CA976 – SAIL−NLMの文献提供自動化の試み− / 富所延浩

カレントアウェアネス
No.184 1994.12.20

 

CA976

SAIL−NLMの文献提供自動化の試み−

アメリカの医学図書館の間ではDOCLINEという相互貸借(ILL)メッセージングシステムが利用されているが,その中心となっている国立医学図書館(NLM)がこのほど,ILL業務の一層の省力化とスピードアップを目的とした一つの実験を行った。SAIL(System for Automated Interlibrary Loan)と呼ばれるこのプロジェクトは,雑誌論文を電子画像化した光ディスクシステムをDOCLINEに組み込むことにより,文献の請求から提供までを自動化するというものである。

DOCLINEで文献を請求すると,該当地域内での提供可能館がまずリストアップされ,それが一館もない場合にNLMに請求が送られる。SAILシステムではこのとき,もしNLMで電子化済みの文献であれば,これを職員の手を介さずに自動的にプリン卜アウト,または請求館へ直接ファクシミリ送付することができる。

光ディスクへの入力は,1991年に,Index Medicusの採録誌のうち過去3年間に発刊された英文誌64タイトルを対象として開始された。新刊雑誌を実験対象としたのは,発刊してから各館が購入決定し,所蔵データが総合目録に収録されるまでに2年かそれ以上のタイムラグがあるので,その間NLMへの請求が集中しやすいと予想されたからである。

この64誌に掲載済みの約23,000の論文が電子画像化された。SAILの準備段階ではこの画像入力が最も労力を要する作業だった(読み取りの際のぺージ毎の検査,論文毎のタグの付与,磁気テープへのバックアップ等)。NLMの算定によれば,従来の文献提供における,職員による資料出納・コピー送付に費やされているコストは,ー論文あたり平均7.36ドル。これに対し,SAILでは一論文あたりの入力のコストは4.92ドル,出力・送付コストは3.84ドルで,計8.76ドル。もちろん電子画像を繰り返し利用すればするほど,コストは下がることになる。

実験は1992会計年度の一年間にわたり実施された。この間SAILに回付された請求は12,338件。そのうち,約30%が15分以内に自動的に処理され,約50%は論文IDの不備等のため文献の特定に人の手がかかったものの,3時間以内に処理が完了した。論文自体が未入力だった等の理由で対応できないものは7%だった。選ばれた64タイトルの雑誌はすべて少なくとも1回は利用された。しかし論文レベルで見ると,利用回数0回の論文が全体の80%,1回が11%,2回以上のものは9%にすぎなかった。上記のコスト計算からいって,この結果は従来のサービスに比べ採算の取れるものとは言えない。

実験の結果を受けてNLMでは,SAILの方式はILLサービス改善の方法としては有効でないと判断した。同じ一年間にNLMが提供したILLサービス全体における雑誌論文の利用状況を見ても,利用された論文のうち利用回数1回の論文が88%を占めており,論文レベルで見た場合の「低頻度利用文献」の比率の高さをはっきり物語っている。しかしSAILはごく小数の利用頻度の高いタイトルに限定して適用すれば有効であり,NLMでは今後はそうしたシステムとして継続してゆく予定である。

文献の自動画像提供については,たとえば民間の文献提供サービスシステムであるUnCoverでも独自のソフトウェアを開発中という (UuCover社では1991年以来,請求のあった文献から順次電子化して蓄積する体制をとっている)。1992〜93年にかけて民間の文献提供システムの一つFaxon Finder/Xpressの試験利用機関となり,これを導入する意向を示しているボストンのある病院の付属図書館によれば,民間サービスはまだDOCLINEに比べヒット率は低いものの,文献の「至急」提供の場合のコストはILLと大差なく,特に事務処理量が大幅に減らせるのが大きな魅力だと言う。

文献提供システムの多様化によって,ILLサービスも利用館側から見れば多くの選択肢の一つにすぎなくなり,スピード,コスト,信頼性,手続の簡便さといった様々な基準で評価され,使い分けられ始めている。医学図書館界もその例外ではなく,こうした状況もNLMの試みの背景にはあると思われる。

富所延浩(とみどころのぶひろ)

Ref: Lacroix, Eve-Marie. SAIL: automating interlibrary loan. Bull Med Libr Assoc 82 (2) 171-175, 1994