E2483 – ロシアによるウクライナ侵攻に関連する図書館・博物館の状況

カレントアウェアネス-E

No.433 2022.04.21

 

 E2483

ロシアによるウクライナ侵攻に関連する図書館・博物館の状況

関西館図書館協力課・藤田順(ふじたなお)

 

  この記事では,2022年2月24日のロシア軍によるウクライナへの侵攻開始から4月4日までの,図書館・博物館に関連した動向を概括する。なお,事態は流動的であり,本記事の公開時点で状況が変わっている可能性も十分にあることを留意願いたい。また,記事中,ウクライナの地名はウクライナ語の発音に基づいた表記とした。

●ウクライナ側の動向

  ウクライナ図書館協会は,2月23日,戦争の脅威下における図書館サービスの重要性を説く,国内図書館界に向けた呼びかけをウェブサイト上で発表した。その後2月28日に国際図書館連盟(IFLA)に向けたアピールを掲載したのを皮切りに,国内外関係者に向けた呼びかけを随時ウェブサイトやSNSで発信している。また後述するように,侵攻開始を受けてロシア図書館協会も声明を発表したが,ウクライナ図書館協会は3月6日付の声明でこれを批判し,3月21日にはIFLAに宛ててロシアの図書館と関係を断つよう求める声明を出すに至った。さらに,国家テレビ・ラジオ放送委員会は,3月22日,ISBNやISSN等書誌に関する国際機関に対してもロシアとの協力関係を断つことを求めるように,ウクライナ外務省に提案した。

  ウクライナ図書館協会のウェブサイト上で明らかにされている国内図書館の被災状況によれば,3月13日時点でハルキウやルハンシク,チェルニーヒウ等の図書館が全部または一部損壊している。被災した図書館には,ハルキウ国立科学図書館等の大規模な図書館も含まれる。また,チェルニーヒウにあるウクライナ保安庁の文書館が破壊されたとの情報もある。公共図書館の現在の状況・取組については,ウクライナ図書館協会のFacebookや,キーウに所在するヤロスラフ賢公記念ウクライナ・ナショナル図書館のブログ等が伝えている。避難所として開放される等,公共図書館が地元住民の支援に当たる様子が報告されている。

  ウクライナ図書館協会と慈善財団「図書館の国」は共同で,ウクライナ国内の図書館や図書館員を支援するさまざまな取組を開始している。例えば,図書館員の自助ネットワークの構築(住居を失った図書館員に対して住居を提供できる図書館員を斡旋する等),国内図書館の被災状況に関する情報提供の呼びかけ,被災した図書館員の金銭的支援のための基金設立等である。

●ロシア側の動向

  ロシアでは,ウクライナ侵攻を支持する者と反対する者とで世論が分断されている状況であり,図書館界も例外ではない。特に3月4日にいわゆる「フェイクニュース禁止法」が制定されて以降,政府による言論統制はエスカレートし,侵攻に反対する意見表明はますます難しくなっている。

  政府と密接な関係にある図書館関連団体等が,機関として政府の決定に対して意見を表明した例は多くない。ロシアの公共図書館を束ねるロシア図書館協会は,3月2日,平和を望む旨の声明をウェブサイトに掲載したが,ウクライナ図書館協会からはロシア政府を暗に支持するものとして非難された。博物館の関連団体としては,国際博物館会議(ICOM)のロシア支部が2月26日,平和的な解決を望む旨の声明を発表した。一方,民間機関で反戦の意思表示を行った例として,私立美術館で侵攻に抗議の意を表して開催中の展覧会を急きょ中止したり,上層部が辞任する動き等が見られた。

●文化遺産損失の懸念:ウクライナ国内の動きと諸外国からの支援

  ICOMによる2月24日の声明やユネスコの2月24日及び3月8日の声明等に代表されるように,国際機関からは文化遺産の破壊・損失に関する懸念が表明されている。前述の図書館・文書館に加え,キーウ州のイワンキウ郷土史博物館,キーウのバービン・ヤール・ホロコースト・メモリアル,マリウーポリのクインジ記念美術館等に大小の被害が生じている旨の報道がある。

  こうした状況を受けて,各地で文化遺産の損失を防ぐ取組が始まっている。ウクライナ国内では,文化情報政策省がロシア軍の攻撃によって生じた文化遺産への被害状況の報告を求めている。その他,民間での取組として,イワノ=フランキーウシクにあるギャラリー“Asortymentna kimnata”が美術作品の疎開・保存プログラムを行っている。また,リヴィウにある全体主義体制メモリアル博物館館長らが美術品保護のための基金“Ambulance Museum”を立ち上げ,欧州委員会(EC)等の支援の下,美術館・博物館の支援に当たっている。国外の取組の一例を挙げると,ドイツでは文化・メディア連邦政府委員会が,ポーランドでは国内の美術館・博物館がそれぞれ主導し,ウクライナの文化遺産保護を目的とするネットワークや委員会が設立された。また,米国やオーストリアの研究者が主導して,消失の危険性がある文化遺産関係機関のウェブサイトやデジタルコンテンツ等を保存するプロジェクト“Saving Ukrainian Cultural Heritage Online(SUCHO)”が活動中である。

  ロシアのウクライナ侵攻をめぐる状況は予断を許さないが,今後も図書館・博物館に関連する状況を注視していきたい。なお,紙幅の関係上,当記事では触れることができなかったウクライナ関連情報について,「カレントアウェアネス-R」でも随時取り上げているので,そちらも参照願いたい。

Ref:
Українська бібліотечна асоціація.
https://ula.org.ua/
“Українська бібліотечна асоціація / Ukrainian Library Association”. Facebook.
https://www.facebook.com/ula.org.ua/
“IFLA response to the situation in Ukraine”. IFLA. 2022-03-21.
https://www.ifla.org/news/ifla-response-to-the-situation-in-ukraine/
“Держкомтелерадіо”. Facebook. 2022-03-22.
https://www.facebook.com/comin.gov.ua/posts/pfbid02ELZoFJjrJhdS4E25igCPaQyFpbbGEQQAcHgrHT3FiGgFrZM19YRE7DjBCv3hZBWwl
“Чернігівській області знищено архів СБУ з документами про репресії радянського режиму проти українців – голова Держархіву”. Інтерфакс-Україна. 2022-03-25.
https://interfax.com.ua/news/general/817809.html
Національна бібліотека України імені Ярослава Мудрого “Публічна бібліотека територіальної громади”.
https://oth.nlu.org.ua/
Благодійний фонд «Бібліотечна країна».
http://livelibrary.com.ua/
“Жива сучасна бібліотека – БФ Бібліотечна країна”. Facebook.
https://www.facebook.com/modernUkrainianBooks/
“Федеральный закон от 04.03.2022 № 32-ФЗ “О внесении изменений в Уголовный кодекс Российской Федерации и статьи 31 и 151 Уголовно-процессуального кодекса Российской Федерации””. Официальный интернет-портал правовой информации. 2022-03-04.
http://publication.pravo.gov.ru/Document/View/0001202203040007
“Заявление Правления Российской библиотечной ассоциации”. Российская библиотечная ассоциация. 2022-03-02.
http://www.rba.ru/news/news_4792.html
“Заявление Президиума ИКОМ России”. ICOM Russia.
https://icom-russia.com/data/events/zayavlenie-prezidiuma-ikom-rossii-/
“ロシア美術・文化機関のリーダーたちに辞任の波。侵略行為への不支持を表明”. 美術手帖. 2022-03-07.
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/25306
“Statement concerning the Russian invasion into Ukraine”. ICOM. 2022-02-24.
https://icom.museum/en/news/statement-russia-invasion-into-ukraine/
“UNESCO’s statement on the recent developments in Ukraine”. UNESCO. 2022-02-24.
https://www.unesco.org/en/articles/unescos-statement-recent-developments-ukraine
“Endangered heritage in Ukraine: UNESCO reinforces protective measures”. UNESCO. 2022-03-08.
https://www.unesco.org/en/articles/endangered-heritage-ukraine-unesco-reinforces-protective-measures
“How Ukraine is moving to protect its cultural heritage”. IIC. 2022-03-04.
https://www.iiconservation.org/content/how-ukraine-moving-protect-its-cultural-heritage
“МКІП зафіксовано 135 епізодів воєнних злочинів росіян проти культурної спадщини в Україні”. Міністерство культури та інформаційної політики України. 2022-04-01.
https://mkip.gov.ua/news/7021.html
“ART, CULTURE AND WAR. AN OVERVIEW OF HOT QUESTIONS AND QUICK ANSWERS”. Меморіальний музей тоталітарних режимів «Територія терору». 2022-03-09.
https://museumterror.com/en/publications/art-culture-and-war-an-overview-of-hot-questions-and-quick-answers/
“Network for the Protection of Ukrainian Cultural Heritage”. Deutsche Nationalbibliothek. 2022-03-18.
https://www.dnb.de/EN/Home/Newsblog/newsblog_artikel.html
“Establishment of Committee for Aid to Museums of Ukraine”. Muzeum Historii Polski. 2022-03-04.
https://muzhp.pl/en/c/2643/powstaje-komitet-pomocy-muzeom-ukrainy
Saving Ukrainian Cultural Heritage Online (SUCHO).
https://www.sucho.org/