E2313 – カナダの美術館・図書館・文書館・博物館がもたらす経済価値

カレントアウェアネス-E

No.400 2020.10.15

 

 E2313

カナダの美術館・図書館・文書館・博物館がもたらす経済価値

電子情報部電子情報サービス課・田辺智子(たなべさとこ)

 

   カナダ博物館協会とカナダ国立図書館・文書館(LAC)によるワーキンググループは,2020年5月,カナダのGLAM(美術館・図書館・文書館・博物館)がもたらす経済価値を試算した2019年12月付の報告書を公表した。試算は,GLAM利用者にとっての価値,GLAMを利用しない人々にとっての価値,学校教育の面での価値等のカテゴリに分けて行われ,様々な経済学的な方法を用いて2019年の1年間に得られた便益額が算出された。データ採取のために,カナダ居住者2,045人を対象とした調査が実施され,各種統計や学術研究結果があわせて利用された。

   以下では,主なカテゴリについて試算方法と結果を紹介する。

●来館利用者にとっての価値

   来館利用者にもたらされる便益は,旅行費用法という方法で算出された。GLAMを訪問するのには交通費や時間の面でコストがかかり,コストが少ない人ほど頻繁にGLAMを訪問する傾向がある。これを利用し,訪問に要するコストと訪問回数の関係から需要曲線を求め,消費者余剰(消費者が支払ってもよいと考える金額から,実際の支払い金額を差し引いた金額であり,消費者が得られる便益を表す)を計算する方法である。この結果,GLAM全体では39億7,200万カナダドル,図書館については17億9,700万カナダドルの便益があると試算された。

   なお,図書館のうち大学図書館については,利用者や利用目的,利用形態が公共図書館と大きく異なるため,別途試算を行っており,上述の便益額や後述する費用便益の比較には含まれていない。

●オンライン利用の価値

   近年では,GLAMが提供するウェブサイトやカタログ,ソーシャルメディア等を通じたオンライン利用の重要性が増している。オンライン利用がもたらす価値については,求める情報を入手するのに要した時間をコストに換算し,コストと利用回数の関係から需要曲線と消費者余剰を算出している。この結果,GLAM全体では16億4,400万カナダドル,図書館では6億3,600万カナダドルの便益があると試算された。

●非利用者にとっての価値

   GLAMは,直接それを利用しない人々にとっても価値あるものと認識されている。GLAMの存在そのものや,将来的にGLAMを利用する選択肢を残すこと等に価値を見出すもので,非利用価値と呼ばれる。

   この試算には,人々に直接,支払意思額(あるサービスのために支払う意思がある金額)を尋ねる仮想評価法という方法が用いられた。具体的には,GLAMへの政府支出が無くなったと仮定し,GLAMのサービスを維持するために,いくら寄付するかを尋ねている。この結果,GLAM全体で22億1,200万カナダドル,図書館については5億3,700万カナダドルの非利用価値があると試算された。

●学校教育の面での価値

   GLAMは学校教育にも貢献している。これについては,1年間の学校教育がもたらす生涯賃金の増加額と,GLAMへの訪問時間が学校教育に占める割合を基に算出された。GLAM全体では31億800万カナダドル,図書館については13億6,100万カナダドルと試算された。

●その他の幅広い価値

   以上で挙げた以外にも,GLAMのサービスは社会に対し幅広い価値をもたらしていると考えられる。報告書では,ウェルビーイング(人々の身体的・精神的・社会的な健全性),ソーシャル・キャピタル(社会における人々の信頼関係や結びつきを支える仕組み),学校教育以外の教育面,長期的な経済波及効果を取り上げ,GLAMがもたらす価値について検証している。これら価値の試算方法はいまだ開発の途上にあるため,ウェルビーイングについては貨幣価値への換算が試みられたものの,それ以外については定性的な検討のみとなっている。

●費用と便益の比較

   報告書では,以上を含めたすべての便益を合計し,GLAMが1年間にもたらした総便益を算出した上で,GLAMの運営経費との比較を行っている。総便益と運営経費の差である純便益は86億5,000万カナダドル,総便益を運営経費で除した費用便益比は3.9であった。GLAMの運営に投下された1カナダドルに対し,3.9カナダドルの便益が生じていることになり,これはカナダの公共交通を対象に算出された費用便益比と比較しても遜色ないものだと議論されている。なお,図書館については純便益が34億800万カナダドル,費用便益比は4.6となっている。

●おわりに

   この報告書以外にも,図書館を対象とした費用便益分析は数多く実施されている(CA1627参照)。2020年7月には,国際図書館連盟(IFLA)が過去10年間に行われた費用便益分析をレビューしている。それによれば,図書館が投資額以上の便益をもたらすことを示唆する研究は多いものの,その算出方法は多様であり,いまだ確立された方法はない。このカナダのGLAMの費用便益分析についても,方法論の妥当性は検証の余地があるだろう。さらなる研究の発展と日本における適用の増加が期待される。

Ref:
“Museums and libraries contribute billions to Canadian economy and societal well-being: Study”. Canadian Museums Association. 2020-05-15.
https://museums.ca/site/aboutthecma/newsandannouncements/may152020?language=en_CA
“Value of Galleries, Libraries, Archives and Museums (GLAMs)”. LAC.
https://www.bac-lac.gc.ca/eng/about-us/glam/Pages/default.aspx
“Value Study of GLAMs In Canada”. Canadian Museums Association. 2019.
https://museums.ca/site/reportsandpublications/studyglamscanada2020?language=en_CA
“Library Return on Investment – Review of Evidence from the Last 10 Years”. IFLA. 2020-07-16.
https://www.ifla.org/node/93197
池内淳. 動向レビュー:図書館のもたらす経済効果. カレントアウェアネス. 2007, (291), CA1627, p.16-20.
https://doi.org/10.11501/287043