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カレントアウェアネス
No.297 2008年9月20日
CA1672
マンガ同人誌の保存と利活用に向けて -コミックマーケットの事例から-
1. はじめに
一般的に「同人誌」とは「主義・志などを同じくする人たちが、自分たちの作品の発表の場として共同で編集発行する雑誌」(『大辞林』 第2版より)のように定義される。
本稿ではこのうち、同人誌即売会や専門書店等で限定的な形で自費出版として頒布される、マンガ・アニメ・ゲーム等を題材としたいわゆる「マンガ同人誌」の保存と利活用の現状、課題について、筆者が運営に携わっている同人誌即売会「コミックマーケット」(以後、コミケットと呼ぶ)の事例を中心に紹介する。したがって本稿における「同人誌」とは「マンガ同人誌」のことを指すものとする。
2. 同人誌保存・利活用の必要性
近年、マンガ・アニメ・ゲームを、日本が誇る文化・芸術と見なす動きが広まっている。政府の『知的財産推進計画2008』でも、マンガ・アニメ・ゲームは「日本の魅力」「日本ブランド」の1つと位置付けられている(1)。
こうしたマンガ・アニメ・ゲーム文化を育んできた場の1つが同人誌であり、また1975年12月に始まったコミケットをはじめとする同人誌即売会である。日本のマンガ・アニメ・ゲーム文化における創作活動、ファン活動の中で、同人誌は大きな位置を占め続けてきた。
多くの商業作家・制作者・編集者たちが、アマチュア時代に同人活動を経ており(例えば、プロのマンガ家の半数近くに同人誌経験がある(2))、商業活動と並行して同人活動を続けている人も多い。作家の研究を行う場合、商業活動のみならず、同人活動をも視野に入れる必要が生まれてきている。
また、自分のオリジナル作品を掲載する創作同人誌だけでなく、様々なジャンルで、ファンによる同人誌が発行されている(3)。そのモチーフは、マンガ・アニメ・ゲーム以外にも広がっている。コミケットの場合、創作同人誌と既存のマンガ・アニメ・ゲーム作品のパロディ・二次創作が数の上では主流を占める(約8割)が、それ以外にも、音楽、TV、芸能、スポーツ、小説、鉄道、旅行、歴史等々、多種多様な同人誌が作られている(4)。これらを系統的に分析することによって、時代毎に、どのようなサブカルチャーや作家、作品が、どのような形態でファンに受容され、いかなる表現に昇華されているのかを知ることもできる。
同人誌の市場規模については、様々な推計がなされているが、自費出版という特質もあって、その規模を明確化することは非常に難しい。例えば、同じ書籍内であっても、同人誌全体の市場規模を277.3億円とする論文と、同人誌即売会以外の流通形態(専門書店・中古ショップ・ダウンロード販売)のみで約300億円~350億円という異なる推計の論文が併載されているような状況である(5)。いずれの数字を採用するにしろ、「同人誌」という言葉のもつイメージとは大きく異なる市場規模を同人誌の世界は有している。
以上のように、様々な側面において、日本のコンテンツ文化の広い裾野の大きな部分を同人誌とアマチュアのファン活動が担っており、同人誌の研究の必要性は、今後大いに高まっていくことが予想される。そのためには、発行された同人誌が適切に保存・利活用される必要がある。
3. 同人誌の保存・利活用の現状
マンガを保存・提供している図書館等の施設は全国各地に存在する(CA1637参照)が、同人誌まで含めて保存・収集している施設は、ほとんどない。国立国会図書館への納本制度を認識しているサークル(同人誌では、発行団体を「サークル」と呼ぶ)も少なく、実際にもほとんど納本はなされていない。書誌情報から同人誌を特定できないため正確な数は不明だが、2007年中に刊行され2008年7月までに「マンガ」として分類・整理された同人誌は、大学のマンガ研究会の同人誌など数点にすぎない。
そもそも、同人誌は、「出版社-取次-書店」という一般的な流通形態では頒布されておらず、組織的に収集することは大変困難である。同人誌の主な流通形態は、1) 日曜・祝日を中心に全国各地で開催されている同人誌即売会における頒布、2) マンガ専門書店・同人誌専門書店経由の流通(書店等による通信販売・ダウンロード販売を含む)、3) 発行元であるサークル自身による通信販売、の3つであるが、このうち、1) の同人誌即売会のうちの2つのみが、継続的かつ長期的に、サークルから見本として同人誌の回収・保存を行っているという状況である。
その1つがコミケットであり、第1回以来、サークルから提出された見本誌を保存している。その長期的な目標としては、同人誌図書館の設立を目指している(後述)。もう1つは、創作同人誌に特化して開催されている同人誌即売会である「コミティア」(6)が、見本誌を集めている。コミティアの場合、イベント開催後に見本誌の読書会を別途行ったり、見本誌を元に推薦本を選び、レビューをカタログ(即売会への参加全サークルの紹介や会場での諸注意等が掲載されたパンフレット)に掲載したりと、見本誌の保存というよりは、活用に主眼が置かれている。なお、どちらの即売会も恒常的な見本誌の公開は行っていない。
次章では、筆者が関わっているコミケットにおける取り組みの現状について詳述する。
4. コミケットにおける見本誌の回収・保存・利活用
コミケットは前述のとおり、30年以上の歴史を有する。現在は年2回、夏と冬に3日間連続で、東京国際展示場(東京ビックサイト)を全館借り切って開催している。2008年夏においては3日間で3万5千サークルの出展、約55万人の参加者を集めるなど、規模も世界最大であるとされる。
初期においては、コミケットで集めた見本誌は、コミケットの事務所に併設している書架に収めていたが、コミケットの規模の拡大とともに収容が不可能となり、1987年頃に千葉県に見本誌保存用のプレハブの倉庫を建設した。その後、プレハブ倉庫の増築を行ったが、増え続ける見本誌の収容が追いつかず、また、保存状態にも問題が発生したため、2003年に埼玉県に鉄筋コンクリート製の倉庫を取得した。現在は、全ての見本誌をそこに収納している(図1参照)。
見本誌は、コミケット当日朝、各サークルの受付時に回収し、コミケット準備会のスタッフがコミケットの規約及び法律に触れるような内容がないことを確認するのに用いている。現在、回収の対象としているのは、それまでのコミケットに見本誌として提出していない、a) 同人誌(コピー誌を含む)、b) カレンダー、c) カードゲーム(b、cはいずれも画集に準じるものとして扱っている)、d) メディア類(ビデオテープ、カセットテープ、フロッピーディスク、MO、CD、DVD等)、e) 量産されたフィギュア(人形)、である。一方、回収していないものは、f) ペーパー(サークルの情報や作者のフリートーク等が掲載されている1枚紙のもの)、g) グッズ類全般(ポスター、便せん、紙袋、シール等)、h) 量産されていないもの(自主制作のハードウェア、フィギュア等)である。提出する見本誌には、サークル及び書誌の情報(サークルの受付番号・配置場所・サークル名・誌名・頒布価格・発行日)を記入した見本誌票(図2参照)を事前にサークルが貼り付けておく。見本誌票は、サークル参加のための申込書セットに綴じ込んである。これはコミケット47(1994年12月に開催した第47回のコミケットのこと。以下の「コミケット○○」の○○も同様に開催回数を表す)から制度化されており、初期から記入項目に変更はない。
見本誌の保管に当たっては、2004年に廃止された旧ゆうパックのダンボール箱(大サイズ)及びその相当品を利用している(外寸:長さ390mm×幅290mm×高さ200mm)。この箱は、B5判サイズの本を、2冊並べて横置き収納することができ、かつ縦置きにもできるため、この判型が多い同人誌の保存に非常に適している。コミケット36(1989年8月開催)以前は、回数毎に整理はされていないが、コミケット37(1989年12月開催)以降は開催回、開催曜日、配置地区(ホール)、ブロック(一連のサークルスペースを表す単位)毎に管理されており、2008年7月現在、総数で約13,000箱弱のダンボール箱に見本誌が収納されている(図3参照)。1980年代までの同人誌が未整理な状態なのは、明確な管理基準もないままに書架に同人誌を並べており、何回か整理・管理を試みたが中途半端な形に終わったこと、見本誌を元に年1冊程度コミケット準備会で刊行していたアンソロジー作品集の作業のため見本誌の整理がうまくいかなかったこと、という当時の事情による。各回の各曜日の各ブロックのジャンルやサークルの構成については、当該回の『コミケットカタログ』を見れば、追跡が可能である(なお、『コミケットカタログ』については過去に発行した全冊を国立国会図書館に納本済みである)。
1箱あたりの同人誌の冊数は、ジャンルによって異なる(例えば、女性向けジャンルの方が、B5判同人誌が少ない傾向がある)が、概算で平均150冊程度が収納されている。つまり、現在、約200万冊の同人誌を保管していることになる(表1参照)。その他、約500箱の同様のダンボール箱に、各種メディアの見本誌(前述のd)が収納されている。
こうして、集められている見本誌については、次回コミケットでのサークルの配置作業(即売会において、どのサークルをどこに置くのか)の参考資料として一部確認したり、特別な企画がある場合に活用したりする場合もあるが、ほとんど手つかずのままなのが現状であり、ましてや、図書館として利用されるような状態にはなっていない。
5. 同人誌の保存と利活用にまつわる問題点
このようなコミケットの取り組みから見えてきた、同人誌の保存・利活用(特に図書館等での提供)にまつわる問題点について、以下に整理した。
【収集――膨大な発行数と網羅性】
同人誌の保存にまつわる問題点として、まず、挙げられるのが、網羅性である。前述のとおり、同人誌の流通形態は3種類あり、同人誌即売会だけでも、大小あわせて年間1,800回以上も開催されている(7)。最も規模の大きい即売会であるコミケットでも、日本国内で発行される全ての同人誌を網羅しているわけではない。コミケットに参加していないサークルは数多く存在し、参加しているサークルでもコミケット以外の同人誌即売会で発行した同人誌を全てコミケットにて頒布するわけではない。前述の通り、コミケット以外に同人誌を収集・保存しているのはコミティアだけであり、両即売会で頒布されない相当数の同人誌が収集・保存されていない。
一方で、コミケットが現在1年間に集めている見本誌の数だけで、約11~12万冊に達している。これは、年間約8~9万冊とされる新刊書籍の発行点数(8)を大きく上回っている。コミケットが保存している分だけでも、管理するには膨大な数である。これを管理するコスト・負担は非常に大きい。
【整理――書誌情報の不足と管理手法の未確立】
同人誌の書誌の問題点として、同人誌がサークルによる即売会での直接頒布を中心とし流通等をあまり考慮しておらず、奥付が不十分なものや、さらにはタイトルが不明のものも少なからず発行されていることが挙げられる。
また、どのような分類体系の元に同人誌を整理・管理することが適切なのか、研究はほとんど行われていない。著者で分類しようにも、1人の作家が同じサークル名・同じペンネーム・同じジャンルで活動を続けている例はそれほど多くはなく、作家によっては、複数のサークル名・複数のペンネームを用いて複数のジャンルで同時に活動していることすらある。これを統制したデータを作成するのは大変困難である。また主題で分類するのにも困難が伴う。コミケットの場合、申込したジャンル以外の同人誌を出すことも自由である(例えば「鉄道」ジャンルで申込したが、鉄道と関係のないアニメの同人誌も頒布する等)。しかし、コミケットの現在の保存方法は、ブロック毎となっており、ジャンルはブロックを基準に配置されている。したがって、申込ジャンル以外を主題とした同人誌を主題から検索することは事実上不可能である。同人誌の持つ自由さが、資料の保存・利活用にあたっては、阻害要因ともなってしまう。
【保存――装丁上の特質がもたらす脆弱性】
同人誌の装丁上の特質として、以下の問題が挙げられる。a) 同人誌は一般的に薄い本が多く、「くるみ製本」であっても、タイトルが背表紙に書かれていない本が大半である。したがって背を向けて書架に並べても、本の内容がわからない。b) 製本を行っていない本が少なからず存在し、本がばらけてしまう恐れがある。c) 製本を行っている本でも、特に80年代中期までの同人誌には、印刷会社の技術力・コスト面から、糊付けが弱い・表紙が丈夫ではない等、製本方法が不適切で、本がばらけてしまう・劣化してしまう危険性のあるものが多く存在する。d) 70年代の同人誌には、c) と同様にコスト面から湿式コピー(いわゆる「青焼きコピー」)で作成された同人誌が多く、光による退色が進みやすい。
【提供――性表現を含む同人誌の管理】
同人誌には、性表現を含むものも少なくない。特に1991年にマンガ専門書店等が「わいせつ図画販売目的所持」で摘発された事件以前の同人誌については、「わいせつ図画」についての判例上の基準である「性器の露骨な描写」を含むものも存在している(その一方で、現在と当時では「わいせつ」基準が明らかに異なっているので、91年以前の性表現を有する同人誌が今でも「わいせつ図画」に該当するかは、ケースバイケースの判断になると思われる)。図書館において公開する場合には、こうした同人誌の扱いに留意する必要があると思われる。
また、わいせつに当たらなくとも「成人向け」同人誌を18歳未満に利用させないように、利用のルール作りが必要となる。
【提供――同人誌を図書館で閲覧可能にすることへの合意形成】
即売会・専門書店で不特定多数に頒布される同人誌ではあるが、サークルの意識には、同人誌は「同好の士」の間でやりとりされるという「身内感覚」があり、その感覚を共有しない人も来館する図書館で同人誌を閲覧可能とすることについて、心理的な抵抗感を持つ者も少なくない。コミケットにおいては、サークル参加のための申込書セットにおいて、「コミケットでは第1回目より見本誌を集めています。個人の営為としての表現、文化としての同人誌を後の時代のために残すという目的のためです。(中略)同人誌図書館、資料館の設立に向けて、資料の保存に加えて、整理を始めるべき時期に来ているのかもしれません。」と、同人誌図書館の設立を目指しているコミケット準備会のスタンスを表明してはいる。しかしながら、即売会運営者とサークルの信頼関係の上で同人誌即売会は成立しているので、サークルの意向を無視した形での運用を行うことは難しい。同人誌図書館の意義をサークルに理解してもらい、サークルからの意見にも耳を傾けつつ、合意形成をしていくことが重要である。
6. 今後の取り組みと課題
前章で見たとおり、同人誌の収集には数量・網羅性という問題が、整理には情報の不足・分類の困難さという問題が、保存には装丁の問題が、提供には内容による閲覧制限の必要性・提供への合意形成という問題が、それぞれ存在している。しかし、同人誌が適切に保存され、十分に利活用される環境が必要であることに変わりはない。
現在コミケットでは、コミケット準備会前代表である故米澤嘉博が所蔵していたコレクションを明治大学に寄託・寄贈し、「米澤嘉博記念図書館」(仮称)として2009年春頃に開館する計画が進行中である。この施設の一部を利用し、コミケットの見本誌の一部の閲覧を行うことができないか、検討に着手している。前章で挙げた様々な問題点については現実に即した形で調整を行い、コミケット参加者の理解を得つつ、実現できればと考えている。
最後に、同人誌の保存と利活用の問題は、コミケットのみが担うには余りに大きな問題である。サークルの協力は言うに及ばず、コミケット以外の同人誌即売会、書店の協力も重要である。また、図書館情報学や図書館実務に関するノウハウといった面において、大学等の研究機関、図書館関係者の協力も必須である。こうした協力なしには、環境整備はおぼつかない。関係者の協力にも期待したい。
コミックマーケット準備会:里見直紀(さとみ なおき),安田かほる(やすだ かほる),筆谷芳行(ふでたに よしゆき),市川孝一(いちかわ こういち)
(1) 知的財産戦略本部. 知的財産推進計画2008: 世界を睨んだ知財戦略の強化. 2008, 139p.
http://www.ipr.go.jp/sokuhou/2008keikaku.pdf, (参照 2008-08-20).
(2) 経済産業省商務情報政策局文化情報関連産業課ほか. コミック作家のキャリアパスに関するアンケート調査結果について. 2004.
http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/downloadfiles/comicanketo/comicarrierpass.pdf, (参照 2008-08-20).
(3) コミックマーケット準備会. C75ジャンルコード一覧. コミックマーケット公式サイト. 2008-07-14.
http://www.comiket.co.jp/info-c/C75/C75genre.html, (参照 2008-08-20).
(4) コミックマーケット準備会. コミックマーケットとは何か?. 2008, p. 22.
http://www.comiket.co.jp/info-a/WhatIsJpn080225.pdf, (参照 2008-08-20).
(5) 2008 オタク産業白書. メディアクリエイト, 2007, p. 61, 145.
(6) コミティア実行委員会. “COMITIA”.
http://www.comitia.co.jp/, (参照 2008-08-20).
(7) 同人イベント情報サイト「ケットコム」の検索結果による。
ケットコム. “同人イベント情報サイト「ケットコム」”.
http://ketto.com/, (参照 2008-08-20).
(8) 書棚ドットコム. “解説”.
http://www.shodana.com/book.html, (参照 2008-08-20).
Ref:
myrmecoleon. Myrmecoleon in Paradoxical Library. はてな新館.
http://d.hatena.ne.jp/myrmecoleon/, (参照 2008-08-20).
(上記ブログには、同人誌と図書館について、多くの示唆をいただいた。)
里見直紀,安田かほる,筆谷芳行,市川孝一. マンガ同人誌の保存と利活用に向けて -コミックマーケットの事例から-. カレントアウェアネス. 2008, (297), p.9-13.
http://current.ndl.go.jp/ca1672