カレントアウェアネス
No.275 2003.03.20
CA1486
米国におけるデジタル録音図書をめぐる動き−NLSを中心に−
2002年3月,米国情報標準化機構(National Information Standards Organization:NISO)は,デジタル録音図書(Digital Talking Book:DTB)(注1)に関する基準をNISO規格として承認した(ANSI/NISO Z39.86-2002, Specifications for the Digital Talking Book)。この基準は,DTBを含む電子ファイルのフォーマットと内容を定義し,DTBの再生装置の必要条件を設定するものである。国際標準規格DAISY(注2)2.02仕様をさらに進化させ,従来の音声や静止画像だけでなく,動画やビデオデータを含めたオープンなマルチメディア仕様となっている。ANSI/NISO Z39.86-2002は,NCX.xmlファイル(DTBの階層構造を示すためのxmlファイル。これにより本文のフレキシブルアクセスが可能となる)とSMIL2.0(W3Cが推奨するXMLに準拠したマルチメディア対応言語)ファイルからなり,より検索性に優れた構成となっている。事実上のDAISY3.0仕様と目されている。
また,米国議会図書館の視覚障害者および身体障害者のための全国図書館サービス(National Library Service for the Blind and Physically Handicapped:NLS)は,2002年5月にDTB計画に関する進捗報告書を発表した。その内容は,2004年からは最新タイトルのデジタルフォーマットでの製作を開始すること,アナログからデジタルへの変換を2008年の4月までに完了させ,約2万タイトルの録音図書をデジタル形態で利用できるようにすることであった。
このように現在の米国では,DTBに対して国をあげて取り組もうとしている。しかし,世界的なレベルでのDTBの標準化の必要が討議され,開発が行われた当初は,米国は必ずしも国際的な流れに歩調を合わせていたわけではなかった。
視覚障害者のためのDTBの標準化が最初に討議されたのは,1986年のIFLA東京大会の専門家会議であった。1990年にはスウェーデンを中心にDTBシステムDAISYの開発がはじまった。1995年,トロントで開かれたIFLAの国際会議で,(1) 2年以内にDTBの標準化を図ることをIFLAの名前で宣言して各国が独自の方式でスタートすること,(2) 目標達成のために国際共同開発組織を発足させること,を確認した。このとき米国は,国際標準化に対しては消極的であった。
1996年5月にDAISYコンソーシアムが結成されるものの,米国は参加を拒否している。そのためDAISYコンソーシアムは,日本,スウェーデン,英国,スイス,オランダ,スペインの6か国で発足した。
1997年3月,DAISYコンソーシアムはロサンゼルスで開催された「技術と障害」という国際会議においてDAISYを紹介し,米国のRecording for the Blind(RFB)(当時の名称。現在は,Recording for the Blind & Dyslexic:RFB&D)と意見交換の場を持った。これがきっかけとなり,8月には米国もDAISYコンソーシアムに加入した。(会員としてRFB&Dが,準会員としてアメリカ盲人協会(American Foundation for the Blind:AFB)等が参加している。)米国の参加決定は,折しもトロント会議で決定した標準化の期限の直前であった。この米国の参加を受けて,1997年IFLAコペンハーゲン大会においてDAISYがDTBの国際標準仕様であることが確認された。
これに先立ち1996年12月に,NLSは,NISOを通じてDTBの標準化に着手することを発表していた。NISOがDTBの標準化について定期的に討議するようになったのは1997年5月からである。NLSのムーディ(Michael M. Moodie)氏がワーキンググループの議長を務めた。ワーキンググループには,NLSのほかに,AFBやRFB&Dなど,視覚障害者に関わる21機関の代表が参加した。このワーキンググループにはDAISYコンソーシアムの方から参加を表明し,代表を派遣した。このことも米国がDAISYコンソーシアムに参加するきっかけになったと考えられる。
1998年には,NLSは,DTBに関する将来計画を発表し,研究開発の目標として,点字雑誌や録音雑誌の評価のほかに,DTBの基準に関する議論を展開すること,NLSの録音資料にデジタル録音技術を応用すること,利用者にDTBを提供する方法を調査することを挙げている。また,次世代録音図書システムを計画し,実行するために必要な20の課題を明らかにした。
この将来計画に基づいて5年間かけて,標準規格の作成,マネジメントツールの作成,デジタルコレクションの構築,再生機器の設計が行われた。その結果,ANSI/NISO Z39.86-2002が承認され,NLSはDTBの製作に対する年度目標を立てることができた。今後は,これに従い実際の業務をどのように進めていくのかが注目される。
日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科:深谷 順子(ふかや じゅんこ)
(注1)デジタル録音図書(DTB)とは,視覚障害者,身体障害者,学習障害者やその他の印刷物を読むことが困難な人々(print-disabled readers)に代替メディアによって情報を提供するために編集された電子ファイル資料のことである。
(注2)DAISYは,Digital Audio-based Information Systemの略である。2001年12月からは,Digital Accessible Information Systemとされている。日本では「アクセシブルな情報システム」と訳されている。視覚障害者や普通の印刷物を読むことが困難な人々のためにカセットに代わるDTBの国際標準規格として,12か国(日本,スウェーデン,英国,スイス,オランダ,スペイン,ドイツ,カナダ,デンマーク,オーストラリア,ニュージーランド,米国)の正規会員団体で構成するDAISYコンソーシアム(本部スイス)により開発と維持が行なわれている情報システムである(CA1471参照)。DAISYコンソーシアムの目的は「既存の国際基準をベースとしつつ,あらゆるメーカーが参入できる,開かれた国際規格を開発すること」である。1990年に「パソコンで録音し,パソコンで再生する録音図書」として,スウェーデンで開発された初期のDAISYは,1997年5月の「次世代の録音図書のフォーマットに関する国際会議」を契機に,インターネット上のテキスト,音声,画像などの多様な形態のファイルを共存できる第二世代に進化した。それを受けて,2001年1月に公式推薦されたのがDAISY仕様2.02である。その後W3CによるSMIL標準化決議やhtmlのXMLへの移行が決定されたことにより,DAISYはさらに次の世代へと進化を始めている。その進化を体現したのがANSI/NISOZ39.86-2002といえる。このようなDAISYの進化は,視覚障害者以外の読書に障害のある人の利用にも有効であり,新仕様に対応したソフトウェアの開発が期待されている。DAISYについての詳細は次のサイトを参照。< http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/about/consortium.htm >
Ref.
ANSI/NISOZ39.86-2002 Specifications for the Digital Talking Book. (online), available from < http://www.niso.org/standards/resources/Z39-86-2002.html >, (accessed 2003-01-12).
Geller, Marilyn. “Digital Talking Book Standard Approved”.(online), available from < http://www.cni.org/Hforums/niso-l/2002/0008.html >, (accessed 2003-1-12).
LC. “Library of Congress Issues Report on Digital Talking Books”. News form The Library of Congress. (online), available from < http://www.loc.gov/today/pr/2002/02-080.html >, (accessed 2003-01-12).
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河村宏.DAISYのこれから−次世代録音図書の国際標準−.びぶろす.49(1), 1998, 4-6.
LC. National Library Service for the Blind and Physically Handicapped (NLS). That All May Read… (online), available from < http://www.loc.gov/nls/ >, (accessed 2003-01-14).
深谷順子. 米国におけるデジタル録音図書をめぐる動き−NLSを中心に−. カレントアウェアネス. 2003, (275), p.7-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1486