カレントアウェアネス-E
No.496 2025.2.13
E2767
日本図書館情報学会における初期キャリア研究者支援の取組
日本図書館情報学会会長/慶應義塾大学文学部・岸田和明(きしだかずあき)
図書館情報学においては、大学教員等による学術的な研究だけではなく、図書館等で働いている人々による実務に直結した研究もまた重要である。実務的研究の質を高めるには、大学院レベルで身につける学術的なスキルが必要であり、なおかつ、そのようなスキルは、当該図書館の範囲を超えた普遍的な成果として研究結果を一般に知らしめるためにも不可欠といえる。慶應義塾大学文学研究科など、そのための社会人大学院を開設している大学は少数ながら存在するものの、地理的および時間的な制約から、その機会を活用できる人はほんの一握りである。それならば、学会がその役割の一端を担うべきということになる。
いくつかの学会では、大学院生を含めたいわゆる「若手」に対して、そのような取組を進めている。学会発表のための原稿に対してメンターが助言し、研究発表の質を高める試みがその一例として挙げられる。大学院修了後、十分な指導を受けることができない研究者も居るわけで、この種の学会活動は重要である。それに加えて、図書館情報学においては、上で述べたように、実年齢で規定される「若手」の範疇を超えて、実務的な研究を進める人々をも含めることに対する積極的な理由があり、現在、日本図書館情報学会では「初期キャリア研究者」を用語として使用している。
当学会において、初期キャリア研究者支援の機運が高まったのは2023年ごろからで、須賀千絵氏(常任理事、実践女子大学准教授)を中心に、学会による出版の企画を検討する過程において、初期キャリア研究者の支援に焦点が当たったのがその契機である。実際、その企画は、初期キャリア研究者に対して研究成果の出版を行う機会を提供するという方向で動き始めている(2025年1月現在。シリーズ名は「2030年代の図書館と情報サービス」)。なお、この企画では、各執筆者に対してメンターが割り当てられ、原稿に対する助言を行うことになっている。
この出版企画と連動し、日本図書館情報学会・研究委員会(委員長:小山憲司氏、中央大学教授)により、「初期キャリア研究者が抱える問題と支援の方向性を考える」というシンポジウムの企画が進められた。実際、このシンポジウムは2024年9月29日に筑波大学筑波キャンパスにて開催され(『第72回日本図書館情報学会研究大会発表論文集』のp. 73~75参照)、参加者全員が「図書館実務者の問題を考える」「若手研究者の問題を考える」「学会による支援策を考える」のサブテーマに分かれて、会場にて活発な議論が行われた。なお、研究委員会では、このシンポジウムに先立ち、「初期キャリア研究者の問題に関する調査」を2024年7月から8月に実施し、96人から回答を得ている。例えば、研究の方法や内容に関して初期キャリア研究者が抱える問題としては「研究に関して相談・助け合える仲間がいない」「研究を指導してくれる人がいない」が回答者数の1位と2位を占めるなど、興味深い結果が得られた。
このシンポジウムでの議論の結果を受け、三浦太郎氏(日本図書館情報学会副会長、明治大学教授)により、以下の2つのオンラインチュートリアルセミナーが企画された。
- 「図書館情報学関連の学術雑誌への投稿について:初期キャリア研究者向けガイド」
- 「現場実践をどのように研究発表につなげるか:現職者の初期キャリア研究者の方向けのガイド」
1)については2024年12月19日、2)は2025年1月22日に開催された。一般的には、「チュートリアルセミナー」は、特定の研究テーマあるいは技術に関して新たに学びたい人のために各学会で実施されているものであるが、日本図書館情報学会では2022年度から、ウェブ会議システムを利用したオンライン形態にてこの種のセミナーを不定期に開催している。2024年度は2回ほど、「初期キャリア研究者」向けの内容としたわけである。
学会の2025年度事業計画は現時点では未確定であるものの、「2030年代の図書館と情報サービス」の出版準備は着実に進んでおり、何らかの形で、初期キャリア研究者への支援を続けていく予定となっている。図書館情報学は実務と強く結び付いた研究分野の1つであり、教育研究を主たる責務とする人々と図書館等での実務を主たる責務とする人々との相互的な協働によって発展させていくことが重要である。その点で、図書館の職員などを含めた初期キャリア研究者への支援は、今後の図書館情報学の発展において大きな役割を果たすものと考えられる。
Ref: “新出版企画「2030年代の図書館と情報サービス」シリーズのお知らせ 【※募集終了】”. 日本図書館情報学会. 2024-09-02. https://jslis.jp/2024/09/02/%e6%96%b0%e5%87%ba%e7%89%88%e4%bc%81%e7%94%bb%e3%80%8c2030%e5%b9%b4%e4%bb%a3%e3%81%ae%e5%9b%b3%e6%9b%b8%e9%a4%a8%e3%81%a8%e6%83%85%e5%a0%b1%e3%82%b5%e3%83%bc%e3%83%93%e3%82%b9%e3%80%8d%e3%82%b7/ 第72回日本図書館情報学会研究大会発表論文集. 筑波, 2024-09-28/29. 日本図書館情報学会, 2024, p. 73-75. https://jslis.jp/wp-content/uploads/2024/09/2024-annual-meeting-proceedings-202409.pdf 日本図書館情報学会 初期キャリア研究者の問題に関する調査 報告書. 日本図書館情報学会研究委員会, 2024. https://drive.google.com/file/d/1Hdi_S9bmRWL95ZHMLpn6yPSSHOutZ7i-/view “2024年度第1回オンラインチュートリアルセミナー(12月19日)の開催について(※終了しました)”. 日本図書館情報学会. 2024-10-18. https://jslis.jp/2024/10/18/2024%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E7%AC%AC1%E5%9B%9E%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC%EF%BC%8812/ “2024年度第2回オンラインチュートリアルセミナー(2025年1月22日)の開催について(※終了しました)”. 日本図書館情報学会. 2024-10-24. https://jslis.jp/2024/10/24/2024%e5%b9%b4%e5%ba%a6%e7%ac%ac2%e5%9b%9e%e3%82%aa%e3%83%b3%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%81%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%aa%e3%82%a2%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%83%9f%e3%83%8a%e3%83%bc%ef%bc%882025/