カレントアウェアネス-E
No.500 2025.5.1
E2784
自信を持って情報の未来に向き合う:IFLA Trend Report 2024
国立国会図書館関西館図書館協力課・三崎彩(みさきあや)
2024年9月、オーストラリアのブリスベンで開催された国際図書館連盟(IFLA)Information Futures Summitにおいて、“IFLA Trend Report 2024: Facing the future of information with confidence”(自信を持って情報の未来に向き合う)が公表された。“Trend Report”は、図書館内外の様々な分野の専門家の知見を基に社会の新しいトレンドを調査するもので、2013年に初めて公表され(E1474参照)、その後更新されてきた(E2246、E2507参照)。2013年版が公開されて以来10年余りが経過し、2024年版では初めて大幅な改訂が行われ、2025年1月にはさらに内容が追加・更新されている。本稿では、この更新後の2024年版の概要を紹介する。
2024年版では、全体を通して、情報知識分野の未来、そしてそれが市民生活や環境といったほかの分野と相互にどのように影響し合うかに焦点が当てられている。文献調査に基づいて特定された七つのトレンド、そしてそれらが複合的に進行した場合に直面しうる未来のシナリオという二つの主要な要素で構成されている。
特定された七つのトレンドは、次のとおりである。
- 知識の実践は変化している
- 人工知能(AI)を始めとするテクノロジーが社会を変貌させている
- 信頼が問い直されている
- 技術や能力はより複雑になっている
- デジタル技術は不平等な形で普及している
- 情報システムはより多くの資源を使用している
- 人々はコミュニティのつながりを求めている
それぞれのトレンドについて、今後の期待及び課題の両側面がサブトレンドとして取り上げられている。また、図書館が考慮していくべき事柄について説明されているほか、各トレンドについて図書館員等が身近な事例に当てはめて考えることができるような問いも用意されている。
次に、これらのトレンドが複合的に絡み合うことよって今後5年から10年の間に起こり得るシナリオが提示されている。デジタルトランスフォーメーションによって容易になったコンテンツの改変等が歴史に与える影響(シナリオ2)、選挙時等におけるディープフェイク(AIを用いた偽情報)の流布(シナリオ3)など、デジタル技術の進歩の影の側面に翻弄される世界を予測したシナリオが挙げられている。また、先住民族の尊厳や文化等を尊重した、知識や情報への関与(シナリオ4)や、温暖化に伴う海面上昇の影響で危機にある国ツバルが取り組んでいるメタバース上のデジタル国家(シナリオ6)のような、マイノリティや小国に焦点を当てたシナリオも取り上げられている。そのほか、環境やサステナビリティに関する図書館等による取組の実践(シナリオ7)、人々に疲弊をもたらすデジタル化社会において市民からの信頼を構築するための図書館の展望(シナリオ8)、高齢者や社会的弱者を排除することなく場やサービスを提供し続ける公共図書館(シナリオ9)など、不確実で目まぐるしく変化する時代であるからこそ図書館が人々の拠り所になりうることを示唆する内容も含まれている。
最後の部分では、将来の選択可能性について探究するアプローチとされる未来思考(futures thinking)の概念や、図書館関係者等が2024年版をツールとして活用していくための方法等が紹介されている。そこでは、コミュニティにおける図書館が、21世紀に不可欠な能力とされるフューチャーズ・リテラシー(futures literacy)を促進する場となるのみに留まらず、その先導役となる可能性にも言及されている。
2024年版は、情報知識分野における現時点の世界的なトレンドを知ることができるとともに、近い将来身近に起こりうる事態にどう対処していくべきなのかを考えるための重要な示唆を与えてくれる。全体を通して、情報技術の進歩から取り残される人々についての言及が多く見られることが印象的である。世界がグローバルにオンラインでつながっていく一方で、世界人口の約3分の1に該当する26億人はオフラインの状況にあり、デジタル経済の恩恵を享受できない可能性があるとされる。2024年版は、そうした問題が世界レベル、国レベル、コミュニティレベルで起こっており、図書館員等が身近なこととして考え、行動していくことの重要性を問いかけている。2025年2月には、同版を補完する報告書“A Skills Agenda for the Trend Report”が公開された。そこでは、図書館・情報部門全体として向上させていくことが望まれるスキルについて、若手リーダーの議論がまとめられている。こちらも併せて参照されたい。
Ref: “Facing the future with confidence: IFLA Trend Report 2024 launched”. IFLA. 2024-09-30. https://www.ifla.org/news/trend-report-2024-report-launched/ “The future of futures in libraries: Updated Trend Report released”. IFLA. 2025-01-31. https://www.ifla.org/news/the-future-of-futures-in-libraries-updated-trend-report-released/ Dezuanni, Michael et al. IFLA Trend Report 2024: Facing the future of information with confidence. IFLA, 2024, 196p. https://repository.ifla.org/handle/20.500.14598/3496 “Trend Report”. IFLA. https://www.ifla.org/trend-report/ “Predicting the Future: What the 2024 Trend Report may mean for cultural heritage”. IFLA. 2024-11-27. https://www.ifla.org/news/predicting-the-future-what-the-2024-trend-report-may-mean-for-cultural-heritage/ “A Skills Agenda for the Trend Report”. IFLA. 2025-02-10. https://www.ifla.org/news/a-skills-agenda-for-the-trend-report/ Al Badi, Waleed et al. A Skills Agenda for the Trend Report. IFLA, 2025, 44p. https://repository.ifla.org/handle/20.500.14598/3837 “Futures Literacy & Foresight”. UNESCO. https://www.unesco.org/en/futures-literacy 菊池信彦. 将来の情報環境の動向を見据えて IFLAトレンドレポート. カレントアウェアネス-E. 2013, (244), E1474. https://current.ndl.go.jp/e1474 武田和也. 不確実で複雑な時代の図書館の役割:IFLA Trend Report 2019. カレントアウェアネス-E. 2020, (388), E2246. https://current.ndl.go.jp/e2246 三崎彩. 図書館の今後を作る20のトレンド:IFLA Trend Report 2021. カレントアウェアネス-E. 2022, (437), E2507. https://current.ndl.go.jp/e2507