E2671 – 安全で包摂的な図書館サービス運営の実践ガイド(英国)

カレントアウェアネス-E

No.474 2024.02.22

 

 E2671

安全で包摂的な図書館サービス運営の実践ガイド(英国)

筑波大学図書館情報メディア系・五十嵐智哉(いがらしともや)

 

  2023年9月、英国図書館情報専門家協会(CILIP)は“Managing Safe and Inclusive Public Library Services : A Practical Guide”を公開した。このガイドラインは、2008年に英国博物館・図書館・文書館国家評議会(MLA)が発行したガイドライン“Guidance on the Management of Controversial Material in Public Libraries”に代わるものとして位置付けられている。ガイドラインが作成された背景として、米国の図書館において検閲・禁書が増えてきていることが挙げられている(CA2029参照)。公共図書館は伝統的に、賛否両論あるような内容が書かれた資料があっても、それを隠したり利用制限したりするのではなく、あらゆる資料を提供することでその内容について利用者が考えられるようにする役割を担ってきた。ガイドラインはこの役割を改めて確認し、公共図書館員の日々の実務に反映させるための「主要原則」(Key principles)を示すことで、図書館員に明確な意思決定の枠組みを提供することを目的としている。

  ガイドラインでは、図書館サービスを提供するための最も基本的な原則として「怖がらず、備える」ことを挙げている。その上で、あらゆるサービスを行う際に常に考慮すべき事項として、以下の11の原則を挙げている。

原則1:リスク管理型のアプローチをとる
原則2:職員の安全を促進する
原則3:法律とその限界を理解する
原則4:専門家としての倫理と価値観に基づく行動をとる
原則5:自分の偏見を振り返る
原則6:利害関係者を巻き込む
原則7:適切な方針を策定する
原則8:適切な専門知識へのアクセスを維持する
原則9:根拠に基づく決定を行う(そして文書化する)
原則10:職員を教育する
原則11:経験を振り返り、経験から学ぶ

  これらの原則を概観する。法律で明確に規制されていない限り、あらゆる図書館サービスは制限されるべきではないという前提のもと(原則3)、管理職の職員は、現場の職員に図書館員の専門性や図書館サービスの価値についての知識を提供するとともに、教育を行う。このことは、職員が自信を持ってサービスを提供したり、判断が難しい状況で上司にそれを伝えたりするために必要となるものである(原則8、10)。現場の職員は安全を確保された上で、図書館の価値観や方針を踏まえて考え、図書の検閲、イベントや空間の提供の制限を避けるための行動をすることが求められる(原則2、4、5)。それでも起こりうる問題に備えるため、リスクとなる要因を予測し、それに対処するための方法を検討することが必要となる。ただし、自己検閲などの過剰なリスク管理は、むしろ知的自由の保障に代表される図書館の理念に反する可能性が高いことには注意する必要がある(原則1)。そして、方針を定め文書化し、それに基づいて実際の意思決定をすることが求められる(原則7、9)。また、方針の策定の際には自治体職員などの利害関係者と共に検討することもできる(原則6)。そして実際に方針に基づき問題に対処した後には、次に向けてより万全な備えを行うために、常に改善点を検討し続けることも必要になる(原則11)。

  またガイドラインでは、図書館サービスを提供する際の具体的な実践を例示している。例えばコレクション管理の場合、公共図書館は利用者のニーズに対して価値判断をせず、多様な情報や意見、アイデアへの自由なアクセスを提供することが最も重要となる。そのため、時には過激とされるような主張が書かれた資料や時代遅れとされるような資料を提供することもある。それらの資料の扱いや、知的自由の保障という図書館の理念と資料を提供することによる地域社会への影響について、場合によっては地域の人々と共に協議し、決定しておくことが求められる。そしてその決定は文書化する必要がある。ガイドラインでは他にも、インターネットへのアクセスやイベントの開催、空間の提供についての実践も示している。

  ガイドラインでは、公共図書館での検閲・禁書が増えていることの背景として、社会分断が指摘されている。このことは多くの国で見られ、社会課題となってきているものである。日本においても、図書館に対する外部からの要請や圧力が議論されることがある(E1472参照)。社会分断が深刻化する現代、図書館の関係者は伝統的に図書館の中核となってきた知的自由や表現の自由を守ることの重要性を改めて認識する必要がある。このガイドラインは、図書館サービスの実践のガイドとなるだけではなく、そのためにも有用なものとなる。

Ref:
“New Guidance for public Librarians: Managing safe and inclusive Services”. CILIP. 2023-09-20.
https://www.cilip.org.uk/news/651518/New-Guidance-for-public-Librarians-Managing-safe-and-inclusive-Services.htm
Managing safe and inclusive public library services : A practical guide. CILIP, 2023, 51p.
https://cdn.ymaws.com/www.cilip.org.uk/resource/resmgr/cilip/safe-and-inclusive/managing_safe_and_inclusive_.pdf
Managing safe and inclusive public library services: A practical guide: Executive summary. CILIP, 2023, 10p.
https://cdn.ymaws.com/www.cilip.org.uk/resource/resmgr/cilip/safe-and-inclusive/executive_summary_final.pdf
“文部科学省からの拉致問題に関する図書充実の協力等の要請について-公益社団法人日本図書館協会の意見表明-及び(図書館関係者各位)文部科学省からの拉致問題に関する図書充実の協力等の要請について”. 日本図書館協会. 2022-10-12.
https://www.jla.or.jp/demand/tabid/78/Default.aspx?itemid=6548
関西館図書館協力課調査情報係. 「はだしのゲン」閲覧制限に関する図書館関係団体等の動き. カレントアウェアネス-E. 2013, (244), E1472.
https://current.ndl.go.jp/e1472
小南理恵. 米国の図書館における検閲に関する動向. カレントアウェアネス. 2022, (354), CA2029. p. 2-5.
https://doi.org/10.11501/12394666