E1110 – 米国の大学図書館におけるマンガの所蔵状況<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.181 2010.10.21

 

 E1110

米国の大学図書館におけるマンガの所蔵状況<文献紹介>

 

Masuchika, Glenn; Boldt, Gail. Japanese manga in translation and American graphic novels: A preliminary examination of the collections in 44 academic libraries. The Journal of Academic Librarianship. 2010, 36(6), p. 511-517.

 本稿で紹介するペンシルバニア州立大学図書館のマスチカ(Glenn Masuchika)らの論文は米国の大学図書館における,英語訳された日本のマンガの所蔵状況調査を試みたものである。

 本論文中では小さい子ども向けのものという印象の強い「コミック」という語に対し,絵と物語を併せた表現物一般を表す語として「グラフィックノベル」(graphic novels;E639参照)を用いている。さらにグラフィックノベルの中でも日本で描かれたもの(及びその英語訳版)については一貫して「マンガ」(manga)と記述し,米国で描かれたグラフィックノベルとは区別している。著者らによれば米国でもグラフィックノベルは研究ジャンルとしての地位を確立してきているという。一方で,Library Journal誌による2008年の“Best Graphic Novels”等,商業的なレビューの中ではマンガが含まれないことが多く,マンガに対するバイアスの存在を著者らは指摘している。同様のバイアスが米国の大学図書館にもあるのか,という問題意識の下,本論文ではグラフィックノベルの所蔵状況と比較しながらマンガの所蔵状況の調査を行った。

 調査対象館は中西部から12館,西海岸沿いから12館,著名な日本研究専攻がある大学の図書館12館,日本研究を専攻する大学院生の割合が高い大学の図書館8館の合計44館である。これは伝統的にアジア人・アジア系米国人の多い西海岸や日本研究を行っている大学の図書館はマンガの収集に熱心なのではないか,との仮説によるものである(中西部は比較対象)。調査対象とするマンガとグラフィックノベルは,2007年と2008年に発表された複数のベストリストを比較して得られた,マンガ17タイトル,グラフィックノベル12タイトルである。

 調査の結果,地域や日本研究専攻の有無による所蔵状況の差はほとんどなく,マンガもグラフィックノベルも所蔵状況は芳しくなかった。さらに,44館における調査対象29タイトルののべ所蔵数は250冊であったが,このうちマンガは71冊であった。マンガの方が調査対象タイトル数が多いことを鑑みると,大学図書館におけるマンガの所蔵率はグラフィックノベルに大きく差をつけられている。グラフィックノベルは所蔵館数が最も多いタイトルで28館,最も少ないものでも7館が所蔵していたのに対し,マンガは最も多いタイトルでも14館,最も少ないものではどの図書館も所蔵していなかった。また,マンガとグラフィックノベルのどちらにおいても,1冊で完結しているタイトルの方が続きものより所蔵が多い傾向があった。

 マンガの所蔵がグラフィックノベルに比べ少ない理由として,著者らはグラフィックノベル,マンガともに学術的なコレクションとしての価値に大学図書館は気付いていないが,その中でもグラフィックノベルは地位を得つつあるのに対しマンガはそうはなっていないのではないか,としている。また,マンガはグラフィックノベルよりも続きものが多く,続きものは購入し続けなければいけないために図書館員に忌避されている可能性も指摘している。

 このように現在の米国の大学図書館においてマンガの所蔵状況はグラフィックノベルに比べ低いことが判明したが,著者らは日本の優れたマンガをより多く蔵書に加えることで,大学におけるアジア研究やアジア系米国人研究,文化・価値観の研究などの幅広い研究分野に寄与することができるとしている。その上で,マンガを大学図書館で所蔵すべきものとして認知するとともに,そのための予算を措置するべきであると著者らは結んでいる。

 調査結果からは日本のマンガの所蔵は進んでいないということであったが,米国において,図書館員の間で研究資料としてのマンガの価値に対する認識があらわれてきていることは興味深い。本論文中で扱われたマンガの多くは日本の大学図書館でも所蔵が進んでいない。日本は多くのマンガを米国に輸出する立場にあるが,大学図書館においてマンガを所蔵することの意義や可能性について考える上では,米国の取組みから学ぶ部分も大きいのではないかと考えられる。本論文の調査は予備的なものであると著者らは述べており,今後の展開にも注目していく必要があるだろう。

(筑波大学大学院図書館情報メディア研究科・佐藤 翔)

Ref:
http://dx.doi.org/10.1016/j.acalib.2010.08.007
http://www.libraryjournal.com/article/CA6643242.html
http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/20101007/1286459470
CA1637
CA1672
E639