カレントアウェアネス-E
No.487 2024.09.19
E2731
査読に関する英国物理学会出版局の報告書(2024年)
収集書誌部国内資料課・村瀨啓(むらせけい)
●はじめに
英国物理学会(Institute of Physics:IOP)の出版部門である英国物理学会出版局(IOP Publishing:IOPP)は、物理学の広範な領域に及ぶ100以上の学術雑誌を刊行している。IOPPは2024年5月14日、論文査読の近況に対する物理学者コミュニティの意見を調査した報告書“State of peer review 2024”(以下「報告書」)を公開した。本稿はその概要紹介を目的とする。
査読は学問の進歩と誠実性を担保する重要な制度だが、近年はそのコストや公平性などについて問題が表面化し、学術情報流通の焦点の一つとなっている(CA1961、CA2001、CA2048参照)。IOPPが2020年の同様の調査(以下「前回調査」)に引き続き調査を実施した背景には、こうした事情があるものと思われる。
●調査方法
2024年3月にアンケート調査を実施し、105か国3,046人の物理学研究者から回答を得た。調査項目は大別すると1)査読依頼の量、2)査読プロセスにおけるバイアス、3)望ましい査読方式、4)査読を引き受ける動機、5)生成AIの査読への影響、である。以下では記述の多い1と4に絞って分析結果の基調を紹介する。
●査読依頼の量
直近3年間の査読依頼量の変化については、全体の約半数が増加と回答した(減少は11.5%)。次のように、回答者が拠点を置く国によって査読負担に関する回答が割れる傾向にあること、特に欧州とそれ以外の地域、とりわけ中国・インドとの差異が指摘されている。これは前回調査と共通の傾向である。
- 1か月に3件以上の査読依頼を受けると回答した者の割合は、欧州の24%に対し他の地域では19%、その中でも中国(15%)とインド(16%)は少ない。
- 査読に費やせる時間に比して査読依頼が多すぎると回答する割合は、中国(6%)とインド(7%)では低率なのに対し、それ以外の国々では23%に達する。
他方、前回調査からの変化が看取される面もあった。
- 査読依頼が多すぎるという回答の全回答者における割合は前回調査から減少(26%→16%)。
- 低所得国(世界銀行の所得別分類)の回答者の77%が、直近3年間で査読依頼が増加と回答しており、他の所得分類の国の回答者に比べ割合が顕著に高い。
報告書は結論部で、査読者プール多様化のためのIOPPの近年の努力が上記変化に反映された可能性を示唆している。
●査読を引き受ける動機
前回調査と同様、回答者は査読を引き受ける動機として、「論文への興味」に最も高い重要度を与え(全体平均で5点満点中3.89、以下の括弧内同様)、「金銭その他利益」を最も低く評価している(2.22)。査読の報酬としては、「論文の最終判断についてのフィードバック」(3.67)や、「査読意見の質に対するフィードバック」(3.65)を重視する回答者が多い。
他方で、査読の報酬についての回答で、査読者支援の項目の重要度が、前回調査から大きく増加した(査読訓練プログラム修了証の交付:2.68→3.11など)。査読経験改善のための措置についての回答では、「査読訓練の改良」は唯一、前回調査から重要度を著増させた項目となっている。これらは編集サイドによる査読者への手厚い支援という方向性を支持する結果と言える。実際、報告書は結論部において、査読者の経験を改善する更なる措置の必要を示唆している。
●おわりに
報告書の分析結果は、世界的な論文数増加の推進力である中国やインドの研究者の査読者としての包摂と、そうした新規参入者を含めた査読者への支援強化の必要性を示唆していると読める。
査読者不足への対処として、査読の業績化などの査読インセンティブの増加が模索されている。その動きと並行して、IOPPの今後の査読者支援策が、そうしたインセンティブに魅力を感じつつも未だ包摂されていない潜在的査読者を動員し、包摂的で豊かな査読者コミュニティの形成に繋げられるかは、注目に値する。
Ref:
“IOP Publishing report reveals peer review capacity not used to its full potential”. IOPP. 2024-05-14.
https://ioppublishing.org/news/iop-publishing-report-reveals-peer-review-capacity-not-used-to-its-full-potential/
“State of peer review 2024”. IOPP.
https://ioppublishing.org/state-of-peer-review-2024/
“Peer Review Survey Insights 2020”. IOPP.
https://ioppublishing.org/peer-review-survey-insights/
“4.1.2研究活動の国別比較”. 科学技術指標2023. 科学技術・学術政策研究所, 2024.
https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2023/RM328_42.html
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https://doi.org/10.11501/11359094
佐藤翔. オープン査読の動向:背景、範囲、その是非. カレントアウェアネス. 2021, (348), CA2001, p. 20-25.
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佐藤翔. 査読は無償であるべきか?. カレントアウェアネス. 2023, (357), CA2048, p. 14-18.
https://doi.org/10.11501/12996501