E2613 – 公衆衛生上の危機管理に関するガイドブック(米国)

カレントアウェアネス-E

No.460 2023.07.13

 

 E2613

公衆衛生上の危機管理に関するガイドブック(米国)

国際子ども図書館資料情報課・三池洋江(みいけひろえ)

 

  2022年9月、REopening Archives, Libraries, and Museums Project(以下「REALMプロジェクト」)が、公衆衛生危機管理に関するガイドブック“Public Health Crisis Management Playbook”を公開した。REALMプロジェクトは、OCLC、博物館・図書館サービス機構(IMLS)、およびバテル記念研究所が共同し、文書館・図書館・博物館に向けて科学的根拠に基づいた新型コロナウイルスの情報を提供する研究プロジェクトであり、2020年5月以降、3つのフェーズを設定し研究を行ってきた。ガイドブックは、文化財所蔵館に役立つ、感染症拡大等のような公衆衛生の危機に関する対応計画・対処・復旧の手順や資料等を紹介している。本文は全4章で構成され、巻末には参考となる情報源がまとめられている。以下、本稿では各章について概説する。

●危機下のリーダーシップとコミュニケーション

  公衆衛生上の危機に見舞われた際、各機関のリーダーは職員や来館者の速やかな安全確保に目を向けなければならない。危機時にリーダーシップをとる者がすべきことは、明確で信頼に足りるコミュニケーションと健全で協力的な職場づくりである。

  危機への備えとして、事前の危機管理チームの結成が求められる。様々な部署から選出された代表者が、部門や役職を超えたコミュニケーションを通して、役割分担、定期ミーティングの開催、想定シナリオについての議論、意思決定や行動手順の方針作成を行う。また、平常時から配慮が伝わるメッセージや透明性の高い情報を発信している組織は、危機下においても職員やコミュニティとの信頼を維持・構築できる可能性が高い。このことを念頭に置いて危機管理コミュニケーション計画を策定することが望まれる。外部とのコミュニケーションでは、地域保健所等との連携や、連携するパートナーに関するリスト作成や更新を要する。広報としては、情報伝達で扱う媒体の選択、最新のメディア情報をチェックする仕組みの構築、関連情報の定期的な更新等を行う。

  職員に対しては、多様性・公平性・包摂性を重視した職場環境づくりに加え、安全の確保や発症時の自宅待機、リモートワークの許可、職場復帰の手続き、トラウマケア、職員同士の対立緩和といった多角的観点での配慮や支援が望まれる。

●施設と運用

  公衆衛生上の危機時には、物理的な空間も影響を受ける。そのため、物理的空間に起因する課題への対処や、施設管理・業務運営の方法についての検討を要する。あらかじめ事業継続計画を策定し、リモートワークのためのITサポート、職員のメンタルヘルスのサポートといった業務ニーズを把握しておく。また、コレクション管理については、モニタリングやメンテナンス等も考慮に入れるべきである。専任の設備担当者がいない場合には、職員は建物の機械システムについて理解しておく必要がある。

  都度変化する公衆衛生基準に合わせ、既存のスペースやワークフローの見直しも求められる。フレキシブルなスペースの創造に当たっての検討事項には、ボトルネックの洗い出し、接触を減らす動線のコントロール、可変性のある間取りの選別等を含む。ワークフローの検討に当たっては、リモートワークへの対応、対面業務時の役割分担、シフトの重複を避ける等の工夫を凝らした対応が望まれる。

●意思決定とリスク管理

  危機の渦中では、不完全な情報に囲まれながら意思決定を下す場面が出てくる。その時点で入手可能であった情報に基づいて、最善の行動を選択・実行することが求められる危機対応においては、組織が受ける影響への適切な認識、危機対応の目的や優先順位の明確化が重要となる。

  加えて、リスク評価も推奨される。予測される危険を認識し、損害を被る有形・無形の資産を調査し、その影響のランク付けを行うことで、対策に優先順位を付けられる。リスクの明確化によって、様々な危機的状況を想定したシナリオ立案が可能となり、対応の準備を進めることができる。

●他機関とのネットワーク

  文書館・図書館・博物館は、公式・非公式な連携を通じて他の機関とつながっており、様々なネットワークの中に存在している。時には、眼前の危機に対処するため、新たな協働ネットワークの構築もしくは既存ネットワークの拡大が必要となる。その際に考慮すべきこととして、協力するパートナー候補の調査、パートナー間の目的やニーズの確認、公平な相互貢献が挙げられる。ネットワーク構築後の円滑な運営には定期的なコミュニケーションとレビューが望まれる。各メンバーの心構えとしては、パートナーから学ぶ姿勢、親切心、共通語彙の把握等が挙げられる。危機が去った後には、ネットワークの解散が検討され、存続する場合には、変更点、維持方法、目的に関する計画作成を要する。

  ガイドブックには、本稿で取り上げたもの以外にも危機対応の指針となる詳細で豊富な情報が掲載されている。是非参照されたい。

Ref:
“Now published: Public Health Crisis Management Playbook for Archives, Libraries, and Museums”. OCLC. 2022-09-01.
https://www.oclc.org/realm/news/20220901.html
REALM Project. Public Health Crisis Management Playbook. OCLC. 2022, 79p.
https://www.oclc.org/content/dam/realm/documents/20220829-Public-Health-Crisis-Playbook.pdf
“REALM PROJECT: REopening Archives, Libraries, and Museums”. OCLC.
https://www.oclc.org/realm/home.html