カレントアウェアネス
No.340 2019年6月20日
CA1955
阪神・淡路大震災関連文書に関する神戸市の取り組み:情報発信の活性化に向けて
元神戸市行財政局文書館/現NPO神戸の絆2005:杉本和夫(すぎもとかずお)
はじめに
1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の関連文書(以下「震災文書」)の整理保存等の作業は、神戸市からの委託契約により、2010年度から8年間にわたり、神戸市の外郭団体でシンクタンクである公益財団法人神戸都市問題研究所(以下「研究所」)の手により行われた。2018年3月、研究所は当該業務を完了した(1)。同年3月研究所の解散に伴い、当該業務は同年4月、神戸市文書館(以下「文書館」)(2)が引き継いだ。なお筆者は2010年3月末、神戸市役所を定年退職し、同年4月から研究所の嘱託職員として、震災文書の整理保存等の業務開始時期からその完了時期までを責任者として関わった。
1. 情報発信を意識した震災文書の整理保存
文書の整理保存は、情報発信の円滑化を目的として行うのであって、整理それ自体が最終目的ではないと考える。情報発信が不十分であれば文書が死蔵されることになる。
この点に留意して、以下の基本方針に基づき震災文書の整理保存を行った。
基本方針1 震災文書を1か所に集約
神戸市長は、2010年1月、阪神・淡路大震災の経験と教訓を現在及び後世の世代に情報発信するため、震災文書を永年保存することとし、その整理保存を2010年4月から本格的に行うことを表明した(3)。
この市長表明を受け、震災文書担当課は、2010年2月、震災文書の誤廃棄、拡散等を防ぐため各部局が管理する震災文書を市の施設1か所に移送するよう依頼を行い、当該地で震災文書の整理保存等の業務を行うこととした。
基本方針2 特定の1機関(研究所)が統一処理
2010年4月、ダンボール箱で6,400箱(4万1,000ファイル)の震災文書が保管場所に搬入された。一部を例示すれば、義援金申請書(ダンボール箱1,100箱)、仮設住宅契約書等(同280箱)、仮設住宅統廃合等に関する資料(同240箱)、道路・港湾施設・下水道等の復旧工事図面(同170箱)、避難所等運営資料(同110箱)等である。
研究所は神戸大学大学院人文学研究科奥村弘研究室(以下「研究室」)の専門的助言と協力を得て、また研究所が考案した整理保存方法も交えながら作業を実施した。
特定の一機関が整理保存を担当することで震災文書の統一的な処理が確保できた。このことは利活用しやすい震災文書の整理保存等を実現するための必要な条件の1つと考える。
基本方針3 一次文書の重視と復旧保存
研究室の重要な助言の1つは、一次文書の重視である。市役所入庁以来、行政事務を担当してきた筆者にとっては、「ファックス文書等劣化が激しく判読できない文書」、「決裁の形跡がない文書」等は行政の意思決定の存否が不明確であるため、保存価値がない文書と考えていた。研究室の助言は、原資料(一次文書)は震災の状況を客観的かつ強く伝える「生き証人」、という指摘であった。震災文書を改めて見ると、後述する「小野柄小学校
避難所新聞」のように、一次文書には強い発信力を持つものが多いと確信した。この研究室の助言が以降の研究所の保存整理の主要な柱となった。一次文書の典型はファックス文書で、当時ファックスは重要で確実な通信手段であった。ファックスで使われた感熱紙は、ほぼ真っ白な状態に劣化、判読困難となっていた。ファックス文書は当時の緊迫した状況を的確に伝える宝庫であるとの認識のもと、研究所は感熱紙の復元手法を多数回に及ぶ試行錯誤を重ねて完成し、約1万5,000件の感熱紙を復元した。
研究所の複写機には「シャープネス」「濃淡」等の他、「カラーバランス」「彩度」の調整機能がある。白黒複写で感熱紙を復元するため初めは後者2項目の調整機能は使用しなかったが、偶然これらの機能も使って復元した時、文字が判読可能となった。
復元事例を挙げると、2011年の東日本大震災により甚大な津波被害を受けた田老地区(岩手県宮古市)からの支援を伝える「神戸市(大倉山住宅)・田老町交流事業日程」と題する感熱紙があった(図)。これを機に、神戸で支援を行った東北の地区を探した。そして、多くの地区からの支援を記録した文書を探し出した。
これらの文書は2019年1月に開催した第8回阪神・淡路大震災関連文書企画展(以下「企画展」)(4)のテーマ設定に結びついた。企画展では「神戸がいただいた支援、そして交流」というテーマのもと、神戸と田老地区の交流、神戸と大槌町(岩手県)の交流などを展示した。来場者から「日頃から他地域と交流を行い、このことが顔の見える支援に繋がれば良いですね」といった感想が多く寄せられた。
図 復元された感熱紙(一部略)
一次文書のうち、ネガフィルム、ビデオテープ、カセットテープ、フロッピーディスク等の記録媒体は時の経過により劣化する。研究室の助言により、当初の整理保存作業はこれら記録媒体の復旧保存に力点を置いた。ネガフィルムを例にとると、ネガフィルム1本ごとにスキャナーでデジタル化しDVDに保管、そしてDVDごとに写真のサムネイル画像(写真の一覧表示)を紙に打ち出してファイルに格納、検索の容易化を図った。変色したカラーフィルムがあれば、カラー復元調整を行った。
復元した記録媒体の貴重な写真等は、企画展や講演会等で大いに活用することができた。
基本方針4 同種の文書が大量に存在する文書は原則廃棄
震災文書の保管施設(保管面積1,000㎡)の建替えが予定され、移転先の建物での保管面積は半減、結果震災文書2,500箱以上は廃棄せざるを得なくなった。廃棄の対象としたのが、義援金申請書(ダンボール箱1,100箱・80万件)、仮設住宅契約書等(同280箱・3万件)等、同一種類の文書が大量に存在する文書である。
義援金申請書のうち第1次義援金申請書(同250箱、24万件)を例にとれば、これには申請者の現住所、氏名を記載するだけであるが、全件チェックするなかで、申請書の住所欄には、家屋の滅失・焼失を反映して、「〇区 〇小学校1年1組教室」等、平常時ではあり得ない記載が多く見られた。このような文書はピックアップして保存した。震災の経験や記憶がうかがわれる文書のピックアップ基準は震災事業ごとに設定した。仮設住宅はこれも同様に全件チェックして、神戸市郊外に建設した仮設住宅の契約書・位置図をピックアップして保存した。
基本方針5 検索しやすい文書目録の作成(5)
受入文書はファイルの背表紙にタイトルの記載が全くないか、単に「打ち合わせ記録」等の抽象的記載だけのファイルも多く存在した。文書検索ができなければ震災文書が死蔵されることになるため、全てのファイルを読み込み、検索が容易になるようキーワードを可能な限り多く入力した。例示すれば、「平成7年2月 第1次義援金申請受付 受付時のチェックポイントQ&A」などと入力した。
さらに閲覧等の需要が多いと予想される文書内容につき、議事録は1、避難所等運営マニュアル・Q&Aは2、国・地方公共団体・公共機関と交わされた文書は3、これ以外の文書は4、を文書内容欄に入力した。文書内容欄に2を入力して検索すれば、全てのマニュアル文書がリストアップされるなど、震災文書が利用しやすくなるような工夫を行った。
基本方針6 情報発信力を持つ文書のピックアップと提供
ダンボールを開くと「小野柄小学校 避難所新聞」と題する文書を見つけた。当該小学校の子どもは高校生の編集者のもとで、避難所に今何が必要なのかを考えて記事を書き、印刷をし、翌朝に配布した。新聞には子どもが避難所のトイレ掃除をし、大変だったこと、マナーの悪い大人を注意したこと等の記事もあった。震災の状況を的確に伝え、共感を以て受け入れられるような情報発信力を持つ文書は常に発信できるよう備えた。
「小野柄小学校 避難所新聞」など、情報発信力を持つ震災文書は、適宜全国紙、テレビ等に提供し、幾度も取り上げられた。
2. 震災文書の概要
基本方針4に基づき、ダンボール箱2,700箱(1万5,000ファイル)の震災文書を廃棄した。
整理保存した震災文書は、ダンボール箱3,700箱(2万6,000ファイル)であり、内容は多岐に及ぶが、例示すると以下のとおりである(6)。
- 被害状況と応急復旧(港湾、下水、水道、道路等)、国内外からの救援(支援物資、義援金事務に係るQ&A、 外国人医師による医療行為等)、避難所(避難者数、医療体制、自治組織状況等)、り災証明(交付事務Q&A、交付件数等)、応急仮設住宅(建設戸数、募集内容、統廃合等)、震災がれき(アスベスト対策、埋立て利用、解体撤去三者契約等)、生活再建支援(自立支援金、ボランティアセンター等)、医療支援(救護所、健康調査等)、教育再開(復興担当教員、簡易給食等)
震災文書は市内の小学校の空き教室で保管している。震災文書の閲覧等については、文書がプライバシー情報等を含むことがあるため、神戸市情報公開条例に基づく開示請求をお願いしている。
3. 更なる情報発信の活性化を目指した新たな情報発信
これまで、震災文書の情報発信を企画展や市内の小中学校での講演会等で行ってきたが、2019年1月に企画展または講演会で次の3方式による新たな情報発信を行った。
(1) 展示パネル資料の配布
文書館では、毎年阪神・淡路大震災の発生日である1月17日に合わせて、展示のテーマを設定し、約3週間の企画展を開催している。2019年1月で8回目の開催となった。
2019年の企画展では、全部の展示パネル(26枚)を縮小した資料を作成し(A4判・8ページ)、来場者に配布した。「家に帰ってからも、ゆっくりと読めますね」といった声が多く寄せられた。
(2) ビデオ映像の制作と放映
震災事象を正確に伝え理解が進む情報発信の方法は、1つには映像による発信と考える。
筆者は、他の地方公共団体の職員等が阪神・淡路大震災で神戸を支援したことを示す文書を基に、それらの人へのビデオインタビューを行い、この映像を企画展の会場で放映した。
(3) 国内外からの激励の手紙の読み上げ
筆者に小学校の震災記念行事での講演会の講師の依頼があった。講演会は全校児童約1,000人が対象、講演時間は20分であった。
2018年1月、市広報課が倉庫の整理を行った時、神戸の被災に対して我が身のように気遣いをする手紙5,000点が入ったダンボール箱を発見した。講演会では、発見された手紙の中から、国内外の子どもから神戸の子どもに宛てた励ましの手紙をピックアップし、同年代の子どもに読み上げてもらった。この目的は、手紙を読み上げることで子どもに講演会により深く関わってもらうことであった。また同年代の子どもが読み上げれば、子どもは一層しっかりと聞くだろうと考えたからでもあった。
後日子どもの感想文を見ると「こどもでもできることがあるということがわかりました。ぼくもがんばります(小学校2年生 男)」といった感想が多かった。筆者の手紙への思いが子どもに伝わったと感じた瞬間であった。
4. 情報発信の活性化の前提条件
最後に、情報発信の活性化の前提条件として、以下2点を挙げておきたい。
(1) 情報公開制度における原則公開を踏まえた情報発信
一般職の公務員の氏名・顔写真、さらに市長、県知事のそれまでも非公開としている地方公共団体のアーカイブがあるが、公務員の職務上の情報は、情報公開条例等が公開を禁じる情報ではない。このことを是正するだけでも情報発信の活性化に繋がると考える。
(2) 市民の情報ニーズも踏まえた情報発信
上記の激励の手紙のような震災での温かい出来事について、多くの情報ニーズがあるように思える。震災について、いかなる情報ニーズがあるのかを常に念頭に置き、これを分かりやすく情報発信することは必要である。このことも認識して情報発信することで、その活性化に大いに繋がっていくものと考える。
(1) “阪神・淡路大震災関連文書整理作業の終了”. 神戸市.
http://www.city.kobe.lg.jp/information/press/2018/03/20180330040102.html, (参照 2019-05-15).
(2) 神戸市文書館.
http://www.city.kobe.lg.jp/information/institution/institution/document/, (参照 2019-05-15).
(3) 「震災資料を永年保存」 神戸市長表明 長さ4.2キロ分. 読売新聞. 2010-01-09, 朝刊, p. 1.
(4) “阪神・淡路大震災 関連文書企画展 神戸がいただいた支援、そして交流 阪神・淡路大震災の経験と記憶”. 神戸市.
http://www.city.kobe.lg.jp/information/press/2018/12/20181225110101.html, (参照 2019-05-15).
(5) “阪神・淡路大震災関連文書の文書目録のご案内”. 神戸市.
http://www.city.kobe.lg.jp/information/project/finances/shinsai20/kanrenbunsyomokuroku.html, (参照 2019-05-15).
(6) “阪神・淡路大震災関連文書整理作業の終了”. 神戸市.
http://www.city.kobe.lg.jp/information/press/2018/03/20180330040102.html, (参照 2019-05-15).
[受理:2019-05-15]
杉本和夫. 阪神・淡路大震災関連文書に関する神戸市の取り組み:情報発信の活性化に向けて. カレントアウェアネス. 2019, (340), CA1955, p. 29-31.
http://current.ndl.go.jp/ca1955
DOI:
https://doi.org/10.11501/11299459
Sugimoto Kazuo
Kobe City’s Struggle with Documents Related to the Great Hanshin-Awaji Earthquake: Revitalizing Information Dissemination.