カレントアウェアネス-E
No.437 2022.06.23
E2507
図書館の今後を作る20のトレンド:IFLA Trend Report 2021
関西館図書館協力課・三崎彩(みさきあや)
国際図書館連盟(IFLA)は,2022年1月に“Trend Report”の2021年更新版を公開した。“Trend Report”は,図書館内外の様々な分野の専門家の知見により社会の新しいトレンドを調査し,長期的視野を持って図書館界の議論の叩き台としようとするもので,2013年に初版(E1474参照)が,その後定期的に更新版が公開されてきた(E2246参照)。
2021年更新版は,同年の世界図書館情報会議(WLIC):IFLA年次大会(E2464参照)に先立って寄せられた,これからの図書館分野をリードするであろう有識者が今後の図書館分野を形成すると予測した20のトレンドに焦点を当てている。本稿では,WLICの次期会長(当時)主催のセッションにおける考察の中で図書館界の将来に特に重要だとして挙げられた上位5のトレンドについて概観する。
●バーチャルの定着
パンデミックにより,図書館はサービスの提供方法に関する考察を余儀なくされた。遠隔でのサービス提供が今後も標準であり続けるということは明らかであり,物理的なスペースや提供物の価値が問われている。
デジタル・ツールは,個人向けサービスを提供するための新しい可能性を生み出し,より幅広いコンテンツに幅広い方法でアクセスすることを可能とする。また,バーチャルへのシフトにより,図書館が単なる知識管理だけではなく知識創造のセンターとしての潜在能力を発揮することも可能である。一方で,バーチャルなサービスは,図書館と利用者の両方が必要なハードウェアとスキルを持っている場合にのみ利用可能であり,また,バーチャルへのシフトが,図書館を他のオンラインサービスとの競争に巻き込む危険性を孕んでいる。
●多様性の重視
差別の存在とその影響に対する認識の高まりが,コレクション,サービス,実践の抜本的な改革をもたらす。公平性,多様性,包摂性の促進をより優先していくことが重要であり,様々なニーズを効果的に特定することを可能にするツールやスキルを開発し続けていく必要がある。また,コレクションの多様性の評価,格差への対応についての理解や,デザイン思考とアクセシビリティに関する専門知識の構築も重要である。
テクノロジーは図書館に様々な恩恵をもたらすが,同時に,プライバシーなどの権利を尊重すること,図書館サービスを享受していない人々を排除しないことも重要で,図書館が様々なニーズを理解し,柔軟に対応していくことが求められる。
●環境問題
図書館は気候変動の影響を免れることはできないため,災害に耐え,エネルギー効率化を促進するための図書館の新しい建築ガイドラインや,取り返しのつかない損失を避けるための包括的なリスクマネジメントが重要になってくる。
さらに,社会問題に関与するというより広い使命に沿って,人々の行動改革や気候変動への対応を促進することも図書館の重要な役割である。資料を活用して環境をより尊重する方法への洞察を促し,環境問題に対処するために新しい実践を取り入れる人々の助けとなることができる。
●生涯学習者
環境問題や経済,テクノロジーの変化は,人々が就くことのできる仕事の種類を大きく変化させる可能性がある。こうした状況に対応するため,人々は訓練・再訓練を受ける必要があり,図書館は彼らの学習活動を促進していくべきである。
生涯学習の前提条件として,学習教材に取り組むための基本的なリテラシーとデジタル技術を誰もが身に付けていることが重要であり,レジリエンス,新しいアイデアに取り組む能力,他者との尊厳と調和を保つ能力といったソフトスキルが必要となってくる。持続可能性に関するリテラシーもまた,求められる能力であると言える。
これは,学習センターとしての図書館の役割が再確認され,図書館員がこれまで以上に教育者とみなされうることにもつながる。そのため,図書館員が適切な訓練とサポートを受けられるようにする必要がある。
●深まる不平等
パンデミック下で,インターネットへのアクセスやそれを利用するスキルを持たない人々は,オンラインで生活を送ることができた人々よりも,教育,仕事,社会生活にはるかに大きな支障をきたした。テクノロジーはアクセスできる人に新たな可能性をもたらすが,アクセスできない人との格差は拡大する。
不平等の拡大は,社会的結束を脅かす問題であり,不平等が健康,教育等を得る機会の減少につながる場合,それは基本的権利に対する攻撃にもなりうる。図書館を最も必要とする人々が排除されることを許さぬよう,利用者にとっての障壁や偏見を生まないようにすることが大切である。
ただし,規模の問題から,図書館の間にも利用者のニーズに応えるサービス提供の状況等に不平等が存在する場合もあるため,どの図書館も少なくとも基本的なレベルのサービスを確保できるようにすべきである。
20のトレンドは,内容的に補完しあうものもあれば,相反するものもあり,見解の多様性を感じた。また,トレンドの多くが,人々の意識に問いかけ,特に不平等の深まりを危惧していたことが印象的であった。コロナ禍において遠隔サービスなどは技術的にも各段に拡張したと言えるが,いかなるサービスにおいても,その先にいる全ての人のことを最大限に想像しながら,今後の図書館のあり方を考察していくことの重要性を考えさせられる内容であった。
Ref:
IFLA. IFLA Trend Report 2021 Update.
https://repository.ifla.org/handle/123456789/1830
IFLA Trend Report.
https://trends.ifla.org/
“Update 2021”. IFLA Trend Report.
https://trends.ifla.org/update-2021
菊池信彦. 将来の情報環境の動向を見据えて IFLAトレンドレポート. カレントアウェアネス-E. 2013, (244), E1474.
https://current.ndl.go.jp/e1474
武田和也. 不確実で複雑な時代の図書館の役割:IFLA Trend Report 2019. カレントアウェアネス-E. 2020, (388), E2246.
https://current.ndl.go.jp/e2246
野村明日香. 2021年世界図書館・情報会議:IFLA年次大会<報告>. カレントアウェアネス-E. 2021, (428), E2464.
https://current.ndl.go.jp/e2464