カレントアウェアネス-E
No.459 2023.06.29
E2610
日本図書館研究会第64回研究大会シンポジウム<報告>
奈良大学文学部・竹田芳則(たけだよしのり)
2023年3月4日と5日に、同志社大学今出川キャンパス(京都市)において、日本図書館研究会第64回研究大会が開催された。2019年2月の第60回研究大会以来、4年ぶりの対面開催である。本稿では、5日に開催された「シンポジウム『図書館学の五法則』の実践(ランガナタン没後50年)」の概要を紹介する。
まず、コーディネーターの今野創祐氏(京都大学)から、シンポジウムの趣旨説明が行われた。2022年は、『図書館学の五法則』(以下「五法則」)で著名なインドの図書館学者ランガナタン(1892-1972)の生誕130周年・没後50年の年であった。「五法則」とは、図書館業務における規範や原理を端的に示したものであり、刊行から90年を経て、今なお指針や判断の土台として、図書館現場で生き続けている。趣旨説明では、シンポジウムは、第一法則から第五法則のそれぞれに関連する実務者や研究者が登壇し、実践や研究から得られた知見の報告、所見の表明や提言を行うことで、この混沌とした現代社会で図書館を支える現場の人々の心の中に日々の業務の拠り所が生まれることを企図するものであることが述べられた。
吉植庄栄氏(盛岡大学文学部准教授)から、「ランガナタン『図書館学の五法則』再考:本の利用が当たり前になったこの時代に」と題し、シンポジウム全体の基調となる報告として、「五法則」が生まれた経緯、その内容および構造、第一法則から第五法則までの各法則の内容が個別に概説された(E1611参照)。特に第一法則「本は利用するためのものである」について、当時は「図書は保存するもの」としてまだ疑う者が多かったが、現代においては書架は開架式が主流となるなど、誰にとっても無意識の前提となった。しかしながら新型コロナウイルス感染症のまん延下、多くの図書館は休館や利用制限を余儀なくされ、この無意識の前提は簡単に無力化された。今こそランガナタンの主張を常に念頭に置き、日々の仕事の心の拠り所にするべきではないかとの考えが示された。
佐藤翔氏(同志社大学免許資格課程センター准教授)から、「Every person/Every bookに図書館は寄与できているのか:利用研究から見る第二・第三法則の現状」と題し、第二法則、第三法則の現代日本における状況について、さまざまなデータや著者自身の利用研究などと照らし合わせつつ検討した報告がなされた。具体的には、第二法則「いずれの人にもすべて、その人の本を」に関し、「いずれの人」に例外はなく、男性だけでなく女性にも、都会人だけでなく地方人にも、成人だけでなく児童にも図書館サービスを提供するために、ランガナタンが乗り越えるべきとした性別や居住地、年齢などによる障壁は、現代日本においては逆転した状況にあり、図書館を利用しているのは女性が多く、図書館利用から疎外されている可能性を地方以上に都市に見出す必要があるとされた。また、第三法則「いずれの本にもすべて、その読者を」については、書架排列に関してはランガナタンの主張通り、ほとんどの公共図書館は主題(NDC)順を採用しているが、それとは別に各書架に固有の書架番号が割り振られることがある。利用者が書架番号と分類番号を混同するのを避けるために、サインや排架位置の見直し、特に書架番号については、廃止も含め検討の必要性があるとの考えが示された。
松野南紗恵氏(明治大学大学院文学研究科博士後期課程)が「第四法則 利用者の時間を節約せよ:ヴァーチャルレファレンスサービスのこれからを考える」と題する報告を行った。インターネットを利用して提供するレファレンスサービスを「ヴァーチャルレファレンスサービス」(VRS)とし、ランガナタンの第四法則「利用者の時間を節約せよ」から、特に大学図書館におけるVRSの現状と在り方について検討するものである(CA1895参照)。第四法則の視点でVRSを見ていくと、「利用者にとって分かりやすい」ということが何よりの助けとなるとした上で、インターネットの普及で増え続ける情報の中から必要なものを取捨選択することに時間を奪われるという現状において、少しでも利用者の時間を節約するためには、VRSそのものに辿り着くまでの道のりは最短であるべきと述べた。質問受付までの利用者の時間を節約するためには、(1)ウェブサイト内においてVRSは利用者の見つけやすい場所に配置し、(2)利用者が安心して自分の要求を伝えられるよう分かりやすい案内文を添え、(3)利用者の予備知識も把握できるような入力フォームの設計を行うことが重要であるとした。
平賀研也氏(日本大学芸術学部非常勤講師、前県立長野図書館長)が、「有機的であること:Growing organism-Organic Organization-Network communication」と題し、第五法則「図書館は成長する有機体である」の「有機体-organism」の意味や、事業体としての図書館について、経営やマネジメントの側面から論じた。そして今、図書館は社会のパラダイムシフトにあわせて進化を求められており、今の社会環境とランガナタン以降の図書館の実践の中から、新たなパラダイムに方向性を与える視点を加える必要があると述べた。その上で、これからの図書館を考えるための視点は、図書館の構成要素たる情報・空間・人それぞれの拡張であり、図書館を「図書」と「館」から自由に(オフラインからオンライン、館内から館外へ)、また「官」としての図書館から「私」と「市場」を含む公共圏への事業主体の転換が必要であるとした。このことは28年ぶりに改訂された「ユネスコ公共図書館宣言2022」(IFLA-UNESCO Public Library Manifesto 2022)で新たに追加された視点とも重なるとした。
その後、それまでの報告者が登壇し、討議が行われた。書架サイン、VRSにおけるChatGPTの可能性、学校図書館のミッションステートメント、機関リポジトリや電子書籍の活用など、多岐にわたる意見交換が行われた。参加者との質疑応答も行われ、あらためて五法則が、現代の図書館の課題を考える上でますます重要な意味を持つことが確認されることとなった。
最後に、同研究会研究委員長である日置将之氏(大阪府立中之島図書館)の挨拶がありシンポジウムは閉会した。
なお、シンポジウムの詳細な記録は後日『図書館界』75巻2号(2023年7月号)に掲載予定であり、是非参照されたい。
Ref:
“日本図書館研究会第64回研究大会(ご案内)”. 日本図書館研究会.
https://www.nal-lib.jp/64taikai/
平賀研也. 環境変化に開かれた経営「意思」の形成へ. LRG = ライブラリー・リソース・ガイド. 2022, (41), アカデミック・リソース・ガイド, p. 18-27.
吉植庄栄.「総合的な学習の時間」と図書館活用: S.R.ランガナタンの科学的方法の螺旋に基づく探究学習. 教育思想. 2022, (49), p. 61-86.
http://hdl.handle.net/10097/00134981
IFLA-UNESCO Public Library Manifesto 2022. IFLA. 2022, 4p.
https://repository.ifla.org/bitstream/123456789/2006/1/IFLA-UNESCO%20Public%20Library%20Manifesto%202022.pdf
ユネスコ公共図書館宣言2022. 長倉美恵子, 永田治樹, 日本図書館協会国際交流事業委員会訳. 図書館雑誌. 2023, (1195), p. 347-349.
吉植庄栄. 時代は変わり順序も変わる:『図書館学の五法則』再解釈の試み. カレントアウェアネス-E. 2014, (267), E1611.
https://current.ndl.go.jp/e1611
近藤友子.図書館研究会第63回研究大会シンポジウム<報告>. カレントアウェアネス-E. 2022, (434), E2490.
https://current.ndl.go.jp/e2490
渡辺由利子. デジタルレファレンスサービスの変化. カレントアウェアネス. 2017, (331), CA1895, p. 18-21.
http://doi.org/10.11501/10317596