E2545 – 米国都市部の図書館員のトラウマに関する研究報告書

カレントアウェアネス-E

No.445 2022.10.13

 

 E2545

米国都市部の図書館員のトラウマに関する研究報告書

利用者サービス部サービス運営課・石川光太(いしかわこうた)

 

●はじめに

  2022年6月,米国都市部の図書館員などからなるUrban Librarians Unite(ULU)は,都市部の公共図書館におけるトラウマ(心的外傷)に関する2年にわたる研究の最終報告書“Urban Library Trauma Study Final Report”を公開した。本稿ではこの報告書の概要を述べる。

●研究手法

  まず文献調査,アンケート調査が行われ,その結果をもとに図書館員等によるオンラインでのグループワークが行われ,トラウマの問題の現状や解決のために必要なことが議論された。その後,3日間のフォーラムにおいて解決策が議論され,いくつかのポスターにまとめられた。最後にフォーラムで得られたアイデアを参考に4つの提言がまとめられた。

●現状についての文献調査

  開かれた公共空間である図書館には,ホームレス(CA1809参照),差別,暴力,薬物乱用(E2270参照)といった社会問題が現れる。そのため図書館員が暴力を目撃したり経験したりすることは普通のことになりつつある。また,米国では図書館員はソーシャルワーカーの役割も果たしており(CA2023参照),ソーシャルワーカーによくみられる二次的外傷性ストレス(secondary traumatic stress, トラウマを持った相談者に接することで感じるストレス)を感じ,燃え尽き症候群(burnout)に陥ることもある。しかし,ソーシャルワーカーほどには支援体制が整っていないのが実態である。

●現状についてのアンケート調査

  都市部の図書館員に対するアンケート調査が行われた。568件の回答があり,そのうち都市部の公共図書館員による回答435件が分析された。その結果,回答者の68.5%は利用者の暴力的・攻撃的行動を経験しており,22%は同僚からの暴力的・攻撃的行動を経験していた。そして,そういったトラウマになる出来事の多くは,直接的には人種差別等の文化的な問題が原因であるにもかかわらず,多くの回答者が,図書館の組織としての対応もトラウマの一因となっていると回答した。

  特に,現場の同僚は助けてくれるが上層の管理者たちは助けてくれないという意見がみられた。例えば,管理者が理不尽な利用者の味方をして現場の職員を叱る,銃や刃物を持った利用者に当然のように現場職員に対応させ警察を呼ばせないという事例が報告された。

  他に,薬物中毒者に対する処置の仕方を自身で訓練していたにも関わらず処置が必要な際に適切な処置をさせてもらえない場合や,荷物が多すぎる,敷地内で寝る,精神障害に起因する騒ぎを起こすといった利用者自身ではどうしようもないことを理由に追い出さなければいけないといった場合に感じる無力感もストレスの一因となっているようである。

●オンラインでのグループワーク

  次に示す問題点等が挙げられた。

  • 社会保障の削減に伴い図書館員が果たす役割が大きくなっているにもかかわらず,図書館員の持つ権限は小さなものにとどまっており,また,利用者からのハラスメントへの対応に関する広く受け入れられたマニュアルや基準がないため,対応が難しくなっている。
  • 現場職員と管理者の間に信頼関係がなく,ストレスがかかる出来事の後に十分なコミュニケーションがない。
  • 図書館員は,日常的にトラウマになるような出来事を経験することが仕事の一部であると捉えており,また組織的な支援が得られず孤独であると感じている。

●フォーラム

  フォーラムでは,上記のような問題を解決するための方策が図書館員等によって議論された。議論の結果,図書館以外のサービスへ誘導するためのデータベースを作る,管理者もシフト制で現場に出る,管理者と現場の職員でペアを作って定期的にミーティングを行う,職員のトラウマへの支援を行う図書館を認定する,図書館員の支援ネットワークを作る,図書館の計画やビジョンを職員のトラウマに配慮したものに作り替える,といったアイデアがポスターにまとめられた。

●4つの提言

  フォーラムで得られたアイデアを参考に,報告書では最終的に以下に示す4つの提言をまとめている。

  • 図書館員のトラウマに精通したケースワーカー等による図書館員支援のための電話相談窓口を作ることで,メンタルヘルスの危機や燃え尽き症候群に陥った図書館員がすぐに支援を得られるようにする。
  • 図書館員主導の組織が共同で図書館における健全な職場環境の基準(職員の安全,トラウマ支援,組織内のコミュニケーションに関する基準)を作ることで,トラウマへの対策とする。
  • トラウマに配慮した組織運営を取り入れるためのマニュアルを作成し,組織の規範を改革しやすくする。
  • 図書館員による図書館員のための支援グループを作り,経験を共有することで孤独感や負荷を軽減する。

  いずれの提言も,実現のためには資金的または人員的な補助が必要であると述べられている。

●おわりに

  職員のストレスという面で,米国の公共図書館はかなり厳しい環境に置かれていると言える。抱えている問題は日本の図書館とも共通する部分があるため,図書館員のトラウマを軽減するために望ましい支援や組織の在り方とは何かを考える上で,本報告書には参考になる部分が多いと考えられる。

Ref:
“Urban Library Trauma Study Final Report”. ULU. 2022-06-21.
https://urbanlibrariansunite.org/2022/06/21/ults-final-report/
ULU. Urban Library Trauma Study Final Report. 2022, 58p.
https://urbanlibrariansunite.org/pdf-report
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https://apnews.com/article/c9d6cb8b60524af6a76d61a9368278da
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https://current.ndl.go.jp/e2270
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https://doi.org/10.11501/8394583
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