第2章 IFLAから見る世界の図書館における障害者サービスの動向 / 野村 美佐子

 

1 はじめに

 日本では、2010年1月の改正著作権法の施行により、公共図書館など図書館の障害者に対するサービスの大きな変革が求められている。

 20世紀の世界の図書館の障害者サービスの発展の主たる指標は、紙による印刷物を読むことができない障害(print disabilities)がある人々の読書を支援するための、点字図書、録音図書、そして読みやすい(Easy-to-Read)図書1)の開発と普及だった。

 それに対して、21世紀の世界の図書館の障害者サービスは、1996年にIFLA(International Federation of Library Associations and Institutions:国際図書館連盟)のSLB(Section of Libraries for the Blind:盲人図書館分科会)の6会員団体によって結成されたDAISY コンソーシアムが開発したDAISY(Digital Accessible Information System:アクセシブルな情報システム)を軸にした発展を遂げていることが特徴である。

 また、急速な技術革新によって世界的な規模の電子書籍市場の拡大が進んでいる。米国図書館協会の統計によると、2010年に5,400の公共図書館が電子書籍またはデジタルオーディオ書籍を提供している2)。アクセシブルな電子書籍の開発と普及は喫緊の課題となり、DAISYと電子書籍フォーマットEPUBを連携させて2011年5月を目標に開発しているアクセシブルな電子書籍の新規格に注目が集まっている。

 本章では、以上のように要約される世界の動向について、図書館及び情報サービスと利用者の利益を代表する国際的な組織であるIFLAの障害者サービスに関連する2つの専門分科会の活動に1999年から参加してきた筆者の立場から文献調査を踏まえて概説する。

 

2 IFLAにおける障害者サービスの拡大

 IFLAには、5つの部会(Division)、6つの中心的活動(Core Activities)、44の分科会(Section)がある。障害者関連の分科会はLSN(Library Service to People with Special Needs:特別なニーズのある人々に対する図書館サービス)とLPD (Library Serving Persons with Print Disabilities:印刷物を読むことに障害がある人々のための図書館)である。2008年にIFLAの組織変更があるまでは、LSNもLPDも公共図書館部会に属し、公共図書館の特別なニーズに関する調査・研究を担当した。両分科会ともアクセシブルな情報及び図書館サービスというゴールは同じなので、共同で会議やワークショップを行うことがあるが、その際にサービス推進の有効な手段としてしばしば取り上げられたのがDAISYの活用である。DAISYという技術を戦略としたアクセシビリティの啓発とIFLAを通した普及によって、図書館の障害者サービスの拡大につながっていったと考えられる。

 

2.1 対象者の拡大

 現在、LSNは、図書館サービス部会 (Division of Library Services)に属する。1931年に病院図書館の小委員会として創設され、IFLA最古の分科会の1つである。対象は広範囲になり、病院患者、受刑者、老人施設に入所している高齢者、在宅患者、聴覚障害者、身体及び発達障害者などである。旧称は、LSDP(Library Serving Disadvantaged Persons:図書館利用において不利な立場にある人々へのサービス)で、分科会の現在の活動をより反映し、その対象領域の広がりと専門用語の変化を理由に2008年に名称を変更している。

 LPDは、館種部会(Division of Library Types)に属し、旧称は、従来呼ばれていたSLBから略称を変更した盲人図書館セクション(LBS)で、視覚障害者に対するサービスを主としていたが、この分科会の会員の活動を見ていくと、対象をかなり前から広げていることがわかる。たとえば、1931年から米国議会図書館(LC)は、視覚障害者及び身体障害者のための全国図書館サービス(National Library Service for the Blind and Physically Handicapped:NLS)を行っており、スウェーデンの国立録音・点字図書館(TPB)は、1976年から読むことに障害がある人も対象に含んだ。しかし、この分科会として、ディスレクシアなど視覚障害者以外を対象にしたサービスの取り組みを始めたのは、EU指令(2001年)に従い、スウェーデンやデンマークなど欧州の著作権法の改正によって2000年半ばから積極的なDAISYの導入をきっかけとした盲人図書館という枠組みを超えた意識が生まれたためであると考えられる。そうした実態に即するために2008年に現在の分科会名に変更された。

 

2.2 サービスのための具体的な取り組み

 LSNは、各分野で幅広い専門知識を持つ常任委員に恵まれているおかげで、聴覚障害者、入院患者、受刑者などの特別なニーズのある人々に対する図書館サービスのガイドラインの開発が続けられている3)。2000年代初期、すでに欧州では、図書館でのディスレクシアキャンペーン活動が行われ、ディスレクシアに対する図書館サービスガイドライン4)が出版された。2005年には、図書館の障害者サービスの実践ガイドラインとして『障害者のための図書館へのアクセス-チェックリスト』5)が、2007年には、高齢者の認知症に焦点が当てられた図書館サービスガイドライン6)が出版された。最近では2010年に、『読みやすい図書のためのIFLA指針』が、DAISYなどの技術的な解決策の開発が進んできたことや、障害の状況の変化や幅広い障害のニーズに応えるために改訂された7)。読書の推進と読みやすい図書の必要性は、国連障害者権利条約、ユネスコ/IFLA公共図書館宣言、国際出版社協会及び国際図書委員会の読者憲章で述べられている。

 LPDは、2005年に『情報時代における盲人図書館:発展のためのガイドライン』8)を出版した。このガイドラインでは、視覚障害、弱視、学習障害、身体障害のために印刷物を読むことに障害がある人々について説明し、視覚障害者以外のサービスの事例も盛り込んでいる。LPDやLSNが策定したこれらのガイドラインは、2010年に改訂された『公共図書館サービスガイドライン』9)のなかに障害者サービスの重要なリソースとして掲載されている。

 また、LPDに加盟する欧州の国立点字図書館は、視覚障害者だけでなく読むこと・理解することが困難な人たちすべてを対象とするために、団体名称の変更、公共図書館との連携、出版社とのパートナーシップによるアクセシブルな出版に取り組み始めた。

 

3 障害者サービスを権利として保障する

 2003年と2005年に開催された国連世界情報サミットは、事務局である国際電気通信連合(ITU)が主導して、情報社会における知識へのアクセスに関し、豊かな国と貧しい国の格差を減らすための解決策を提供することを目的とした。このサミットにおいて、DAISYコンソーシアムが障害者の情報アクセス問題に関する調整役を障害当事者と共に務めたことにより、「ICTにおける支援技術と連携したユニバーサルデザイン」の概念が確立し、公式文書に明記された10)。 その成果は、2006年に国連総会で採択された障害者権利条約に継承され、障害者の情報アクセスの権利は国際条約による法的な拘束力を持つ基本的人権として確立された。このことは、様々な障害者のニーズに応じた形での情報サービスは、この権利条約で規定された合理的配慮だと位置づけることができるようになったことを意味する。

 

4 グローバル・アクセシブル・ライブラリー(GAL)の構築

 印刷物を読むことに障害がある世界各地の人々が、いつでも、どこでも、アクセシブルな図書館資料を検索し、利用できるようにすることを目的として、LPDとDAISYコンソーシアムが共同で、グローバル・アクセシブル・ライブラリー(GAL)プロジェクト11)の運営委員会を2008年に立ち上げた。実現すればインターネットによる国境を越えたバーチャル・ライブラリーの機能の提供が可能となる。しかし、資料の利用に対する法的制約があり、世界各国間の技術的なインフラと技能の格差といった課題がある。さらに使用許諾契約やデジタル著作権管理(Digital Rights Management:DRM)などの著作権の問題が立ちはだかり、障害者権利条約の趣旨を踏まえた対応を世界知的所有権機関(WIPO)に求める動きとして、新たな著作権条約等が提案されている。

 

5 WIPOとの著作権に関する協議

 上述の国際的なDAISY図書と点字データの相互貸借をめざす国境を超えたグローバルライブラリーの概念の構築、視覚障害者等の印刷物を読めない障害がある人々の情報アクセス権と著作権との調和を求める新著作権条約案をめぐって、2009年1月より、WIPOの事務総長が主催する利害関係者の直接意見交換の場(Stakeholders’ Platform)における世界的な取り組みが進んでいる。この場では、視覚障害者等に著作権が有効な著作物へのアクセスの促進と増強を図る方法や手段について、また国内及び国際的なレベルでの話し合い、さらにそれらの著作物へのアクセスの確保の取り決めを行うために、a.信頼のおける媒介機関(Trusted Intermediary:TI)のグループ、b.技術関連(Enabling Technology)のグループ、そしてc.能力開発(Capacity Building)のグループという3つのサブグループが立ちあげられた。2010年12月以降、GALプロジェクトは、各国の「信頼のおける媒介機関(TI)」による、国境を越えた相互貸借のガイドラインを検証するTIプロジェクトと結合し、TIGAR(Trusted Intermediary Global Accessible Resources)プロジェクトとして作業が進められている。国を超えた協力関係のメカニズムが必要であるが、権利の保障を考えると、立法措置となる新国際条約の制定も必要となるだろう。

 

6 DAISYを活用した障害者サービス

 

6.1 DAISYの発展

 DAISYは、カセットテープに代わる視覚障害者のためのデジタル録音図書の国際標準規格として開発が始まり、現在は、印刷物を読むことに障害がある人々の情報のアクセスの保障を目指した開発と普及に重点が置かれるようになった。DAISYコンソーシアムによって開発・維持が行われている。DAISYコンソーシアムの結成と、DAISY3規格の開発(2002年)までについては、DAISY開発に当初から関わっているDAISYコンソーシアムの現会長である河村宏が自らまとめている12)。DAISY3規格は、デジタル録音図書の米国標準規格(ANSI/NISO Z39.86-2002)として承認され、米国政府は、2004年の障害者教育法(Individuals with Disabilities Education Act:IDEA)の改正で、NIMAS(National Instructional Materials Accessibility Standard:全国指導教材アクセシビリティ標準規格)を制定し、就学前から高校までのすべての紙の教科書をDAISY-XML方式の電子図書であるNIMASファイルに変換して、アクセシブルな教材などを提供する非営利団体APH(American Printing House for the Blind)に設置した全国指導教材アクセシビリティセンター(NIMAC)を通じて全国に配信している。

 

6.2 日本におけるDAISYの普及状況

 1998年から2000年の厚生労働省の助成によるDAISYの導入を点字図書館に行った結果、視覚障害者のための音声のみのDAISY図書の製作が盛んに行われるようになった。また、視覚障害者以外の認知・知的障害者を対象に、2001年より、マルチメディアDAISYが製作されているが、マルチメディアゆえに複雑な著作権の問題があり、普及がなかなか進まなかった。

 そのような状況のなかで、2008年の教科書バリアフリー法とそれに伴う著作権法の改正があったことをきっかけとして、ボランティアベースであるが、小学校から中学校の読むことの困難な発達障害の児童・生徒に国語を中心としたマルチメディアDAISY教科書の提供が始まった。さらに、2010年1月の改正著作権法施行により、視覚障害者以外の印刷物を読むことに障害がある人々をも対象として、著作権者の許諾なくDAISY図書の製作が可能となり、自動公衆送信もできるようになった。

 また、2010年4月より、視覚障害者と視覚表現の認知に困難な人々に向けた情報提供ネットワークシステム「サピエ」が運営を始めている。利用者は、点字データ及び音声DAISY、テキストDAISY、そしてマルチメディアDAISY図書のデータをサーバーから直接ダウンロードできる。

 

6.3 EPUBとDAISYの可能性

 EPUBは米国に本拠を置く国際デジタル出版フォーラム(IDPF)によって開発・保守管理されている電子書籍のフォーマットであるが、iPadなど多くの電子書籍端末がサポートしており、DAISY3のテキストDAISYと同じ機能を持っている。2011年5月に策定予定のEPUB3は、DAISY4のアクセシビリティ技術を完全に受け入れる予定であるため、EPUBの電子書籍には、DAISYのアクセシビリティを兼ね備えることが期待される。またその際には、今まで仕様になかった縦書きやルビがサポートされるだろう。尚、DAISY4は、動画や、学校でテストをする時のインタラクティブな機能の提供が可能となる。

 

7 おわりに

 電子書籍市場の拡大で、読書のあり方が変わってくると思われる。TTS(合成音声)のソフトウェア、スイッチ、点字ディスプレイなどの支援機器と協調して動作するユニバーサルデザインの電子書籍が普通の書籍として買える可能性が高まってきている。しかし、実現するためには、デジタル著作権管理(DRM)などの課題を克服する必要がある。図書館は、利用者側に立ってアクセシブルな電子書籍の推進に積極的な役割を果たすべきであろう。

 

参考文献

1) トロンバッケ, ブロール.“読みやすい図書のためのIFLA指針”. 日本障害者リハビリテーション協会情報センター訳. 障害保健福祉研究情報システム.
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/easy/ifla.html, (参照 2011-02-04).

2) “2010 State of America’s Libraries Report – Libraries and technology”. American Library Associaiton.
http://www.ala.org/ala/newspresscenter/mediapresscenter/americaslibraries/ALA_print_layout_1_582563_582563.cfm, (accessed 2010-02-04)

3) Panella, Nancy. The Library Services to People with Special Needs Section of IFLA: an historical overview. IFLA Journal. 2009, 35(3), p. 258-271.

4) Nielsen, Gyda Skat et al. Guidelines for Library Services to Persons with Dyslexia. IFLA, 2001, 37p., (IFLA Professional Reports, 70).

5) Irvall, Birgitta et al. Access to libraries for persons with disabilities – CHECKLIST. IFLA, 2005, 18p., (IFLA Professional Reports, 89).

6) Mortensen, Helle Arendrup et al. Guidelines for Library Services to Persons with Dementia. IFLA. 2007, 20p., (IFLA Professional Reports, 104).

7) Nomura, Misako et al. Guidelines for easy-to-read materials. Revised ed., IFLA. 2010, 31p., (IFLA Professional Reports, 120).

8) Kavanagh, Rosemary et al. Libraries for the Blind in the Information Age: Guidelines for Development. IFLA, 2005, 87p., (IFLA Professional Reports, 86).

9) Koontz, Christie et al. IFLA Public Library Service Guidelines. 2nd completely revised ed., IFLA, 2010, 149p., (IFLA Publication, 147).

10)“国連世界情報社会サミット”. 障害保健福祉研究情報システム.
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prompt/wsis.html, (参照2011-02-04).

11)レイ,ジュリーほか. “グローバル・アクセシブル・ライブラリー(GAL)プロジェクト最新情報”. 障害保健福祉研究情報システム.
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/ifla/julie/index.html, (参照 2011-02-04).

12)河村宏. “視覚障害者等図書館サービスにおける国際協力活動”. デジタル環境下における視覚障害者等図書館サービスの海外動向. 国立国会図書館関西館事業部図書館協力課編. 2003, p. 41-53, (図書館調査研究リポート, 1).