カレントアウェアネス-E
No.481 2024.06.13
E2705
島根県立図書館での県内戦争体験記録データベース構築講座
島根大学法文学部・板垣貴志(いたがきたかし)
2018年8月、筆者は島根県内の有志と県内の戦争・銃後体験記録収集事業を立ち上げ、2021年5月からは、島根県教育庁社会教育課と調整しつつ島根県立図書館で「島根県内戦争体験記録データベース構築講座」を行っている。本稿では、この月例講座についての取り組みを紹介する。
●「島根県内戦争体験記録データベース構築講座」の概要
この講座は、市民や学生の参加者を募り、毎月第1日曜日の午前中に開催している。平均しておおよそ15人程度の参加者は、県立図書館に収蔵されている体験手記を1冊ずつ丹念に読み込み、内容に関わるキーワードを複数抽出してExcelシートに入力する。講座の最後に、全員で意見交換をする時間を設けて、その日に担当した手記を紹介しつつ感想を述べ合い認識を深めている。
島根県でも従軍兵士のみならず銃後の体験、引揚体験などの膨大な体験手記が残されている。それらローカルな記録類を散逸させることなく、後世に引き継いでいくことが講座の目的である。この取り組みを知って、県立図書館に収蔵されていなかった戦争体験集が寄せられることもある。図書館を拠点とした継続的な文化活動が、戦争体験者がいなくなる時代において持つ意義は大きく、今後の島根県内の平和学習のあり方に影響を与えていくであろう。
●ローカルな戦争体験記録の記録遺産化を目指して
大学で日本近現代史を教えていると、若い世代の戦争イメージが抽象的になっているように感じる。これは単に知識不足によるものではなく、感覚的に戦争が抽象化されつつあることが原因であるように思う。実際の戦争体験とは、複雑な感情が入り混じり、安易に言葉や映像にできないものであったろう。たとえば、生き残った多くの兵士は、亡き戦友や遺族への配慮から体験を語らない/語れない人が多かった。近年描かれた戦時の物語には、体験者の抱くこの複雑さが捨象される傾向もあり、この現象は、戦争体験の「風化」ではなく「純化」といわれる。純化した物語は、若い世代の感情に訴える強い力を持っているが、戦争体験の継承のあり方として相応しいかは、議論の余地があろう。体験者の多様な手記集は、体験者の複雑な感情を、後世の人びとが受けとり感じ考えることができる素材となりうる。
近年の専門書(蘭ほか編、2021年)では、確実に体験者のいなくなる時代を迎えつつあるなかで、「生存者による肉声の語り」から、「戦争を想起させる場」を自覚的に作っていく重要性が説かれている。「語りの共有」から「場の共有」。当然ながら「場」には、その地域が深く結びついている。島根県内というローカル性を自覚的に残していく試みが今後の継承には有効な強みとなっていくであろう。
たとえはじめはそれが個別の体験が綴られたものに過ぎなかったとしても、体験していない後世の人びとが記録にある種の共感を持って主体的に関わることが積み重なれば、普遍性を帯びて広く社会が共有し後世に残すべき記録遺産となっていくものである。
●図書館に眠る地域の歴史資料に光をあてる
むろん戦争体験記録のデータベース化は、予算を確保して外注することも可能である。しかし、ゆっくり時間をかけて、多くの市民の協力を得つつ進めていくことに意味がある。
古くから地域の文化活動拠点となってきた各地の図書館には、古文書や郷土の新聞や雑誌といった地域の歴史資料が過去に収集されて眠っていることが多々ある。しかし、職員では、くずし字解読や整理手法に不慣れなため登録ができず、収蔵庫に手つかずのまま保管している場合が多い。このような地域の歴史資料は、ほかには残されていない地域固有の文化資源であって、今後のまちづくり活動や郷土教育などへの活用が期待できよう。
それらの地域資料について、市民が主体となって、行政が調整しつつ、大学が支援するという、3者が連携して整理活用を進める取り組みが理想的だと思われ、今後も市民と協力して戦争体験記録データベース構築を進めていきたい。
Ref:
板垣貴志. 歴史資料保存運動の観点からみた戦争記録の現在地―島根県内の戦争・銃後体験記録収集事業の経緯―. 昭和のくらし研究. 2021, vol. 19, p. 51-62.
蘭信三, 小倉康嗣, 今野日出晴編. なぜ戦争体験を継承するのか―ポスト体験時代の歴史実践. みずき書林, 2021, 503p.