カレントアウェアネス-E
No.393 2020.06.25
E2270
米国のオピオイド危機と公共図書館の対応に関する研究報告書
東京都立多摩図書館・青野正太(あおのしょうた)
2020年2月26日,OCLCと米国図書館協会(ALA)の公共図書館協会(PLA)は,米国のオピオイド危機と公共図書館の対応に関する共同研究報告書“Call to Action: Public Libraries and the Opioid Crisis”を公開した。
米国ではモルヒネなどのオピオイド系鎮痛薬の不適切使用が問題視されており,オピオイド危機(opioid crisis)はその状況を示す言葉である。2016年には,オピオイドの不適切使用により 6万4,000人近くが死亡している。トランプ米大統領は2017年に緊急事態を宣言し,“Ending America’ s Opioid Crisis”と銘打ち対策を講じている。こうした状況に,どう対処すべきかについて,十分なノウハウを持たない図書館は多い。
本報告書は,8つの公共図書館を対象とした事例研究や,図書館長と現場の図書館員,並びに医療関係者等とのディスカッションを経て作成されたものである。オピオイド危機への公共図書館の対応方法を5つのアクションに分けてまとめている。参考になる情報源や,具体的な取組事例も記されている。
●アクション1:地域社会のデータを調査する
地域社会に影響を与える医療・健康上の課題を理解することは,地域のニーズをリーダー等の利害関係者に伝え,サービスを計画したり,役立つ情報資源を収集したりするうえで不可欠である。
ロバート・ウッド・ジョンソン財団と米・ウィスコンシン大学公衆衛生研究所が運営するウェブサイトCounty Health Rankings & Roadmapsは米国疾病予防管理センター(CDC),米国労働統計局(BLS)などからデータを収集し,健康問題について,各地域・全米の情報を掲載している。貧困率などの社会・経済面のデータから,HIV感染率,薬物過剰摂取による死亡などの特定の医療問題に至るまで,幅広い情報を得ることができる。
地元政府や州政府の保健関係部局の職員と情報交換することも有効である。彼らはオピオイド危機に取り組むにあたって最も基本的な図書館のパートナーである。彼らとの交流は地域の医療・健康についての理解を深めること等につながる。
●アクション2:地域の人的資源を考慮し,パートナーとつながる
薬物乱用の防止に取り組む非営利団体等とパートナーになることで,共通の課題に対しての強み等を高められる。該当分野の専門家や,地域の図書館非利用者とつながることもできる。
カナダ・バンクーバー公共図書館が地域主導型の図書館サービスを開発するために策定したCommunity-Led Libraries Toolkitは,パートナーを見つけるのに役立つ。また,地域の団体や専門家と話をするのも初手として有効である。地域に連携体制が既にある場合は,図書館が関与できる部分を見つけるとよい。
図書館は,地域から信頼された施設であること,課題解決に役立つ情報資源があるといった点で,パートナーに連携のメリットを提供できる。一方,パートナーとつながることで,図書館員や住民に教育を行える専門家,薬剤不活性化作用のある袋で,薬の乱用防止に役立つデテラバッグ(Deterra bags)等のモノ,図書館でのサービス提供のためのアドボカシーといったメリットが図書館にもたらされる。
●アクション3:課題に関する図書館員・住民の理解と知識を深める
図書館員や地域住民への学習・教育機会の提供は,オピオイド危機に対処するための理解と自信につながる。健康・福祉関係機関の連携促進に取り組むイニシアチブである全米相互運用協力(NIC)が発行したOpioid Use Disorder Prevention Playbookには,オピオイドに関する偏見を取り除くことが重要とある。警察官や医療従事者等の専門家からの差別や偏見を減らすことができれば,社会におけるオピオイド危機の状況改善につながるだろう。
図書館員は,医療・健康に関する幅広い情報資源を個人に提供する専門家である。情報資源には社会復帰や治療方法,薬物使用障害について理解できるものが含まれる。これらの提供を通じて差別・偏見をなくしていくことで,図書館は地域の課題解決の一端を担うことができる。
●アクション4:図書館員へのケアに着目する
オピオイド危機をはじめとする医療・健康に関する課題への対応は,図書館員の共感疲労につながる可能性がある。共感疲労とは,米国ストレス研究所(AIS)によれば「トラウマの影響に苦しむ人々とともに働くことで生じる感情的なわだかまりや緊張」である。
こうした事態に備えて,図書館員や利用者を支援するための計画を立てる必要がある。例えば,オピオイドの過剰摂取を目撃した図書館員や市民に対して,カウンセラーと話す機会を設けることなどが考えられる。地元政府の保健部局に相談することで,ソーシャルワーカー等の専門家との橋渡しができるかもしれない。
●アクション5:地域社会への参画やプログラムの取捨選択を提案する
プログラムの実施は,図書館員や利用者のオピオイド危機の認識を高め,顕在化するニーズに対応する自信につながる。図書館では,ウェブサイトでの情報資源の紹介,館内でのパンフレットやデテラバッグの配布,フォーラムの開催などができる。またピアサポートによるサービス等も,パートナーとの連携により可能となる。
あわせて,実施したプログラムを評価することも必要である。センシティブな事柄であることから,参加者からアンケートのようなデータを入手するのは難しい。統計の入手が難しい場合は,講演者,パートナーなどから事例を収集するとよい。事例は,利害関係者と成果を共有するのにも役立つ。また,プログラムの実施や図書館員の配置に限界がある場合も考えられることから,事業の継続性も考慮する必要がある。
最後に「結論」として,図書館の強みを生かして課題に取り組む方法を考えなさい,そして図書館の取組で埋めきれないギャップを埋められるパートナーの支援を求めなさい,と述べている。地域住民と信頼できる情報・サービスとを結びつけるというミッションにぴったり合致した部分で成果を出すことにこそ公共図書館の役割があるとし,パートナーと力を合わせることで,地域社会のためにポジティブな変化・成果を生むことができると結んでいる。
本報告書の内容は,新型コロナウイルス感染症の被害に苦しむ日本においても,公共図書館が地域住民の医療・健康上の課題にどのように対応し,地域社会に貢献していくかを検討する参考になるだろう。
Ref:
OCLC Research. “OCLC, PLA report offers strategies for public libraries to respond to the opioid crisis”. OCLC. 2020-02-26.
https://www.oclc.org/research/news/2020/oclc-pla-report-public-library-strategies-for-opioid-crisis.html
“OCLC, PLA report offers strategies for public libraries to respond to the opioid crisis”. ALA. 2020-02-26.
http://www.ala.org/news/press-releases/2020/02/oclc-pla-report-offers-strategies-public-libraries-respond-opioid-crisis
Allen, Scott G., Larra Clark, Michele Coleman, Lynn Silipigni Connaway, Chris Cyr, Kendra Morgan, Mercy Procaccini. Call to Action: Public Libraries and the Opioid Crisis. OCLC.
https://doi.org/10.25333/w8sg-8440.
“Ending America’s Opioid Crisis”. The White House.
https://www.whitehouse.gov/opioids/
County Health Rankings & Roadmaps. The Robert Wood Johnson Foundation, University of Wisconsin’s Population Health Institute.
https://www.countyhealthrankings.org/
“Working Together: Community-Led Libraries Toolkit”. Vancouver Public Library.
https://www.vpl.ca/working-together-community-led-libraries-toolkit
Deterra Drug Disposal System. Verde Technologies.
https://deterrasystem.com/
“The Opioid Playbook”. National Interoperability Collaborative.
https://nic-us.org/the-opioid-playbook/