1.2.4 障害者サービスに対する法の動向

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筑波大学大学院 図書館情報メディア研究科  山本 順一(やまもと じゅんいち)

 アメリカには、現在、約4,300万人の身体や精神に障害を持つ人たちがいる。この数は年々増加している。これら障害をもつ人たちは、教育を受けるうえで、また職業に就く際、そして生活を支える所得を得る場合など、生活の様々な局面で実質的に差別されてきたし、現に差別されている。アメリカ連邦憲法修正14条が保障する「平等原則」に照らせば、障害をもつ人たち自身に帰責できない差別については、基本的人権を守るという観点から、極力是正する努力が払われるべきである。

(1) アメリカ議会図書館

 アメリカ議会図書館の中に全国盲人・身体障害者図書館サービス局(National Library Services for the Blind and physically Handicapped:NLS)が設置されている。そこでは、視覚障害者のための読書材である録音図書などを製作、収集し、また録音図書に関する再生機器を購入・維持・補充することを任務としており、それらをアメリカ国内の利用資格を有するものに無償で貸出している(2U.S.C.§§135a, 135a-1, 135b)。

 この全国レベルの障害者のための図書館プログラムは、1931年に制定された法にもとづきはじめられた。当初は成人の視覚障害者を対象とするものであったが、1952年に視覚障害児を含むものへと拡充され、1962年には音楽資料が加えられ、1966年にはサービス対象が標準的な印刷資料の読書ができない身体障害をもつ人たちに拡大された。このプログラムは、当初から著作者と出版社の協力を得て実施され、著作者と出版社がNLSに対価を求めることはなかった。著作者と出版社は、NLSに対して、任意に適切な著作物を選び、特別なフォーマットに複製することを認める許諾を与えてきたのである。

 2002年3月、アメリカ情報標準化機構(National Information Standards Organization:NISO)は、デジタル録音図書(Digital Talking Book:DTB)についての基準を新たにNISO規格に加えた。このデジタル録音図書の規格については、そこに含まれる電子ファイルのフォーマット等は国際標準規格DAISY(Digital Accessible Information System)の仕様を進化させたものとされ、音声、静止画像、動画をも含むオープンなマルチメディア仕様となっている。NLSは、現在、この規格に沿って、新たにデジタル録音図書を製作するほか、既製のアナログ録音図書のデジタル変換を進めている。

(2) ADA法

 1990年、連邦議会は、障害をもつアメリカ人に関する法律(Americans with Disabilities Act)を可決し、実施に移された。身体的・精神的な障害を理由とする差別を禁止する、この法律は一般に「ADA法」と略称され、合衆国法典に組み入れられている(42U.S.C.§§12101,12102)。ADA法でいう「障害」(disability)とは、「個人に関して、当該個人の主要な生活上の諸活動のうち、ひとつあるいは二つ以上の活動につき、実質的に制約を課する身体的もしくは精神的な障害」をいうとされている。

 この法律は4章から構成されている。「第1章 雇用」は、公的機関と15人以上の従業員を擁する民間企業について、障害を理由とする職場での差別的取扱いを禁じている。したがって、障害者が図書館への就職希望を示したり、現在図書館で働いている障害者については、障害による差別が発生しないよう努めなければならない。「第2章 公共サービス」は、公共サービスの提供や公共交通の利用について、障害者の差別につながる不便を実感させてはならない旨を規定する。図書館サービスの提供に関して、できる限り健常者と同水準のサービス提供を心がける必要がある。「第3章 公共施設」は、公共施設での利用環境が障害者にとって比較的負担の少ないものにする必要があることを定めており、いわゆる公共施設のバリアフリーの推進をうたっている。図書館では、一定水準の障害者用の駐車スペースを整備しなければならない。「第4章 電気通信」は聴覚障害者の情報アクセスの保障を定めている。

(3) 障害者サービスと著作権

 アメリカ連邦著作権法107条は、判例法理として発展してきた「フェアユース」(fair use:公正使用)を明文化した規定である。著作物の複製・利用につき、その利用の目的および性質、利用された著作物の性質、利用された著作物全体のなかに占める利用部分の質と量、潜在的市場ないし価値に与える影響という四つの尺度を当てはめ、一定の範囲で権利者の許諾を得ることなく著作物を利用することができるとされている。上に紹介したNLSプログラム以外にも、図書館における障害者サービスのなかにはこの107条を根拠として法的に許容されるものがあった。

 1996年、上院議員チャフィー(John H. Chafee)が中心となって上程された著作権法の改正法(法律104-197号)は、障害者サービスについて新たな局面を開いた。著作権法121条a項がそれである。この規定は著作物に対する排他的権利(著作権)に新たに制限を加えるもので、「認可を得た機関(authorized entity)に対して、もっぱら視覚障害者とその他の身体に障害をもつ人たちの利用のために、特別なフォーマットで、すでに公表された非演劇的な言語の著作物の複製もしくは録音物を複製、頒布すること」を認めた。この新たな規定はNLSの録音図書の製作・頒布に法的根拠を与え、また一定の認可を得た障害者を支援する目的を持つ組織・団体の録音図書の製作・頒布について、著作権処理を要しないものとした。もっとも、ただちに「認可を得た機関」ではない一般の公共図書館がこの規定の恩恵に浴するものではない。

Ref:

深谷順子. 米国におけるデジタル録音図書をめぐる動き:NLSを中心に. カレントアウェアネス. 2003, (275), p.7-9. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=917, (参照 2007-03-05).

国立国会図書館関西館事業部図書館協力課編. デジタル環境下における視覚障害者等図書館サービスの海外動向. 2003, 53p. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/images2/report/no1/lis_rr_01.pdf, (参照 2007-03-05).

三井情報開発株式会社総合研究所編. 知的財産立国に向けた著作権制度の改善に関する調査研究:情報通信技術の進展に対応した海外の著作権制度について. 2006. http://www.bunka.go.jp/1tyosaku/pdf/chitekizaisan_chousakenkyu.pdf, (参照 2007-03-05).