カレントアウェアネス-E
No.496 2025.2.13
E2769
シンポジウム「機関リポジトリ活用の可能性」<報告>
東京外国語大学・高橋洋成(たかはしよな)、中山昌也(なかやままさや)
2024年12月23日、東京外国語大学においてシンポジウム「機関リポジトリ活用の可能性:フィールド研究データの蓄積・活用」がハイブリッド形式で開催された。本シンポジウムは、東京外国語大学のオープンアクセス(OA)加速化事業の一環として企画され、機関リポジトリを用いて研究データをオープン化し活用する方法について、4つの講演と総合討論が行われた。対面26人、オンライン115人の参加があった。本稿ではシンポジウムの内容を報告する。
中山俊秀(東京外国語大学副学長(研究支援・図書館等担当)・附属図書館長)からの開会挨拶(司会(中山昌也)による代読)の後、司会が東京外国語大学OA加速化事業の内容を紹介した。
●講演1「フィールド研究データのオープン化とその活用」/高橋菜奈子氏(新潟大学)
最初に、大学や大学図書館を取り巻くOA、オープンサイエンスの概況を説明した。続いて、フィールド研究分野における研究データとは何かを説明し、機関リポジトリでの研究データ登録事例、学校教育でのデータ活用事例を紹介した。最後に、研究データに関するオープンアクセスリポジトリ推進協会(JPCOAR)の取り組みを紹介した。フィールド研究データが研究者によって利活用されていくことで、学術研究におけるオープンサイエンスが促進され、また、市民によって利活用されていくことで、市民科学におけるオープンサイエンスが促進されるとまとめた。
●講演2「人文学データとデジタルライブラリー」/宇陀則彦氏(筑波大学)
デジタルアーカイブとデジタルライブラリーは同義に使われがちであるが、出所原則・原秩序尊重原則を旨とする前者と、組織化された資料群としての後者は別の概念であると説明した。資料を「読む」ことを前提とする人文学の資料は、すでに図書館や文書館に存在する。それゆえ人文学における研究データとは、第一のレベルではデジタルアーカイブのような一次資料データ、第二のレベルでは共有を前提としてTEIやIIIF(CA1989参照)などの標準技術を用いて保存された加工データ、第三のレベルでは個人の研究メモのようなものが考えられる。人文学データの保存には、こうした人文学特有の研究スタイルを考慮しなければならないとまとめた。
●講演3「フィールド言語学データの利活用:東京外国語大学機関リポジトリから」/倉部慶太(東京外国語大学)、塩原朝子(東京外国語大学)
東京外国語大学による学術データの蓄積・公開・利活用促進の一例として、機関リポジトリに登録された言語研究データを紹介した。また、その登録作業を通じて明らかになった課題と現状について報告した。特に、研究データが公開可能なものであるかに関して、デジタル媒体には出版物とは異なる確認事項があると説明した。最後に、機関リポジトリが提供するメタデータを、言語学専門のデジタルアーカイブへ提供するために、メタデータ形式の自動変換を行う中継サーバ「Prometheus Unarchiver」の試みを紹介した。そして、研究データの持続性と応用とを両立させるには、前者を担うリポジトリと、後者を担う中継サーバのような使い分けも重要であるとまとめた。
●講演4「採れたてのフィールドエッセー:大阪大学での機関リポジトリと「オープン・エスノグラフィ」の連携を事例として」/神崎隼人氏(大阪大学)
最初に、「エスノグラフィ」の研究データは長い時間をかけて熟成されるものであるという特徴を述べた(筆者注:エスノグラフィとは、文化人類学などで用いられる調査研究手法の一つで、観察対象の人々の生活や活動を、実際に現地に赴き、フィールドワークやインタビューなどを通じて明らかにしていくという特徴がある)。一方で、調査を行ったばかりの「採れたて」(=フレッシュ)な研究データをオープンにしていく方向性もあるとして、大阪大学のEthnography Labが開発に携わっている、エスノグラフィ研究データ管理専用のソフトウェア「Open Ethnography(オープン・エスノグラフィ)」を紹介した。そして、「オープン・エスノグラフィ」で作成された研究データを機関リポジトリ(大阪大学学術情報庫)で公開するための一連の手順と課題について述べた。フィールド研究分野において、機関リポジトリは様々な段階の研究データの公開・検索基盤となることや利活用等の新たな可能性をもっていることを述べ、エスノグラフィの新たな形式創出のためのポテンシャルを有しているとまとめた。
●総合討論/パネリスト:高橋氏・倉部・塩原・神崎氏、ファシリテーター:布野真秀(東京外国語大学)
参加者からの質問への回答を中心に討論が行われた。図書館が用意するメタデータと研究者が必要とするメタデータとの設計の違い、また図書館と研究者が互いに相談しやすい体制を構築していくためのフローなどについて、パネリストそれぞれの立場(研究者、図書館職員)からの回答があり、フィールド研究データについて機関リポジトリを活用していくことの可能性について議論を深めた。
最後に、塩原朝子(東京外国語大学フィールドサイエンスコモンズ長)から挨拶があり、シンポジウムは閉会した。
●おわりに
人文社会科学系のフィールド研究分野において機関リポジトリを活用するには、分野の性質と個々の研究事情を踏まえる必要がある。その実現に向けた準備が急速に進むこの時に、人文社会科学系の様々な研究データを機関リポジトリによって公開、流通させていく方法を、事例をまじえながら紹介できたことは、本シンポジウムの大きな成果と言えるだろう。
Ref: “2024年12月23日(月) OA加速化事業シンポジウム「機関リポジトリ活用の可能性: フィールド研究データの蓄積・活用」”. 東京外国語大学. https://www.tufs.ac.jp/tufisco/ja/2024/10/23/20241223.html 東京外国語大学学術成果コレクション(Prometheus-Academic Collections). https://tufs.repo.nii.ac.jp/ “オープンアクセス加速化事業の採択機関の決定について”. 文部科学省. 2024-07-05. https://www.mext.go.jp/b_menu/boshu/detail/1421775_00009.html 永崎研宣. IIIFの概要と主要APIバージョン3.0の公開. カレントアウェアネス. 2020, (346), CA1989, p. 13-16. https://doi.org/10.11501/11596735