カレントアウェアネス-E
No.463 2023.09.07
E2626
生成AIが図書館の情報サービスに与える影響<文献紹介>
駿河台大学メディア情報学部・青野正太(あおのしょうた)
Chen, Xiaotian. ChatGPT and Its Possible Impact on Library Reference Services. Internet Reference Services Quarterly. 2023, 27(2), p. 121-129.
https://doi.org/10.1080/10875301.2023.2181262
生成AIの一種であるChatGPTと図書館の情報サービスの関係について言及した論文が、Internet Reference Services Quarterly誌の27巻2号に掲載された。本稿では、論文の内容を紹介しつつ、日本の図書館界における生成AIの議論の現状について述べる。
●もしChatGPTがGoogleやWeb 2.0と同様に変革をもたらすなら
上記の見出しのもと、著者はGoogleとソーシャルメディアを始めとするWeb 2.0の二つの情報技術が図書館や情報流通にどのような影響を与えたかを文献を通して振り返っている。Googleの登場以降、利用者は図書館のディスカバリーサービスやデータベースよりもGoogle Scholarによって文献を探す状況となったことや、ソーシャルメディアが誤った情報を流通させうることを図書館界が深刻に受け止めなかったと指摘している。その上でChatGPTが変革をもたらすものならば、これらの「過去の教訓」から学べることがあると述べている。
たとえば、ChatGPTや大規模言語モデルは、GoogleやWeb 2.0が台頭してきた頃と同様に、誤った情報を広める可能性が指摘されている。ChatGPTの回答は学習データに依存するものであり、“Garbage in, Garbage out”、つまり誤ったデータを学習させると誤った回答が出力される可能性があるためである。
●ChatGPTからの回答
著者は無料版のChatGPTを用いて、大学図書館の開館時間や、法情報データベースに関する質問をおこない、従来のチャットボットとの回答を比較した。その結果、ChatGPTでは法情報の調査に有用なデータベース名などが回答されたことを指摘している。調査時点のChatGPTはまだ公開されてから日が浅く「乳幼児の年齢」であり、今後一層複雑な問い合わせに対応できる可能性を秘めているとしている。
さらに、実際に論文をChatGPTに書かせる質問をしたところ、研究に必要な要素を盛り込むように質問内容を工夫しても、やはり回答は十分でなかったと著者は指摘している。序論、先行研究、研究方法、分析、結論と節が分かれているものの、先行研究では特定の論文に言及がなく、研究方法も詳述していなかったとしている。論文の作成において、将来的にはChatGPTは文献レビューのスキルを大幅に向上させることができるかもしれないが、研究方法や分析は独創的・創造的なものであることから、AIが人間に太刀打ちできない領域だろうと述べている。
●結論
文献レビューや調査を踏まえ、著者は従来のチャットボットと比べてChatGPTは遥かに強力で知識も豊富であり、レファレンスサービスにおいて有用であるとしている。GoogleやWeb 2.0から得た「過去の教訓」から、図書館サービスを発展させる可能性を過小評価しないようにするとともに、剽窃や学習データに依存するといった潜在的な弱点や課題についても警戒を怠らないことが必要である、と述べている。
●文献紹介を踏まえて
北米においてChatGPTが出力した存在しない判例を弁護士が引用したという事件が大きなニュースとなるなど、生成AIは既に私達の情報行動に大きな影響を与えている。こうした中、文部科学省が初等中等教育・高等教育における生成AIの利用についてガイドラインを公表するなど、国において対応方法の検討が進められている。
図書館情報学の分野においても、三田図書館・情報学会で「生成AIと研究・教育へのインパクト」をテーマとした月例会(研究会)が行われるなど、活発な議論が交わされているが、どちらかというと学術情報や教育に関する議論が中心であるように思われる。
日本の図書館界においては、山中湖情報創造館(山梨県)がレファレンスサービスにおいてChatGPTの有料版(GPT-4)の活用を発表していることを除けば、向き合い方が決まっているとはいえない状況にある。しかし日本国内でもChatGPTが出力した、存在しない(と思われる)図書の問い合わせが図書館に来ているという情報がインターネット上で見られるなど、既に図書館の情報サービスは生成AIの影響を受け始めている。今後の動向に注目しつつ、長所・短所を見極めて活用していくことが求められる。また、GoogleやWeb 2.0の台頭の際にそうであったように、情報が容易に入手できるようになっていく中で、情報専門職たる図書館員はどのように社会に貢献できるかを議論することが重要になると考える。
Ref:
“ChatGPT”. Open AI.
https://chat.openai.com/
GPTZero.
https://gptzero.me/
“ChatGPTで資料作成,実在しない判例引用 米国の弁護士”. 日本経済新聞社. 2023-05-31.
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN30E450Q3A530C2000000/
大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて(周知). 文部科学省高等教育局 専門教育課 大学教育・入試課, 2023, 4p.
https://www.mext.go.jp/content/20230714-mxt_senmon01-000030762_1.pdf
初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン. 文部科学省初等中等教育局, 2023, 24p.
https://www.mext.go.jp/content/20230710-mxt_shuukyo02-000030823_003.pdf
“月例会”. 三田図書館・情報学会.
http://www.mslis.jp/monthly.html
“山中湖情報創造館が図書館サービスにAI(ChatGPT+)を導入。レファレンスツールとしての活用方法について研究と実践をスタート。”. 山中湖情報創造館. 2023-06-14.
https://lib-yamanakako.org/chatgpt-2165/