E2764 – Plan Sが学術情報流通に与えた影響についての調査報告書

カレントアウェアネス-E

No.495 2025.01.30

 

 E2764

Plan Sが学術情報流通に与えた影響についての調査報告書

東京大学農学生命科学図書館・安達修介(あだちしゅうすけ)

 

●はじめに

  2024年10月、研究助成機関のコンソーシアムであるcOAlition Sは、オープンアクセス(OA)出版を推進するためのイニシアチブPlan Sが学術情報流通に与えた影響についての調査報告書“Galvanising the Open Access Community: A Study on the Impact of Plan S”を公開した。

  Plan SはcOAlition Sによって2018年9月に発表されたイニシアチブで、cOAlitionS参加機関の助成を受けて出版された論文の完全かつ即時OAの達成を目標とし、その目標を達成するための10原則を掲げた。その後、2018年11月の実施ガイドライン発表、2019年5月の同ガイドラインの改訂版発表を経て、2021年1月に発効した(CA1977CA1990参照)。Plan Sでは、許容する即時OAのルートとしてゴールドOAとグリーンOA、更に論文著者の所属機関が転換契約を結んでいる場合においてハイブリッドOAを挙げている(CA2055参照)。

  今回の調査は、発表からの約5年間でPlan Sが学術コミュニケーションとOA出版にどのような影響をもたらしたかを評価し、Plan SとcOAlition Sを今後どのように進展させるかを提言するために実施されたものである。以下に、調査報告書の概要とPlan Sの評価結果を紹介する。

●調査の手法と結果

  調査では定量的評価と、それを補完するための定性的評価が行われた。

  定量的評価では、「Plan Sが存在しなかった場合の学術コミュニケーションの変化を推定する」という反事実を念頭に置いて評価する手法が取られた。cOAlition S参加の研究助成機関を「処置群(Treatment group)」と置き、それに対してPlan Sに整合していないOAポリシーを持つ助成機関を「対照群(Control group)」、cOAlition Sには参加していないもののPlan Sに整合するOAポリシーを持つ助成機関を「比較群(Comparison group)」として、それぞれの助成による成果物のOA率の推移を比較している。

  評価の結果、処置群の機関の助成を受けた成果物は、対照群・比較群の機関と比較して、統計的に有意なOA率の上昇は示していなかった。報告書ではその理由として、Plan Sに整合したOAポリシーは2021年初頭から採用され始めたため、その影響を定量的に評価するには早すぎること、処置群の機関ではOA率が高い状態からスタートしているので成長率があまり高くならなかった可能性があることの2点を挙げている。この他、処置群の機関ではハイブリッドOAの成長率が高く、転換契約の影響である可能性も指摘している。

  定性的評価では、各ステークホルダーへのインタビューに加えて、Plan Sに関する文献のレビューなどが行われた。Plan Sが即時OA達成の方策として示した転換契約、権利保持戦略、ゴールドOAの評価を試みており、併せてプレプリントや図書出版などの周辺情報も取り上げている。

  定性的評価の結果報告では、Plan Sが転換契約と、ゴールドOAの一形態であるダイヤモンドOAの2種類のルートの発展に寄与したことにとりわけ注目している。また、ゴールドOAを推進した結果、論文処理費用(APC)出版モデルの不公平さを認識させる役割を果たしたことも指摘している。

●Plan Sの成功点と課題、推奨事項

  調査の結果、Plan Sが成功した点として、まず、即時OAを実現するために複数の戦略を採用し、OA促進のための引き金を引いたことが挙げられている。また、地域を超えた問題、特にグローバルサウスでの問題への対応や、出版社との交渉に際して見せた歩み寄りの姿勢も効果的であったと評価されている。

  Plan Sの課題としては、Plan Sが研究者にほとんど認知されていないこと、Plan Sが抽象的すぎるために国レベルの行動に落とし込めていないことが挙げられた。また、cOAlition SがOAに関する3つの課題(アクセシビリティ、価格、公平性)を同時に解決しようとして、リソースを分散させてしまったと指摘されている。さらに、cOAlition Sに加わっていない地域から支持を得られなかったことにも言及されている。

  この分析を受け、報告書は最後にcOAlition Sと、その他のステークホルダーに向けて推奨事項を提示している。cOAlition Sに向けた事項では主に、cOAlition Sとしての取り組みを継続していくことと、改革や影響範囲拡大を推進していくことを推奨している。ステークホルダーに向けた事項では、研究機関同士の連携を強化することを推奨し、また、転換契約の価値を高めるための仕組みと権利保持の仕組みを検討することを促している。

Ref:
“cOAlition S announces the release of an independent study on the impact of Plan S”. Plan S. 2024-10-15.
https://www.coalition-s.org/coalition-s-announces-the-release-of-an-independent-study-on-the-impact-of-plan-s/
de Castro, Pablo; Herb, Ulrich; Rothfritz, Laura; Schmal, W. Benedikt; Schöpfel, Joachim. Galvanising the Open Access Community: A Study on the Impact of Plan S. Zenodo, 2024, 99p.
https://doi.org/10.5281/zenodo.13738479
“Principles and Implementation”. Plan S.
https://www.coalition-s.org/addendum-to-the-coalition-s-guidance-on-the-implementation-of-plan-s/principles-and-implementation/
林豊. Plan S:原則と運用. 情報の科学と技術. 2019, 69(2), p. 89-93.
https://doi.org/10.18919/jkg.69.2_89
船守美穂. プランS改訂―日本への影響と対応. 情報の科学と技術. 2019, 69(8), p. 390-396.
https://doi.org/10.18919/jkg.69.8_390
西岡千文. オープンアクセス推進におけるPlan Sのインパクト. 情報の科学と技術. 2024, 74(12), p. 535-537.
https://doi.org/10.18919/jkg.74.12_535
尾城孝一. 学術雑誌の転換契約をめぐる動向. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1977, p. 10-15.
https://doi.org/10.11501/11509687
船守美穂. プランS改訂版発表後の展開―転換契約等と出版社との契約への影響. カレントアウェアネス. 2020, (346), CA1990, p. 17-24.
https://doi.org/10.11501/11596736
船守美穂. 動向レビュー:即時オープンアクセスを巡る動向:グリーンOAを通じた即時OAと権利保持戦略を中心に. カレントアウェアネス. 2023, (358), CA2055, p. 15-23.
https://doi.org/10.11501/13123926