CA2037 – 図書館向けデジタル化資料送信サービスへの北米からの参加の現状と今後への期待 / マルラ俊江, 原田剛志

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カレントアウェアネス
No.355 2023年3月20日

 

CA2037

 

図書館向けデジタル化資料送信サービスへの北米からの参加の現状と今後への期待

カリフォルニア大学バークレー校C.V.スター東アジア図書館:マルラ俊江(まるらとしえ)
アイオワ大学図書館:原田剛志(はらだつよし)

 

1.はじめに

 国立国会図書館(NDL)が2014年1月に開始した図書館向けデジタル化資料送信サービス(以下「図書館送信」;E1540CA1911参照)の日本国内での参加館は、2022年12月現在で1,392館ある(1)。一方、海外からの参加館は7館にとどまり、そのうち北米からの参加館は筆者らが勤める米国のカリフォルニア大学バークレー校(UCB)C.V.スター東アジア図書館(C.V. Starr East Asian Library:EAL)とアイオワ大学図書館(University of Iowa Libraries:UIL)の2館のみである(2)。NDLが同サービスの海外機関への提供を2019年4月より開始したこと、そしてCOVID-19パンデミックの影響を考慮しても、海外からの参加館は少ないといえる。とりわけ北米においてはこのサービスへの関心が高く、海外機関への提供が始まる以前から北米日本研究資料調整協議会(North American Coordinating Council on Japanese Library Resources:NCC)ではNDLの担当者らと密接に連絡を取り合っていた。また、2020年12月にNCCは図書館送信申請についての情報共有セッションをZoomで開催しており、同サービスの存在は日本研究資料を取り扱う主要な北米機関に周知されているはずである。にもかかわらず、図書館送信の参加館数が伸び悩んでいるのはなぜか。

 本稿では、主だった北米機関における図書館送信の申請状況及び同サービス普及のハードルとなっている要因について報告するとともに、参加できている館の申請事例を紹介し、今後図書館送信を海外で普及させる上での課題を考察する。

 

2.北米機関における図書館送信の申請状況

 筆者らは2022年11月から12月にかけて、日本研究資料への需要が特に高いと考えられる、比較的蔵書数の多い北米の大学図書館26館に図書館送信の申請状況を問い合わせた(3)。12月中旬までに18館から回答を得られた(回答率69.2%)が、このうち同サービスに申請中だったのは1館のみで、残りの17館は申請準備中あるいは検討中だった。図書館送信に申請していない理由として特に多かった回答は、①ユーザーが違法行為をしないよう監視できる態勢を整えられない(66.7%)、②提出資料が多く複雑である(38.9%)、③複写サービスが提供されていない(33.3%)、だった。これら上位3つの回答について以下に詳述する。

 

3.要求される環境条件の難点

 今回の調査で、図書館送信に申請していない理由として、12館が「ユーザーが違法行為をしないよう監視できる態勢を整えられない」と回答している。図書館送信は所定の閲覧室等に設置された閲覧用端末を用いてサービスを提供することが期待されているが(4)、そのような公共スペースに配置されるスタッフの数は限られており、図書館送信利用者の監視を常時彼らに求めるのは難しい。かと言って、各機関に一人いるかいないかの日本研究司書が自分のオフィスを離れて同サービスの利用者を監視しなければならないとなると、本来の業務に支障をきたしてしまう。そもそも、海外機関では複写サービスを提供できないという事情があるため、利用者は一旦利用を始めると長引く可能性がある。

 UILでも図書館送信申請準備の段階でこの問題に直面し、「同サービスの利用者を監視するという業務をスタッフに課すことはできない」という理由で、図書館運営陣に却下された。UILではその後の協議の結果、日本研究司書である筆者のオフィスの前に新たに図書館送信用のデスクトップを設置し、筆者自身が図書館送信の利用者を案内し、自分のオフィスで仕事をしながら同利用者を監視するという案で解決を見た。この場合、担当司書の勤務中、あるいは予約制でしか利用者は同サービスを利用できないという制限はあるが、サービス自体を使えないよりは遥かによい。別の対処法として、ラップトップを図書館送信用端末として登録し、管理者から見える所で利用者にそのラップトップで同サービスにアクセスしてもらうという方法もある。UCB-EALでは、閲覧室内の固定端末1台に加えて、ラップトップ1台を図書館送信用に登録することにした。これにより、複数の利用者が集まるセミナールーム等に管理者がラップトップを持参して、利用者に利用案内を提供することもできるようになった。

 

4.複雑な提出資料と申請手続きの電子化の遅れ

 図書館送信に申請していない理由として、7館が申請に必要な提出書類の多さと複雑さを挙げている。同申請で要求されている提出書類は7点、そのうち署名が必要とされる書類は3点である(5)。中でも“Legality Checklist”において弁護士資格を有する者の署名が求められている件では、以前からその必要性を疑問視する声が北米を含む海外の日本研究司書から上がっていた(6)

 また、韓国国立中央図書館(NLK)で提供されている同様のサービス(7)の申請書類はもっとシンプルで、“Legality Checklist”のような書類の提出は求められないのに、なぜ図書館送信の申請書類はこのように複雑なのか、という疑問が複数の司書から呈された。彼らの図書館では、申請準備が容易なNLKのサービスへの申請が優先され、複雑なNDLの図書館送信申請は後回しにされているという。

 さらに図書館送信の申請においては、提出書類での電子署名の使用が認められず、かつ電子ファイルではなく印刷した書類を郵送しなければならない。UILでは契約書等における電子署名が2020年には既に標準化されていたため、図書館送信の申請でも当初は電子署名入りの書類を提出した。その後、NDLから「手書きの署名でないと受理できない」という通知を受け取るも、その時には既にパンデミックでほとんどの大学職員が自宅勤務になっていたため、複数の提出書類にそれぞれの担当者から新たに手書きの署名を入手できるまでに数か月を要した。同様のケースは北米の他の図書館の申請でも見受けられた。

 ちなみにUCBでは、申請書類の準備にあたって筆者はまずEAL館長と相談の上で、UCB図書館内のOffice of Scholarly Communication Servicesという部署に相談して、提出書類の一切を見てもらった。該当部署のオフィサーは米国著作権法に通じており、“Legality Checklist”についても学内のどの部署に確認すべきか助言してくれた。それに従い、UCB図書館館長がChief Campus Counselに確認の上、提出書類は全てUCB図書館館長が署名し、NDLには事情を説明する文書を後日追加提出して対応した。

 

5.複写サービスを提供できないという問題

 海外機関が図書館送信の申請をするためには、上述のようなクリアすべき環境条件と複雑な提出書類があり、いずれも各機関内で綿密な調整が要求される。この申請準備に要するであろう膨大な時間と労力を正当化できるだけの利用が見込めないため未だ申請まで至っていない、という意見が複数あった。絶版等の理由で入手困難な資料約152万点(2022年7月時点)(8)へのアクセスを可能にする同サービスが、なぜ十分な利用が見込めないと思われるのか。その理由として6館が「複写サービスを提供できない」という、同サービス海外参加館特有の問題を挙げている。

 複写サービスが提供されていない現在においては、図書館送信参加館に所属する研究者でも閲覧後必要な論文等の複写は所蔵館に提供してもらうほかないが、NDLの遠隔複写サービスを使うと受け取るまで通常1か月程度はかかるし、学外利用者にいたっては必ずしもNDLの遠隔複写サービスを使える環境下にないかもしれない(9)。複写サービスの欠如が海外機関での図書館送信の需要に与える悪影響について、筆者らは日々の業務を通じて肌で感じている。

 図書館送信に興味を示して筆者らに連絡してくる学内外の研究者が、閲覧した資料をその場で印刷するなどして持ち帰れない事実を知ると、その後の連絡が途絶えるのは珍しいことではない。「それじゃあ、何のためのサービスなの?」と大学院生に詰問されたこともある。今回の調査では、回答数でこそ前述の2項の後塵を拝しているが、サービスの需要に直接的に影響を与え得るという意味において、「複写サービスを提供できない」という点こそ北米で図書館送信の参加館数が伸び悩んでいる主因といえるのではないか。

 

6.おわりに

 日本では2022年5月からNDLによる個人向けデジタル化資料送信サービス(以下「個人送信」;E2529参照)が閲覧のみの提供で開始されたが、資料のプリントアウトについても複製抑止装置を実装のうえ、2023年1月18日から開始している(10)。海外の日本研究関係者が同サービスに寄せる関心は高いだけに、個人送信の運用が国内居住者に限定されている現状は残念である(11)。法律を専門とする研究者から「個人送信サービスを海外居住者に提供する場合は、各国の著作権法との整合性、抵触がないかなど、適法性を担保する方策を検討する必要がある」という指摘があったとされるが(12)、どのような方策が用いられ得るのか。海外の図書館や研究者から個人送信への強いニーズがあることはNDLにも認知されているようなので、2023年度以降に行われる予定であるという今後の検討に大いに期待したい(13)

 その前に是非とも検討を願いたいのが、北米で図書館送信普及の障害となっている「複写サービスを提供できない」問題の是正である。筆者らの所属機関が図書館送信参加館になって以来、自館では未所蔵だが図書館送信で提供されている資料について、他館から「複写は可能か」との問い合わせが増えているが、海外の図書館送信においても国内と同様の措置を講じてプリントアウトができるようになれば、海外在住の日本研究者は大幅に時間を節約できるだろう。また、個人送信では既にオンラインでの利用登録手続きが実現されているが、海外の図書館送信もオンラインでの申請手続きと電子署名を認めてもらえるなら、海外機関の図書館送信申請のハードルが低くなるに違いない。

 パンデミックが海外の日本研究者の育成に及ぼす危機が叫ばれて久しいが(14)、図書館送信で複写サービスが提供できるようになり、さらに同サービス申請手続きの簡略化と電子化が進めば、日本国外の図書館送信参加館の増加に繋がり、海外在住の日本研究者がその恩恵を受けることができる。そしてそれは世界が日本文化への理解を深める機会の増大を意味する。今後NDLが絶版等資料の送信サービスを推進していく際、海外日本研究者の状況も考慮の上、その資料へのアクセスの格差是正に努めてもらえるよう、あらためてお願いし、この稿の結びとしたい。

 

(1)“図書館向けデジタル化資料送信サービス参加館一覧(2022年12月1日現在)”. 国立国会図書館.
https://dl.ndl.go.jp/ja/soshin_librarylist.html, (参照 2022-12-16).

(2)“List of the “Digitized Contents Transmission Service for Libraries” partner libraries”. National Diet Library.
https://dl.ndl.go.jp/en/soshin_librarylist.html, (accessed 2023-01-13).

(3) 北米機関の東アジアコレクションの日本関係資料所蔵数については、下記資料中Table 5の “Total Physical Volumes Held as of June 30, 2021”を参考にした。問い合わせた26館のうち、19館は日本関係資料所蔵数が10万冊を超えている。
Doll, Vickie Fu; Liu, Wen-ling. Council on East Asian Libraries Statistics 2020-2021 For North American Institutions. Journal of East Asian Libraries. 2022, 174, p. 44-45.
https://scholarsarchive.byu.edu/jeal/vol2022/iss174/5, (accessed 2022-12-15).

(4) 海外機関用提出書類の1つである下記資料の第9条第7項において、「送信先施設は、登録利用者が閲覧中、次の行為をしない、又はできないように、監視・注意喚起等の対策をとらなければならない」として、「(3)閲覧用端末の画面をカメラ等で撮影すること」、「(4)画面キャプチャ又は資料の電子ファイルを取得すること」等の例が挙げられている。
国立国会図書館. 図書館等向けデジタル化資料送信サービス 利用契約書. 9p.
https://www.ndl.go.jp/en/library/dcts/pdf/Agreement.pdf, (参照 2022-12-22).

(5) 図書館送信の海外機関用提出書類は以下のページに列挙されている。
“Digitized Contents Transmission Service for Libraries (For Librarians)”. National Diet Library.
https://www.ndl.go.jp/en/library/dcts/index.html, (accessed 2022-12-22).

(6) マルラ俊江. 海外機関における図書館送信サービスの利用とControlled Digital Lending: カリフォルニア大学バークレー校の事例. 専門図書館. 2022, 308, p. 29-35.

(7)“Digitized Materials”. National Library of Korea.
https://www.nl.go.kr/EN/contents/EN50200000000.do, (accessed 2022-12-22).

(8)“図書館向けデジタル化資料送信サービス”. 国立国会図書館.
https://www.ndl.go.jp/jp/use/digital_transmission/index.html, (参照 2022-12-22).

(9) マルラ. 前掲.

(10)福林靖博. 令和3年著作権法改正と国立国会図書館による絶版等資料の個人への送信について. 情報の科学と技術. 2022, 72(3), p. 82-87.
https://doi.org/10.18919/jkg.72.3_82, (参照 2022-12-22).
“個人向けデジタル化資料送信サービスに印刷機能が加わります(令和5年1月18日開始予定)”. 国立国会図書館. 2022-12-21.
https://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2022/221221_02.html, (参照 2023-01-16).

(11)文化庁. 「図書館関係の権利制限規定の見直し(デジタル・ネットワーク対応)に関する中間まとめ」に関する意見募集の結果について. 61p.
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoseido/r02_03/pdf/92766601_01.pdf, (参照 2022-12-22).

(12)“第15回科学技術情報整備審議会議事録”. 国立国会図書館.
https://www.ndl.go.jp/jp/collect/tech/council/proc15.html, (参照 2022-12-22)

(13)福林. 前掲.

(14)佐々木知行.“人文科学の衰退とパンデミックがもたらす“知日派人材”育成の危機”. nippon.com. 2022-07-07.
https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00818/, (参照 2022-12-22).

 

[受理:2023-02-13]

 


マルラ俊江, 原田剛志. 図書館向けデジタル化資料送信サービスへの北米からの参加の現状と今後への期待. カレントアウェアネス. 2023, (355), CA2037, p. 8-10.
https://current.ndl.go.jp/ca2037
DOI:
https://doi.org/10.11501/12767607

Marra Toshie
Harada Tsuyoshi
Current Status of Participation from North America in the NDL’s Digitized Contents Transmission Service for Libraries, and Future Expectations