カレントアウェアネス
No.246 2000.02.20
CA1306
第2回研究フォーラム「美術情報の明日を考える」報告
−10周年を迎えたアート・ドキュメンテーション研究会−
昨年11月12・13日の両日にわたり,上野の国立西洋美術館講堂において,1989年に創立されたアート・ドキュメンテーション研究会(JADS)の10周年を記念し,「美術情報の明日を考える」をメインテーマに第2回研究フォーラムが開催された。
1980年代から1990年代にかけて日本各地には数多くの美術館・博物館が新設され,毎年多くの展覧会が催されるようになった。コレクションも徐々に充実し,日本の美術館や博物館には,所蔵作品を中心に,作品のデッサンや下絵,作家のスケッチブック,日記や書簡をはじめ,作家や作品に関する図書や雑誌記事,論文,展覧会図録などの文献資料,作品の写真やスライドなどの画像資料など様々な美術情報が蓄積されてきた。一方,美術分野の情報を整理するためのツールや探すためのディレクトリー類,作品を記述するための標準規則などは欧米のように整備されていなかった。10年前,このような状況を改善し,多様な美術情報を組織化・体系化する技術を欧米のアート・ライブラリの活動をお手本として学び,日本の美術研究発展に寄与していく目的でJADSは発足した。その後,情報・通信技術の発達により,美術館・博物館においても様々な美術情報をデジタル化して蓄積し,インターネット上で提供したり共有できるようになった。このため,今日では研究会の会員は,美術・芸術系大学や美術館・博物館の図書館員,美術研究者,学芸員をはじめ,美術書の出版・販売,情報処理,画像に画像に関わる者など多岐にわたっている。
今回の研究フォーラムは3部構成となっていた。第1部は「アート・ドキュメンテーションの領域と方法」をテーマに4つのセッションからなり,多様な美術情報をめぐり立場の異なるそれぞれの現場から現状や問題点,実践的な取り組みや研究成果が発表された。セッション1「アート・ライブラリ」では美術研究機関や美術館・博物館,美術・芸術系大学に付属する美術図書室からの現状や問題点などが,セッション2「ミュージアム・ドキュメンテーション」では美術館・博物館の所蔵作品とそれに付随する様々な情報との有機的なつながりをもつデータベースづくりに関する実践(注1)や新しい資料管理システムの提案,古文化財のデータを共有化していく際の問題点などが,セッション3「アート・アーカイブとフィールド・ワーク」では美術館・博物館学芸員が展覧会や作品調査時に感じた問題点や体験,大学の美術研究機関による特定の芸術作家に関する資料を独自のシステムでデータベース化する試み(注2)などが紹介された。2日目,セッション4「美術情報のコンテンツ・プロデュース」ではインターネット上で公開されている美術情報の作り手の立場から,データ記述言語SGML/XMLを利用したデータベースやホームページのコンテンツ作成に関するアドバイス,デジタル画像の現状や著作権に関する報告がなされた。
第2部として金沢工業大学ライブラリーセンター館長,竺覚暁教授による「美術・建築ドキュメンテーションの新世紀−アーカイヴスの思想−」と題する記念講演があり,アメリカの美術・建築分野における充実した資料の収集保存と情報公開の現状が紹介された。
最後に今回のフォーラムのしめくくりとして第3部「アート・ドキュメンテーションの可能性」と題し,JADS会長の波多野宏之氏,欧米の美術館・博物館事情に詳しい岩渕潤子氏,慶應義塾大学アート・センター,文学部の前田富士男教授,デジタルアーカイブ推進協議会事務局の笠羽春夫氏の4氏をパネラーに迎えパネルディスカッションが行われた(注3)。この中で波多野氏は,欧米との差を埋めるためには,情報の発生から提供までの一連の作業を見渡すことのできる専門のドキュメンタリストの必要性を今後も訴えていくことが大切であると述べ,前田氏は美術館・博物館が研究者レベルの要求にも応えうる研究機関となるためには,個別のテーマを独自のシステムで継続的に形成していくことが必要であると発言されたのが印象に残った。
さて,フォーラムの冒頭で波多野氏から,JADSの活動10年の成果として,『アート・ドキュメンテーション通信』や研究誌の発行,講演会や研究会の開催,美術情報所蔵機関のディレクトリーの作成,国際図書館連盟(IFLA)美術図書館分科会や美術図書館協会(ARLIS)など国際的な関連団体との連携,日本学術会議への登録などが挙げられた。著者の身近なところにおいても,美術館付設図書室や美術情報コーナーの設置,学芸員以外の専門職員の採用,博物館情報論が学芸員資格取得課程に組み込まれるなどの,アートドキュメンテーションをめぐる状況は少しずつ好転してきた。
今後ますます加速する美術情報のグローバル化,ネットワーク化という課題に向けて,担当者は図書館情報学,コンピュータや光学的技術など周辺分野の知識や,各国の文化行政の動向など幅広い視野をもつことが必要とされるであろう。また日本の美術館・博物館が,社会になくてはならない生涯学習施設として広く認知されるとともに,研究者レベルの要求にも応えうる研究機関として機能していくための基礎は,アート・ドキュメンテーション活動の継続にあると再確信した。なお,この研究フォーラムの報告書は,後日JADSから出版される予定である。
石橋美術館:後藤 純子(ごとうじゅんこ)
注
(1) 愛知県立美術館[http://www-art.aac.pref.aichi.jp](last access 1999. 12. 14)
(2) ジェネティック・アーカイヴ・エンジン 慶應義塾大学アート・センター[http://www.coe.keio.ac.jp/report/html98/SUMI/sumi.html](last access 1999. 12. 15)
(3) 岩渕潤子 アート・ドキュメンテーションの可能性について 新美術新聞 (881) 1999. 12; (882) 2000.1
Ref:アート・ドキュメンテーション研究会の発足にあたって アート・ドキュメンテーション通信 (1) 1989