E2119 – 「著作権延長後の世界で、我われは何をすべきか」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.366 2019.03.28

 

 E2119

「著作権延長後の世界で、我われは何をすべきか」<報告>

 

 日本の著作権保護期間は著作者死後50年,団体名義の作品では公表後50年で1971年以降運用され,その中で,たとえば「青空文庫」は1万5,000点を超える主に明治・大正時代の著作物を電子化し,Amazon Kindleや図書館の電子書籍などで活用することができた。2006年に権利者団体から,これを死後70年に延長することが要望され,文化庁の「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」において,青空文庫,インターネットユーザー協会など多様な関係者との間で議論となったが,2008年第6回小委員会において,「保護と利用のバランスについて,調和の取れた結論が得られるよう,検討を続けることが適当」と,延長は見合わせることとなった。ところが,2015年環太平洋パートナーシップ(TPP)協定において死後70年への延長が合意されたため,これに合わせて日本では2016年に著作権法が改正され延長への路線が引かれた。2017年にトランプ大統領が米国のTPP離脱を決定したため,保護期間延長は棚上げとなったかと見えたが,2018年12月30日,米国抜きの新TPP,TPP11(E2060参照)の発効に伴い,前記改正が有効となり,正式に死後70年への延長が発効した。

 これを受けて,2019年1月10日,東京ウィメンズプラザ(東京都渋谷区)において,青空文庫,本の未来基金,デジタルアーカイブ学会,クリエイティブ・コモンズ・ジャパン,インターネットユーザー協会,thinkCの共催によるシンポジウム「著作権延長後の世界で、我われは何をすべきか」が開催された。主な内容は以下のとおりである。

 まず東京大学名誉教授の中山信弘氏より,「著作権制度は時代と共に変化するものである」との基調スピーチがあった。次に弁護士でthinkC世話人の福井健策氏より,著作権保護期間延長問題の経緯について,および延長によって何が変わったかについて解説があった。

 東洋大学経済学部准教授でデジタルアーカイブ学会理事の生貝直人氏,青空文庫の大久保ゆう氏,クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事長の渡辺智暁氏,日本漫画家協会理事の赤松健氏,写真家で日本複製権センター代表理事の瀬尾太一氏,クリエイティブ・コモンズ・ジャパンの永井幸輔氏より,ライトニングトークが行われた。当日不参加の大久保氏は,ビデオを通じて,許諾を必要としない「パブリックドメインは天に宝を積み上げる営みの出発点」との考えが「青空文庫」の立場であると述べた。生貝氏からは,米国の著作権法108条(h)の例に倣い,絶版の著作物については保護期間の最終20年に入ったらアーカイブを無許諾でできるようにする法制を作ろう,赤松氏からは,出版者が絶版書籍を著者の許諾を得て電子化してはどうか,また瀬尾氏からは,孤児著作物の利用を促進するための制度改善を進めるべき,などの提案があった。また,渡辺氏からは著作権が生きている著作物を利用できるようにする上でのクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの重要性について,永井氏からは著作権管理においてブロックチェーンが活用できるのではないかとの話があった。

 総括シンポジウムでは前記講師の他,早稲田大学大学院法学研究科教授の上野達弘氏,三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社芸術・文化政策センター長の太下義之氏,慶應義塾大学経済学部教授の田中辰雄氏,青空文庫の富田晶子氏が加わり,ジャーナリストでインターネットユーザー協会代表理事の津田大介氏の司会で議論がおこなわれた。上野氏からはTPPの議論の中で保護期間の戦時加算の問題の解決を目指すと政府から説明があったにもかかわらず,解決のめどが立っていないことが指摘された。太下氏からは文化政策論の観点から,人口と経済が収縮していく時代には保護期間の部分短縮が必要であるということを世界に提言すべきである,田中氏からは,現行の著作権法を絶対と考える「著作権厨」が教育などでも強調されているが,これは害悪であり,克服する必要がある,富田氏からは,孤児著作物の文化庁長官による裁定制度は改善されつつあるといわれている(E1785CA1873参照)が,民間では補償金の事前供託が必要であり,負担は困難である,などの意見が述べられた。その後の議論では,瀬尾氏から権利者団体を集めて延長問題について一緒に議論する場を持つべきとの提案があり,会場の賛同を得た。

 保護期間20年延長という,著作物利用にとっての大きな障壁の出現を,逆に新しい著作権秩序構築の始まりにしようという熱意にあふれた会合であった。

東京大学大学院情報学環・時実象一

Ref:
http://thinkcopyright.org/reference.html
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hogo/06/gijiroku.html
http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/kantaiheiyo_hokaisei/
http://thinktppip.jp/?p=853
E2060
E1785
CA1873