E2704 – 郷土作家の作品を次世代に:『鈴木三重吉童話集』制作報告

カレントアウェアネス-E

No.481 2024.06.13

 

 E2704

郷土作家の作品を次世代に:『鈴木三重吉童話集』制作報告

広島市立中央図書館・川上裕司(かわかみゆうじ)

 

  2024年3月、広島市立中央図書館は、広島市立基町高等学校普通科創造表現コースの生徒12人が表紙や扉絵等をデザインした新たな『鈴木三重吉童話集』(以下「童話集」)を完成させた。本稿では、その制作の経緯や概要等について紹介する。

●経緯

  当館が所蔵する特別コレクションの一つに広島文学資料がある。広島にゆかりの深い21人の作家の初版本・雑誌・肉筆原稿等を収集・保存し、公開している。現在3万3,000点を超えるこのコレクションの中核をなすのが、児童雑誌『赤い鳥』を主宰、創刊した児童文学の先駆者である鈴木三重吉(以下「三重吉」)に関する資料を集めた「三重吉文庫」である。

  しかし、若い世代にとって三重吉の知名度は高いとはいえず、第68回学校読書調査の結果によると高校生の半数近くが不読者とされる昨今、どうすれば三重吉の作品を読み継いでもらえるのかという課題があった。

  その解決策を模索する上で、出版社が、人気漫画家のイラストを古典作品の表紙に起用することで、若い世代に作品を手に取ってもらえるよう工夫をしている事例に着目した。

  当館でも同じく若い世代に三重吉の作品を手に取ってもらうには、同世代である高校生が三重吉の作品に触れ、自らの感性で解釈し、表紙や扉絵等として表現することが最適であると考え、童話集を制作することとなった。

●概要

  本事業は2022年度から2年度にわたる事業であり、主に2022年度に原文の表記を現代仮名づかい、新字体に改める作業を行い、2023年度に表紙や扉絵等のデザインを行った。以下に各作業の概要を示す。

  • 現代的な表記への修正
      図書館職員が、三重吉が執筆した作品の中から、現代でも比較的親しみやすい童話13作を選出した。若い世代が少しでも読みやすくなるよう、『鈴木三重吉童話全集』(文泉堂書店、1975年)を底本として、旧仮名づかいを現代仮名づかいに、漢字は旧字体を新字体に改める作業を行った。
     
      一方で、原文の趣をできるだけ尊重するため、現代ではひらがなが一般的な表記である言葉も、原文通り漢字のままとし、全ての漢字(一部、漢数字を除く。)にふりがなを振った。
     
      また、底本の誤字・誤植の判断については、図書館職員間で確認を行い、修正を行った。
  • 表紙・扉絵等のデザイン
      本事業の趣旨に賛同した広島市立基町高等学校普通科創造表現コースの生徒12人(当時1年生)に、各作品の表紙や扉絵等のデザインを依頼し、高校生との協働による童話集の制作を開始した。
     
      童話集の制作においては、三重吉やその作品、三重吉が主宰した児童雑誌『赤い鳥』について理解を深める説明会を開催し、若い世代に響くデザインを模索するためのミーティングを重ねていった。
     
      説明会では、生徒たちは当館広島文学資料室の学芸員の説明に熱心に耳を傾け、児童雑誌『赤い鳥』の表紙に深い興味を示し、図書館から提供したデザインや装丁に関する資料も参考に、当時の時代背景を踏まえた上でデザインのイメージを膨らませていった。
     
      ミーティングでは、各生徒から表紙のデザイン案が提示され、図書館職員と活発に意見を交わした上で、童話集全体のデザインコンセプトを固めていった。各作品の扉絵の担当者が決定すると、生徒たちは担当作品を丹念に読み込み、それぞれの若々しい感性や発想を生かして、扉絵を作成した。
     
      童話集の完成後には、生徒たちから、童話集の制作に参加できたことの喜びや達成感の声を聞くことができた。

●今後の展望

  完成した童話集は、2024年4月から広島市立図書館の各館・室の蔵書に加えるとともに、広島市内の中学校・高等学校等にも配付した。あわせて、当館のウェブサイトである「鈴木三重吉と「赤い鳥」の世界」にも掲載した。

  さらに、童話集の完成を記念して、ミニ展示「『鈴木三重吉童話集』完成記念 春に読む三重吉」や「『鈴木三重吉童話集』装画展」を開催した。

  童話集の認知度は徐々に高まり、貸出も増加してきているところだが、更なる利用促進のため、今後も機を見て童話集に関連するイベント等を行っていきたい。

●終わりに

  本事業は、事前に説明会を行った上でミーティングを重ねていくという、生徒との対話とコミュニケーションを重視した取り組みだった。最初の説明会の時点では、ほとんどの生徒が三重吉の存在すら知らない状態だったが、制作を通じて、徐々に作品に愛着を持ち始めた。各作品を一枚の絵に落とし込んでいく高校生の様子を間近で見て、郷土の人や歴史、思いがけない本等との出合い、探究の場を図書館が提供することの重要性を再確認した。このような若者の感性によって完成した童話集は、おかげさまで多くの反響を得ることができ、新たな童話集を起点に郷土作家の作品を次世代につなげるという当初の目的は十分に達成できたと考えている。

  また、生徒たちにとっても、普段の授業や部活動で身に付けたスキルや能力を最大限に生かせる実践的な表現活動の場となった。さらに、完成した童話集やその制作に向けた活動そのものが地域社会で評価されたことで、自分たちが普段学んでいることが新たな文化につながることが実感できたことと思う。

Ref:
“『鈴木三重吉童話集』が完成しました”. 広島市立図書館. 2024-04-02.
https://www.library.city.hiroshima.jp/news/chuou/2024/04/4341.html
“WEB de 読もう”. 鈴木三重吉と「赤い鳥」の世界.
https://www.library.city.hiroshima.jp/akaitori/webdeyomu/index.html
“当館三重吉資料”. 鈴木三重吉と「赤い鳥」の世界.
https://www.library.city.hiroshima.jp/akaitori/toukan/index.html
“「学校読書調査」の結果”. 公益社団法人全国学校図書館協議会.
https://www.j-sla.or.jp/material/research/dokusyotyousa.html