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カレントアウェアネス
No.302 2009年12月20日
CA1699
「読みやすい図書のためのIFLA指針」の改訂について
1.はじめに
1997年に、「読みやすい図書のためのIFLA指針」(IFLA Guidelines for Easy-to-Read Materials;以下「IFLA指針」という)(1)が、LSDP(Library Serving Disadvantaged Persons Section―利用において不利な立場にある人々への図書館サ-ビスに関する分科会)(2)より発行された。この指針は、同分科会の常任委員会委員であったスウェーデンの「読みやすい図書センター」の所長であるブロール・トロンバッケ(Bror Tronbacke)を中心として作成された。
このIFLA指針は、「読みやすい(easy-to-read)(3)」という概念を利用する2つの形態の出版を想定している。1つはオリジナルがあるものを対象者の読むレベルに合わせて、翻案をする出版である。もう1つは、最初から対象者に合わせた内容で、読みやすく書き下ろしをする出版である。トロンバッケの「読みやすい図書センター」の出版物を見るとこの2つの異なった出版があることがわかる。前者は今まさに一般に読まれているものを読みたいという希望に沿った出版であり、後者は読んで理解することが困難な人々を対象に絞った内容が多い。
「読みやすい」図書は、媒体も紙だけでなく、ラジオやテレビ、そして電子媒体での出版にも有効である。「読みやすい図書センター」では、2008年までに約800冊を出版しているが、そのうちの670冊がTPB(スウェーデン国立録音点字図書館)によりDAISY化(音声のみ)されている(4)。更にマルチメディアDAISY(CA1486参照)による読みやすい電子図書の出版の試み(5)も始まった。
こうした状況の中で、2007年に、LSNの常任委員会において、上記指針の改訂の提案がなされた。最初の発行から10年が経過し、インターネットや情報技術の進展は目を見張るものがあり、紙以外の出版方法に関して改訂が必要になってきたからである。2009年8月には、最終案がLSN常任委員会に提出され、2009年11月現在、審議中である。
筆者は、デンマークのフリーランス図書館コンサルタントであるギッダ・ニールセン(Gyda Nielsen)と共にトロンバッケが行う改訂作業に参加した。その経験を踏まえ,今回の主たる変更点に焦点を当てながらIFLA指針を紹介する。
2.「読みやすい(easy-to-read)」概念を支える理念
この指針の基本となるのは、「すべての人が、文化、文学及び情報に、それぞれ理解できる形でアクセスできるというのが、民主主義的な権利である。」(6)とする考え方である。今回の改訂にあたっては、前回の指針にはなかった「国連障害者権利条約」(7)の理念を取り入れている。この条約は、2006年12月に国連の総会で採択され、2008年5月には、20か国の批准により、法的効力のある国際法になった。この条約は障害のある人の基本的人権を促進・保護すること、固有の尊厳の尊重の促進を目的としている。条約が定める「合理的配慮」の中に指針が求める「読みやすい」図書が含まれることは明らかである。
3.対象グループについて
今回の改訂においては、障害に関する用語の変化により、handicapという言葉はすべてdisabilityに変更されている。また、ADHD(注意欠陥多動性障害)、アスペルガー症候群、レット症候群、そして認知症など最近一般的に認知されるようになってきた障害も新指針に追加された。
なお、トロンバッケの図書センターにおける「読みやすい」図書の出版を見てみると、圧倒的に、読みに問題がある成人および青年のための図書に集中している。しかし、何らかの理由で読みやすいテキストを必要としている人たち、例えば、移民・小学生など語学力あるいは読む能力が不十分で、一定期間、この種の図書が役に立つ人々も指針が対象とするグループである。
4.電子媒体を利用した読みやすい図書
前述のように、今回の改訂の中心は、「読みやすさ」をより効果的にする電子媒体の紹介となっている。そのひとつがマルチメディアDAISYである。DAISYは当初、視覚障害者のために開発されたシステムであったが、現在は通常の印刷物を読めない障害(print disability)がある人々に対して有効なデジタル録音図書の国際標準規格として、DAISYコンソーシアム(8)によって開発・維持が行われている。
新指針では言及されていないが、今後、こうした技術を開発や活用することにより、最初から紙媒体を利用することなく、かつ、さまざまなニーズに対応した「読みやすい」マルチメディア電子図書の出版も可能になると考えられる。
5.さいごに
改訂されたIFLA指針においては、「読みやすい」とは何かという概念に対する科学的な探究や実践的な研究が必要であると述べている。トロンバッケを中心とした国際的な「読みやすい」図書のネットワーク(9)も立ち上がっており、言語学や教育だけでなく、障害やグラフィックデザインなど多分野にわたる研究者の連携により「読みやすい」図書の共同研究が進むと考えられる。
また図書館の役割について、新指針では、すべての利用者にサービスを提供するべきであり、そのために資料やサービスに関する利用案内、広報用ポスター、およびウェブ上の情報は、アクセシブルにするべきであると追記している。図書館員は、情報を明確でわかりやすく表現する責任があることを認識し、サービスを行う上でIFLA指針を活用してほしい。
日本においては、2009年6月に公布された「著作権法の一部を改正する法律」(10)により、2010年1月1日から一定の条件のもとで翻案も無許諾で可能となるので、「読みやすい」図書や情報に関する社会全体の理解や取り組みの推進が期待される。
日本障害者リハビリテーション協会:野村美佐子(のむら みさこ)
(1) Tronbacke, Bror I., ed. IFLA Guidelines for Easy-to-Read Materials. International Federation of Library Association and Institutions, 1997, 34p.
トロンバッケ, ブロール. 読みやすい図書のためのIFLA指針. 日本障害者リハビリテーション協会情報センター訳. 2001, 34p.
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/easy/ifla.html, (参照 2009-10-09).
(2) LSDPは2008年12月、LSN(Library Services to People with Special Needs Section―特別なニーズのある人々への図書館サービス分科会)に変更されている。
(3) 「easy-to-read」の訳には、「やさしく読める」、「読みやすくわかりやすい」などがあるが、ここでは「読みやすい」と言う訳語で統一する。
(4) トロンバッケ, ブロール. “講演会「読みやすさ、わかりやすさに向けたスウェーデンの取り組み」2008年5月29日”. 日本障害者リハビリテーション協会障害保健福祉研究情報システム.
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/guideline/080529_seminar_bror/bror.html, (参照 2009-10-09).
(5) スウェーデンでの取り組み事例については以下の文献を参照。
Boqvist, Lena. “Nytt projekt: Elever testar text i talbocker”. Bibliotek for alla. 2008, (3), p. 4-5. (Swedish).
※日本語要約は、以下のウェブページを参照。
“スウェーデンの事例 リーディングエー市の学校でマルチメディアDAISY図書を試用”. 日本障害者リハビリテーション協会障害保健福祉研究情報システム.
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/daisy/sweden/example_index.html, (参照 2009-10-9).
なお、国内でのマルチメディアDAISY電子図書が付いた読みやすい図書出版として以下がある。
ソールセン, ロッタほか. 赤いハイヒール:ある愛のものがたり. 中村冬実訳. 日本障害者リハビリテーション協会, 2006, 59p.
(6) Tronbacke, Bror I., ed. IFLA Guidelines for Easy-to-Read Materials. International Federation of Library Association and Institutions, 1997, p. 2.
(7) “Convention on the Rights of Persons with Disabilities”. United Nations.
http://www.un.org/disabilities/default.asp?id=259, (accessed 2009-10-09).
(8) DAISY Consortium.
http://www.daisy.org, (accessed 2009-10-09).
(9) Easy-to-Read Network.
http://www.easy-to-read-network.org, (accessed 2009-11-14).
(10) “著作権法の一部を改正する法律”. 文部科学省.
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2009/03/11/1251916_3_3.pdf, (accessed 2009-10-09).
Ref:
藤澤和子ほか編. LLブックを届ける. 読書工房, 2009, 327p.
野村美佐子. 「読みやすい図書のためのIFLA指針」の改訂について. カレントアウェアネス. 2009, (302), CA1699, p. 5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1699