E2638 – データ駆動型人文学の推進に向けたラウンドテーブル<報告>

カレントアウェアネス-E

No.466 2023.10.19

 

 E2638

データ駆動型人文学の推進に向けたラウンドテーブル<報告>

国文学研究資料館・小島歩(こじまあゆみ)

 

  2023年9月20日、日本デジタル・ヒューマニティーズ学会第12回年次大会(JADH2023)ワークショップ1「研究者とライブラリアンとの対話:データ駆動型人文学の推進に向けたラウンドテーブル」が、国文学研究資料館主催でオンライン開催された。本稿ではその概要を報告する。

  当館の菊池信彦から、ワークショップ(WS)について趣旨説明があった。当館の「データ駆動による課題解決型人文学の創成プロジェクト」(データ駆動型人文学)は、「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」(歴史的典籍NW事業)の後継計画として、2024年の事業化を目指して準備を進めている。人文学に限らない様々なデータの蓄積とその利活用によって、学際融合的で、課題解決型の人文学の創成を目指すものである。その推進には、データに基づく研究活動やそれを支える環境の整備だけでなく、データを流通させている図書館との連携が不可欠であり、デジタルヒューマニティーズ(DH)のこれからのためにも、WSを研究者と図書館等職員との間で考え方を共有する場としたいとした。

  永井正勝氏(人間文化研究機構人間文化研究創発センター、国立民族学博物館)から「DH研究者からライブラリアンへの期待と問題提起」と題して発表があった。「国立大学図書館協会ビジョン2025」では、知の共有(蔵書を超えた「知識や情報」の共有)、知の創出(新たな知を紡ぐ「場」の提供)、知の媒介(知の交流を促す「人材」の構築)の3点を重点領域としている。学習・教育の場だけでなく、研究の場を研究者と大学図書館とでどのように作っていくかが鍵になる。大学図書館は研究者の支援者ではなく併走者であって欲しいという期待を述べた。2023年1月に文部科学省が発表した「オープンサイエンス時代における大学図書館の在り方について(審議のまとめ)」では、研究者には新たな研究システム構築への対応が、大学図書館には研究のライフサイクルを理解し研究の促進に資することが求められている。大学図書館に専門人材を置く必要性や、研究データ管理について研究者から大学図書館への期待は大きいこと、大学図書館での情報検索にも再構築が求められること等を指摘し、デジタルアーカイブの構築等も含む、大学図書館のデジタルトランスフォーメーション(DX)化への対応は、新たな専門人材配置の機会になると述べた。

  渡邊由紀子氏(九州大学)から「ライブラリアンからのリプライ」と題して発表があった。九州大学での実践例として、資料電子化等を担当する専門職員の配置や、デジタルアーカイブ「九大コレクション」の仕組み、外部サービスとの連携、故・中村哲氏の支援団体であるNGOペシャワール会と協定を結んでの「中村哲先生の志を次世代に継承する九大プロジェクト」(E2408参照)等の他機関との連携、教員と連携したアノテーションを含む資料の電子化、人材育成を目的に図書館職員が講師として大学院教育・研究に直接関与している事例等が紹介された。デジタルアーカイブを基盤としたDHの世界で、研究者とライブラリアンとが一緒にできることを増やしていくことが重要であると述べた。

  当館の堀野和子から「DHとライブラリアンとの関係に関する英国の状況」と題して発表があった。英国におけるライブラリアンの役割について、英国芸術・人文科学研究会議(AHRC)と英国研究図書館コンソーシアム(RLUK)との共同調査から、研究者とライブラリアンとの研究参加への意識の違いや、それぞれにとってのメリット、課題を分析した。次に、堀野と菊池が共同で行った英国におけるText Encoding Initiative(TEI)を中心とするDHとライブラリアンの関わりについての調査報告があった。調査対象としたケンブリッジ大学、キングスカレッジロンドン、英国図書館(BL)、オックスフォード大学の取組について紹介があった。これらの分析と調査からは、英国では日本よりライブラリアンのDH参加が進んではいるが、今後どのように関与していくべきか模索している様子もうかがえるとし、参考になる点が多く、英国の事例を知ることは日本のライブラリアンがDH参加について考えるきっかけになると感じた、とまとめた。

  当館の木越俊介が司会を務め、登壇者と参加者を交えたフリーディスカッションが行われた。DHを推進する上で求められることは具体的に何なのか、専門性の育成と人事異動、人的リソースの問題、上司や同僚、研究者からの理解等といった話題について、研究者とライブラリアンと双方の立場から、活発な議論が交わされた。参加者からは、各大学での実践事例が数多く紹介された。

  最後に各登壇者がWS全体について、熱意をもって上司や研究者に意欲をアピールしていく必要があると認識した、研究者とライブラリアンが連携し出来ることを増やしていくことが重要である、WSをDH推進に向けての継続的な議論の礎とし、コミュニティの形成が出来ると望ましいといった感想を述べた。木越から閉会挨拶があり、WSは終了した。

  WSだけの議論にとどまらず、今後さらにライブラリアンと研究者との交流や協働が進み、DHが発展することを期待したい。

Ref:
“Workshops”. JADH2023.
https://jadh2023.nijl.ac.jp/workshops#h.idcnr98tbo5x
“データ駆動による課題解決型人文学の創成プロジェクト”. 国文学研究資料館.
https://lab.nijl.ac.jp/humanitiesthroughddps/
“国立大学図書館協会ビジョン2025”. 国立大学図書館協会.
https://www.janul.jp/ja/organization/vision2025
“オープンサイエンス時代における大学図書館の在り方について(審議のまとめ)”. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu29/004/mext_00001.html