重要な役割を果たしており,特に高等教育機関の図書館は多くの資金を注ぎ込んでいる。例えば2019年7月にJiscが公開した報告書(要約版)では,67の教育機関のうち42%が過去5年間で平均10万ポンド以上を買い切り型デジタルコレクションに費やしていた。
それにも関わらず,同調査に参加したほとんどの機関は金額に見合うサービスを受けられていないと回答している。デジタルコレクションは買い切り型をうたうタイプであっても毎年,または断続的にプラットフォーム料などが追加でかかることが多い。また,コストの内訳やその計上方法などが示されず,金額の合理性を確認できない場合があるなど,その購入や維持は図書館にとって大きな負担となっている。
ここに追い討ちをかけているのが,新型コロナウイルス感染症の流行である。英国大学協会(UUK)によると,当会計年度(2019年から2020年)の渡航禁止に伴う留学生による学費収入の潜在的損失は,英国の高等教育機関全体で69億ポンドに達する可能性があるという。教育のオンライン化が進むことで,デジタルコレクションの需要は一層高まると予想される一方,その経費がこれまで以上に図書館の経営を圧迫する可能性も否定できない。
こうした状況を踏まえJiscが公開した本ガイドは,出版社との交渉にあたる図書館員を支援し,図書館と出版社双方の要求のバランスの取り方を説明し,両者が相互に有益な関係を構築して,デジタルコレクションの利用を拡大することを目的としている。その軸となるものが,以下に述べる4つの原則である。
まず1つ目は,「価格透明性に関する情報を提供させること」である。出版社は買い切り型購入にかかる費用の内訳に加え,図書館が各プラットフォームを評価できるようにその機能やサービスのレベルなども公表する必要がある。最初の契約にプラットフォーム料の記載がなければその後の支払は不要とする,手数料徴収やコンテンツ追加の頻度を明確にするなど,導入後のコストについても透明性は欠かせない。
次の原則は「価格設定に責任を持たせること」である。出版社はデジタルコレクションの価格に加え,プラットフォーム料についてもその必要性の正当化と増加の抑制が求められる。プラットフォーム料の値上げは英国の物価上昇率を越えない程度にする,同一プラットフォーム上で複数のコレクションを利用している場合アクセス費用は割り引くなど,図書館が想定外の出費をせずに済む価格設定が望ましい。
3つ目の原則は「コンテンツへの継続的なアクセスを保証させること」である。出版社は買い切り型デジタルコレクションの契約時や追加時のコンテンツ提供,事情によりコピーが使用できなくなった場合の電子送信やメディア交換など,図書館が導入した資料を利用可能な状態に保つ必要がある。
最後の原則は「テキスト・データ・マイニング(TDM)を認めさせること」である。出版社は図書館のTDM利用を可能にし,要望に応じた生データの提供を行う他,生データが有料の場合はその計上方法を明らかにすることなどが求められる。デジタルコレクションと同様,その利用法の一つであるTDMについても透明性が重要である。
この10年間,米国の大学図書館では「電子ジャーナルとデータベースへの支出は約15%増加し,冊子体のジャーナルへの支出は約10%減少している」(E2285参照)という。これは新型コロナウイルス感染症の流行以前の調査結果だが,図書館の予算に占めるオンラインコンテンツ関連費の割合は英国内外を問わず増加傾向が続くことが見込まれる。
一方,出版社への支払方法を電子ジャーナルの購読料からオープンアクセス出版料に変えることで価格の透明性を図るなど(CA1977参照),図書館が従来の契約を見直す動きも今後進展することが予想される。本ガイドは英国内の状況を念頭に置いたものではあるが,世界各地の図書館がオンラインサービスの拡充や継続について模索している中,その内容が示唆するところは大きいのではないだろうか。
Ref:
“Purchasing digital archives:Guidelines for librarians when negotiating with publishers”. Jisc. 2020-07-12.
https://www.jisc.ac.uk/guides/purchasing-digital-archives
Jisc digitalarchival collections platform charging survey -summary report. Jisc. [2019], 12p.
https://digitisation.jiscinvolve.org/wp/files/2019/07/DAC_PlatformChargingSurveyReportSummary_V2_Published.pdf
村上史歩. 米国における大学図書館の図書館長等の意識調査2019年版. カレントアウェアネス-E. 2020, (395), E2285.
https://current.ndl.go.jp/e2285
尾城孝一. 動向レビュー:学術雑誌の転換契約をめぐる動向. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1977, p. 10-15.
https://doi.org/10.11501/11509687