E2768 – Internet Archiveのデジタル貸出を巡る著作権訴訟の経緯

カレントアウェアネス-E

No.496 2025.02.13

 

 E2768

Internet Archiveのデジタル貸出を巡る著作権訴訟の経緯

人間文化研究機構人間文化研究創発センター・鈴木康平(すずきこうへい)

 

  米国の非営利団体Internet Archive(IA)は、何百万冊もの書籍をスキャンし、そのうちの著作権で保護されている書籍について、Controlled Digital Lending(CDL)という考え方に基づいて、オンラインで書籍のデジタルコピーを利用可能にするプロジェクトOpen Libraries Project(OLP)を実施していた。CDLとは、図書館による書籍のデジタル貸出を米国著作権法上で適法に行うために考案された考え方であり、「1部1ユーザ」という「所有と貸出の比率」を維持すること(図書館が書籍を1部所有している場合、デジタル貸出は1人までとし、デジタル貸出中は物理的な書籍も利用できないようにする)を基本原則とするものである(CA2016参照)。2018年9月に発表されたCDLに関するホワイトペーパーは、CDLを適法に実施するための条件として、「所有と貸出の比率」の維持に加えて、対象とする資料は合法的に取得したものであること、ライセンスが提供されていないものであることなどを挙げている。

  2020年3月24日、IAは、COVID-19の流行により全米の図書館が閉鎖されたことを受けて、OLPの「所有と貸出の比率」を解除し、同時に複数人がデジタルコピーを利用できるようにした「国家緊急事態図書館」(National Emergency Library:NEL)を開始した。それに対して、同年6月1日、米国の大手出版社4社(Hachette Book Group、HarperCollins社、Wiley社、Penguin Random House社)は、IAによるデジタル貸出により、127冊の書籍の著作権が侵害されているとして訴訟を提起した。訴訟の対象となった127冊の書籍はすべて、電子テキスト形式での購入や図書館に対するライセンスの提供が正規の手段で可能なものであった。訴訟では、IAのサービスが米国著作権法上のフェアユースに該当するかが争われた。フェアユースとは、(1)使用の目的および性質、(2)著作物の性質、(3)使用された部分の量および実質性、(4)潜在的市場または価値に対する使用の影響、以上の4つの要素を総合的に判断して公正な利用と判断された場合には、著作権侵害が否定されるというものである(米国著作権法107条)。

  2023年3月24日、第一審のニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は、OLPでは電子テキスト形式のライセンスが提供されている書籍も提供されていたことに加えて、「所有と貸出の比率」さえも守られていなかったことなどを指摘し、フェアユースの4つの要素すべてが出版社に有利であるとして、IAのサービスのフェアユース該当性を否定する略式判決を下した。第一審判決は、訴訟の対象となった127冊の書籍のような、電子テキスト形式のライセンスが利用可能な書籍をデジタル貸出の対象とした場合に限定した判断であり、電子テキスト形式のライセンスが利用できない書籍のデジタル貸出のフェアユース該当性については判断されていない。IAは、第一審判決を不服として上訴した。

  2024年9月4日、第二審の連邦第二巡回区控訴裁判所は、第一審判決を支持し、電子テキスト形式での販売やライセンスがなされている書籍のデジタル貸出を行うIAのサービスは、「1部1ユーザ」の「所有と貸出の比率」が守られたとしても、フェアユースの4つの判断要素すべてにおいて出版社に有利であって、フェアユースは成立しない旨判示した。2024年12月4日、IAは最高裁に上訴しない決定をしたことを発表した。

  控訴審判決も第一審判決と同じく、電子テキスト形式でのライセンスが提供されている書籍をデジタル貸出の対象とした場合についてフェアユースを否定したものであり、ライセンスが提供されていない書籍を、「所有と貸出の比率」を厳守したデジタル貸出の対象とした場合にフェアユースが否定されるのかは、未だ明らかではない。ところで、欧州連合(EU)では、合法的に入手可能な書籍のデジタルコピーを、印刷物の貸出と同じように「1部1ユーザ」の原則により図書館がデジタル貸出を行うことは、公貸権制度(CA2011参照)の範囲内で可能である旨を判示した欧州連合司法裁判所(CJEU)の判決がある(VOB事件CJEU判決;CA1979参照)。デジタル貸出と著作権の関係については様々な考え方があり得るところ、本判決を受けて、デジタル貸出に関する著作権の議論が今後どのように展開していくのか、注目される。

Ref:
“Hachette Book Group, Inc. v. Internet Archive (1:20-cv-04160) District Court, S.D. New York”. COURT LISTENER.
https://www.courtlistener.com/docket/17211300/hachette-book-group-inc-v-internet-archive/
“Hachette Book Group, Inc. v. Internet Archive (23-1260) Court of Appeals for the Second Circuit”. COURT LISTENER.
https://www.courtlistener.com/docket/67801014/hachette-book-group-inc-v-internet-archive/
“End of Hachette v. Internet Archive”. Internet Archive Blogs. 2024-12-04.
https://blog.archive.org/2024/12/04/end-of-hachette-v-internet-archive/
CONTROLLED DIGITAL LENDING.
https://controlleddigitallending.org/
Open Libraries.
https://openlibraries.online/
Hansen, David R; Courtney, Kyle K. A White Paper on Controlled Digital Lending of Library Books. Law Archive, 2018, 42p.
https://doi.org/10.31228/osf.io/7fdyr
“Domstolens dom (tredje avdelningen) av den 10 november 2016. Vereniging Openbare Bibliotheken mot Stichting Leenrecht. C-174/15, ECLI:EU:C:2016:856”. EUR-Lex.
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/SV/TXT/?uri=CELEX:62015CJ0174
山本順一. “Controlled Digital Lending”を巡る動向:CDLに羽化した図書館サービス理念と米国出版界の主張. カレントアウェアネス. 2022, (351), CA2016, p. 14-17.
https://doi.org/10.11501/12199169
稲垣行子. 電子書籍を中心とした公貸権制度の2005年以降の国際動向. カレントアウェアネス. 2021, (350), CA2011, p. 14-19.
https://doi.org/10.11501/11942244
ワイト, ベンジャミン. 欧州の図書館と電子書籍-従来の公共図書館よ、安らかに眠れ?. 井上靖代訳. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1979, p. 21-27.
https://doi.org/10.11501/11509689

 

 

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