カレントアウェアネス
No.340 2019年6月20日
CA1954
企業のアイディア発想法を参考にした企画・イベント展開
~杉戸町立図書館の取り組み~
杉戸町立図書館:小暮雅顕(こぐれまさあき)
1. 杉戸町立図書館の現状と課題
杉戸町立図書館(埼玉県)(1)は、市町村立図書館としては、中小規模の部類に入る。
主な特徴は、生涯学習センターとの複合施設という点であり、多目的ホール、集会室、創作室等の諸室がある。館内は木を基調とした広々とした空間があり、周囲は田に囲まれ自然豊かな環境にある。2006年3月の開館から13年が経っているが、比較的きれいな施設である。
しかしながら、立地は、駅や市街地からも離れている。徒歩圏内に学校等の教育施設がなく、多くの人が徒歩や自転車で気軽に行ける場所ではないので、自家用車や町内巡回バス等が主な来館手段である。
また、県内同規模館と比較して、資料購入費、蔵書数、貸出冊数が少なく、来館者数、貸出冊数も減少傾向が続いている。
上記の現状を勘案する限り、手をこまねいているだけでは、衰退する一方であることから、筆者は何らかの仕掛けが必要であると常に危機感を持っていた。
2. USJのアイデア発想法
そのような中、大阪市にあるテーマパークUNIVERSAL STUDIO JAPAN(USJ)が効果的なアイデア発想法等によりV字回復した経緯を記した2冊の本(2)に出会った。この本との出会いにより、図書館運営にも応用できるのではないかと考えた。
参考にしたのが「イノベーション・フレームワーク」という概念である。これは、(1)フレームワーク、(2)リアプライ、(3)ストック、(4)コミットメントの4種類に分かれる。
図1 イノベーション・フレームワーク(3)
(1) フレームワーク:「アイデアを考えるにあたって「どこに宝が埋まっているか」に予想をつける戦略眼」(4)
具体的には「①目的」、「②戦略」、「③戦術」の3段階の順番に考える必要がある(5)。
①目的:「目的設定は不可能ではない実現性あるギリギリの高さを狙う。シンプルであることが重要で魅力的であれば理想的」(6)
全国では図書館を核としたまちづくりをしている自治体も多く見受けられた。また、当館は、筆者が異動してきた時点では開館7年を経過したばかりであり、これから発展の可能性を大いに秘めた状態であった。ならば、当館を、住民が親しみやすく誇りに思える図書館にすること、そのために、個性を打ち出すべきではないかと考えた。
② 戦略:「何か達成したい目的を叶えるために、自分の持っている様々な資源を、何に集中するのかを選ぶこと」(7)
元愛荘町立愛知川図書館長(滋賀県)の渡部幹雄氏によると、「年間の貸出冊数の多さより、図書館から発する情報量や活動量が図書館の評価を高めた」(8)という。また、元浦安市立図書館長(千葉県)の竹内紀吉氏は「図書館の行事・集会は、その内容が地域社会にあっては図書館の<顔>としての意味を持つであろうから、参加者を何名得られたかなど量的問題以上に何が展開できたかに館としての関心はそそがれるべきであろう」(9)と述べている。
このことを基とし、当館のような地の利が悪く、予算も少ない中小規模図書館では、限られた経営資源で利用者ニーズを満たすには、「企画・イベント事業」に集中するべきと考えた。なぜなら、企画・イベント事業に関して図書館界では、未だ突出した事業が少ない。費用を掛けずともアイデアや行動次第で、図書館利用者のニーズを満たす事業が実施できるのではないかと推測したからである。
③ 戦術:「戦略を実行するためのより具体的なプラン」(10)
仕掛けをするにあたり、的を外さないようにするためには、まず、図書館関係の本を通読することや、多数の他の図書館を視察する等、図書館界の相場観を養うことを心掛けた。
しかし、教科書通りの図書館運営では目的が達成出来ないと予想されたので、相場観を押さえつつ、思考を変える必要があった。そこで、図書館を「教育施設」としてはもちろん、民間の「商業施設」を強く意識したものとする必要があると考えた。なぜなら、厳しい競争の中で世に出る民間のサービス・商品は、図書館の企画・イベントに相通じると考えたからである。
また、渡部幹雄氏は「子ども向けや老人向けなどの年齢を意識しておこなわれる図書館行事や諸活動は住民が図書館を認知する動機づけとしては極めて有効だと考えている。そうした行事や活動がメディアに取り上げられれば、さらに一層の効果が期待できるのである」(11)と述べている。
このことから、対象年齢を絞った複数の事業を展開しつつ、メディア活用については、2点に重きを置いた。1点目はメディアに取り上げられやすくするため、また、利用者の目にとまりやすいようにネーミングに力を入れる。2点目は、参加者が少なくとも、より広く効果的なPRができると考え、SNS等を活用する点である。
(2) リアプライ:「世の中から使えるアイデアを探して応用する」(12)
完全コピーするのではなく、必ずオリジナリティを付加することを心掛けた。
(3) ストック:「有効な知識や経験などの「情報の質的・量的な蓄積」」(13)
日頃から、『日経MJ』、『日経産業新聞』、『日本経済新聞』の日経紙を中心に、テレビでの「NHK プロフェッショナル 仕事の流儀」(14)、ネット上の「はてなブックマーク」(15)、「みんなの経済新聞」(16)、メールマガジンの「平成進化論」(17)、本はビジネス書を中心に目を通した。
また、アイデアは、仕事中や机上以外にもあると考え、電車や車での移動中や、朝のランニング中、喫茶店、旅先などで、思案及び周囲の観察をすることで情報がどんどん貯まっていく。それをスマートフォンにメモをとったり、写真を撮ったりするなど記録を心掛けることで、よりよいアイデアに昇華する材料をストックした。
(4) コミットメント:「「良いアイデアを絶対に思いつくぞ!」という気力」(18)
これは仕事に対して個人がどう向き合ってきたかに掛かってくる。筆者は、本に助けられ、育ててもらったとも感じている。本や図書館、利用者に対しての恩返しの気持ち、自身の人生の目標に照らし合わせることで気力を維持してきた。
3. 実施事業
上記過程を経て、下記の企画イベントを全て予算0円で実施した。
(1) 図書館お泊まり会
町内の小学6年生を対象とし、図書館に宿泊し、新たな本や人と出会い、また図書館への理解を深め、読書をより身近に感じてもらう事業である。19時に集合とするが、事前に夕飯や入浴は済ませる。就寝場所は男女別で生涯学習センターの会議室や和室を利用し、寝具は各自持ち込みとしている。朝食は実費負担として400円徴収し、職員が事前にコンビニで予約した分を当日の朝に購入している。
企画の経緯としては、「はてなブックマーク」に掲載されていた、「丸善ジュンク堂に住んでみる」という企画(19)を参考にした。それは成人を対象としていたので、当館は児童を対象とし、図書館案内をするなど、差異を出した。
また、回を重ねるごとに次年度に繋げるための改善を行った。例えば、参加者はほとんどが初対面なので、緊張感をほぐすために開会式中にアイスブレイクとして「他己紹介」を行ったり、長時間の読書タイムは集中力が続きにくいので、夜の映画会を開催したりした。
参加者からは、新たな本と人との出会いが楽しかったという感想が多く寄せられた。これは、「同級生と図書館で泊まる」という、まるで林間学校のような高揚感を図書館で感じることができたのではないか。図書館を身近に感じることができる、ひと夏の思い出として貴重な体験となっていると考える。
表1 図書館お泊まり会の実績
年度 | 開始日 | 申込人数 | 参加人数 |
2016 | 7月24日(日) | 12 | 12 |
2017 | 7月23日(日) | 19 | 12 |
2018 | 7月22日(日) | 32 | 12 |
図2 図書館お泊まり会の様子
(2) 温泉&宿泊図書館
地域の事業者から協賛を募り、日帰り温泉施設の割引き(通常950円を500円に減額)、挽きたてのコーヒー、焼き菓子、日本酒(試飲程度)等の物資やサービスの提供を受け、読書週間に合わせて秋の夜長を図書館で泊まって過ごす事業である。
企画の経緯としては、(1)の実施後、「大人向けをやって欲しい」との声が多数寄せられたため実施した。物資やサービスの提供については、職員が各店を回り、店主と交渉の末、実現した。
(1)との差異は、近くにある日帰り温泉施設(20)と連携した点と、参加の様子を自身のブログにアップすることを条件とした「ブロガー枠」を設けて参加者による情報発信をし、周知を強化した点である(21)。
参加者からは、アンケートにて「一度泊まってみたかった」、「夢のような体験だ」など、ほぼ全員が満足している。しかし、課題として2点ある。1点目は、協賛業者との関係性に関する課題であるが、地域貢献の一貫として協力を得ている部分が大きい。そのため、継続的な協賛を得るためには、協賛業者のPRが効果的になるよう、情報発信力を強化しなければならないと考えている。2点目として、職員の勤務体系である。出勤を時差出勤としたり、途中で仮眠をとったりするなど工夫をしているが、長時間勤務の負担は大きいと考えている。
表2 温泉&宿泊図書館の実績
年度 | 開始日 | 申込人数 | 参加人数 |
2017 | 10月28日(日) | 15 | 11 |
2018 | 10月27日(日) | 29 | 15 |
図3 温泉&宿泊図書館の様子
(3) 試験勉強ガンバラNIGHT
町内中学校で年3回行われる期末試験の直近の土曜日に、閉館後の19時から21時45分まで館内を開放し、試験勉強のラストスパートをサポートする。また、入口付近には学生向けの特集展示を設け、休憩時間等で本との出会いも創出する。定員は設けていない。
企画の経緯としては、上記(1)が小学生向けだったこともあり、中高生向けの企画を模索していた。夜の図書館(CA1884参照)の有用性が認識されたので、「夜」及び学生の本分は「勉強」であることから、受験勉強の場の提供を思いついた。ネーミングは県内東松山市にある国営武蔵丘陵森林公園のイベントの「紅葉見NIGHT」を参考にした。
初回の2016年は、受験を控える中高3年生を対象として実施した。新聞にも3紙に掲載され反響は良かったが、参加人数は芳しくなかった。受験生だと対象学年が限られるため、広げる必要があると考えたところ、次回の2017年は受験ではなく期末試験を対象とし、実施した。その結果、約3倍の参加があった。ニーズがあることが分かったので、2018年は町内の中学校で行われる期末試験の全ての回の直近の土曜日を対象として実施した。参加人数が非常に多い回もあったが、期末試験は3年生が他の学年とずれて実施する場合もあることから少ない回もあった。
図書館を利用したことのない生徒にとって、図書館の有用性についても改めて感じることが出来る企画・イベントであると考えられる。ただし、グループの生徒は私語が多く、周囲の生徒の迷惑になるケースが散見され、見回りを強化する必要がある。
表3 試験勉強ガンバラNIGHTの実績
年度 | 開始日 | 参加人数 |
2016 | 12月17日(土) | 17 |
2017 | 11月26日(日) | 54 |
2018 | 6月16日(土) | 72 |
11月24日(土) | 26 | |
2月23日(土) | 23 |
図4 試験勉強ガンバラNIGHTの様子
(4) 朝活図書館
夏休みに入った直後の週の平日を、学校に行くために起きる時間帯である7時に開館とする。開館10分前にはラジオ体操を行って眠気を覚ます。7時からは人気が少ない爽やかな早朝の図書館で、ワークやドリルなどの宿題を早めに済ませてしまうことで、残りの夏休みを有意義に過ごしてもらう。
企画の経緯としては、夜の企画が続いたので、対極軸の朝の企画を検討していたところ、ロート製薬で朝活を実施している記事(22)を目にした。当館の利用者ニーズを考えたところ、ビジネスマンではなく、小学生以上の夏休みの宿題をする「場の提供」が最適と判断した。また、当初は、「夏休み中の乱れがちな生活リズムを整えるために早起きをして新学期を迎える」という趣旨で8月の最終週に実施した。しかし、参加人数が芳しくなかったため、翌年度は、上記の「宿題を早く済ませる」という趣旨で夏休み開始直後の週を対象としたところ、約3 倍の参加があった。
何かと誘惑の多い自宅より図書館の方が集中力を維持しやすい。7時開館は児童・生徒・学生の通学期間の起床のリズムであり、また、ラジオ体操もあるので保護者の理解も得られやすかった。なお、(1)、(3)、(4)については、2018年より、町内の小中学校の校長会にて事業説明することで実施の理解を得た。その結果、学校と保護者間のメール配信システムにて、町立小中学校のほぼ全世帯に周知することが可能となった。
表4 朝活図書館の実績
年度 | 開始日 | 参加人数 |
2017 | 8月29日(水)~8月31日(金) | 43 |
2018 | 7月24日(火)~7月27日(金) | 144 |
図5 朝活図書館の様子
4. 情報発信
これらの企画・イベントは、募集から当日までの様子を町からのプレスリリース、一般住民向けメール配信システム「すぎめー」、Twitter、当館ウェブサイトを駆使し、発信した。特に注力したのが写真撮影である。臨場感を伝えるため、常にウェブサイトに掲載することを念頭に、写真に付けるコメントを意識しながら撮影をした。
知らせていないのは行っていないのと同じであり、熱量を持った情報発信は誰かの目に留まりやすく、新たな出会いのきっかけにもなると考えたからである。
そのため、実施した企画・イベントは、閲覧期間は設けず、年度ごとの括りでウェブサイトに継続して掲載している(23)。その甲斐もあり、2016年度から2018年度の間で新聞・テレビ等に23回取り上げられ効果的な事業であったと自負している。
5. おわりに
企画・イベントの初回は参加者の見込みに確証が持てないので不安である。結果、少ない場合もあったが、行って初めて見えてくるものも多々あり、次回に繋げることで、より良いものになっていく。まずは実施することが重要である。
USJも図書館も、テーマパークか社会教育施設かの違いがあるが、お客様・利用者のニーズを満たすことを目指す点では共通している。上記で紹介した著書にあった、その目的を達成するための著者の言動の熱量には非常に感銘を受けた次第である。
企画・イベントはあくまでも利用者サービスの一つであり、図書館運営は貸出・返却・レファレンス等の堅実な運営の上に成り立っていることを忘れてはならないだろう。また、どんな良い企画・イベントであっても、関係者の協力や職員スタッフが一丸となって取り組む姿勢があってこそ、継続的な実施が可能となる。
事業展開をして3年が経過したが、来館者数・貸出冊数には大きな変化は未だ見られない。しかし、旧来の図書館のイメージにとらわれず自由な発想で実施してきたことから、他館からの視察や問い合わせも増え、多くの場で評価の声を得ることができた。このことを起点として、更に利用者に望まれる図書館となるように引き続き行動していきたい。
(1) “カルスタすぎと(生涯学習センター・町立図書館)”. 杉戸町.
http://www.town.sugito.lg.jp/cms/index887.html, (参照 2019-04-09).
(2) 森岡毅. USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?:V字回復をもたらしたヒットの法則. KADOKAWA, 2014, 253p.
森岡毅. USJを劇的に変えた、たった1つの考え方:成功を引き寄せるマーケティング入門. KADOKAWA, 2016, 261p.
(3) 森岡毅. USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?:V字回復をもたらしたヒットの法則. KADOKAWA, 2014, p. 152.
(4) 前掲. p. 153.
(5) 前掲. p. 154.
(6) 森岡毅. USJを劇的に変えた、たった1つの考え方:成功を引き寄せるマーケティング入門. KADOKAWA, 2014, p. 182.
(7) 前掲. p. 97.
(8) 渡部幹雄. “図書館とまちづくり-愛知川図書館の事例を中心に”. 図書館の活動と経営. 大串夏身編著. 青弓社, 2008, p. 36-63., (図書館の最前線, 5).
(9) 竹内紀吉. “L 図書館行事・集会活動 1 歴史と意義 a 意義”. 図書館ハンドブック. 第5版, 日本図書館協会, 1990, p. 127.
(10) 森岡毅. USJを劇的に変えた、たった1つの考え方:成功を引き寄せるマーケティング入門, KADOKAWA, 2016, p. 110.
(11) 渡部. 前掲. p. 61.
(12) 森岡毅. USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?:V字回復をもたらしたヒットの法則. KADOKAWA, 2014, p. 126.
(13) 前掲. p. 174.
(14) “プロフェッショナル 仕事の流儀”. NHK.
https://www4.nhk.or.jp/professional/, (参照 2019-05-07).
(15) はてなブックマーク. はてな.
http://b.hatena.ne.jp/, (参照 2019-04-08).
(16) みんなの経済新聞.
https://minkei.net/, (参照 2019-05-07).
(17) 平成進化論.
http://www.2nd-stage.jp/, (参照 2019-05-07).
(18) 森岡毅. USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走った28のか?:V字回復をもたらしたヒットの法則. KADOKAWA, 2014, p. 178.
(19) 宮澤諒. 読書の秋は本屋に住む 倍率1000倍ジュンク堂宿泊ツアーに潜入. ITmedia eBook USER. 2014-11-04.
https://www.itmedia.co.jp/ebook/articles/1411/04/news047.html, (参照 2019-04-24).
(20) 杉戸天然温泉 雅楽の湯.
http://www.utanoyu.com/, (参照 2019-04-24).
(21) “埼玉県杉戸町立図書館で、一晩中本が読める「温泉&宿泊図書館」に参加してきました。”. ソファに寝ながら. 2017-11-10.
http://sofane.net/archives/6286, (参照 2019-05-07).
(22) ロート「朝活」全社に、朝食提供、7割が「業務効率良く」。. 日経産業新聞. 2016-09-16. p. 19.
(23) 杉戸町立図書館. “企画・イベント事業”. 杉戸町.
http://www.town.sugito.lg.jp/cms/index3100.html, (参照 2019-04-24).
[受理:2019-05-20]
小暮雅顕. 企業のアイディア発想法を参考にした企画・イベント展開~杉戸町立図書館の取り組み~. カレントアウェアネス. 2019, (340), CA1954, p. 24-28.
http://current.ndl.go.jp/ca1954
DOI:
https://doi.org/10.11501/11299458
Kogure Masaaki
The Development of Original Planned Events Based in Part on Corporate Idea-Generating Methods-The Organizational Eforts of Sugito Municipal Library