E2484 – 台湾の総統図書館設立の動き

カレントアウェアネス-E

No.433 2022.04.21

 

 E2484

台湾の総統図書館設立の動き

調査及び立法考査局海外立法情報課・湯野基生(ゆのもとお)

 

  台湾では,1988年に総統に就任した李登輝政権下で民主化が進み,1996年からは国民の直接選挙で総統が選出されている。近年,米国や韓国の大統領図書館に倣った総統図書館の設立が各総統の関係団体により進みつつあり,台湾総統府に直属する国史編纂機関で,歴代総統の文物(手稿・日記・写真・記念品等)を管理する国史館は,総統図書館の役割を明確化するための法整備を提案している。本稿ではこうした動向を簡単に紹介したい。

  2022年1月22日,台北市の蒋経国旧邸宅(七海寓所)のあった約4ヘクタールのエリアの一角に,台湾初の総統図書館となる「蒋経国総統図書館」が開館した。蒋経国氏(1910年-1988年)は,中国国民党の主席として,1978年に中華民国の総統となった人物である。台湾の高度成長を実現した功績が評価される一方で,父の蒋介石氏と共に権威主義体制の象徴とする見方もあるなど,現与党・民進党系と現野党・国民党系の両陣営が対立する台湾の政治状況を反映して,蒋経国氏に対する評価は大きく分かれる。

  蒋経国総統図書館の主な設立主体である蒋経国国際学術交流基金会は,1989年に設立された財団法人であり,同館設立のため,七海寓所や民間所蔵の蒋経国関係の文物やアーカイブ(公文書等の保存記録)を収集・整理したほか,侍従等のオーラルヒストリー作成,年譜の編纂,写真や日記のデータベース化等を進めてきた。

  本来,総統・副総統の文物の管理は,国史編纂機関である国史館が「総統・副総統文物管理条例」に基づき行う業務である。蒋経国総統図書館の開館とほぼ同時期の2022年1月19日,国史館のウェブサイトに,「蒋経国総統資料庫」が公開された。これは国史館と蒋経国国際学術交流基金会等との協力によるデータベースで,国史館や国家発展委員会が所蔵するアーカイブ,写真等の画像データ,蒋経国氏の全集,年譜,日記等のテキストデータを含む,合計約5万5,000件のデータを収録している。このデータベースは,歴代総統の資料を集めた「歴代総統資料庫」の一部であり,今後国史館は,李登輝氏についても同様のデータベースを公開する予定である。

  国史館が歴代総統を対象に進めているのはデータベース公開だけではない。2020年,李登輝氏が逝去し,李登輝基金会が李登輝総統記念図書館の設立計画を発表すると,国史館は,歴代総統の文物・アーカイブを一括管理する「歴代総統図書館」の構想を明らかにした。以下,2021年5月に国史館が立法院(国会)に提出した報告書を元にその内容を紹介する。

  台湾では,総統図書館に関する法制度が未整備であるのに対し,米国や韓国では,大統領図書館において,文物・アーカイブを含む大統領記録を管理すること等が法令で定められている。ただし,各大統領の図書館が個別に置かれる米国と異なり,韓国では,行政安全部に属する「大統領記録館」が歴代大統領の大統領記録を統一的に管理する。個別の大統領図書館も存在するが,同様の業務を行うものとして別に設ける「ことができる」ものと定められている。国史館の報告書では,土地の広くない台湾では,(韓国の大統領記録館のような役割の)歴代総統図書館を設立すべきであると主張する。

  また,台湾では,米国や韓国とは異なり,総統関連の文物とアーカイブの所管が分かれていて,文物は国史館が所管するのに対し,アーカイブは国家発展委員会の機関が所管する。国史館の報告書では,文物とアーカイブとで所管が異なることのデメリットを指摘し,総統・副総統文物管理条例の改正により,国史館が総統関連の文物とアーカイブ両方の管理権を持つことを提案する。

  これに加え,同報告書は,同条例を総統図書館の法律上の設置根拠とするために,国史館が歴代総統図書館等を設立し,地方政府や民間も各総統の図書館等を設立できるとする規定を設けるほか,後者の図書館等に対し,国史館が支援や指導等を行えるとする規定を設けることも提案する。

  同報告書ではさらに,台北市の中正紀念堂を廃止し,その施設を歴代総統図書館に転用することを提案する。蒋介石氏の名(中正)を冠してその事績を顕彰する中正紀念堂は,民進党政権になって,過去の権威主義体制の象徴的建造物として,そのあり方の見直しが議論されている。国史館は,蒋介石氏の記念物を単に撤去するのではなく,同氏の生涯を中正紀念堂や台湾社会の変遷とともに示し,異なる立場間の対話を促すことが,過去の人権抑圧を清算し,国民の和解を促す「移行期の正義」の実現に欠かせないと主張している。

  国史館の上記提案は,まだ法案として審議される段階には至っていない。一方で,李登輝基金会が進める李登輝総統図書館は,台湾大学の校舎に設置される方向で計画が進み,さらに民進党の立法委員(国会議員)からは,国立の李登輝総統記念館の設立法案も提出されている。台湾における総統図書館が今後どのような形で制度化されるのか注目される。

Ref:
“國史館組織條例”. 全國法規資料庫.
https://law.moj.gov.tw/LawClass/LawAll.aspx?pcode=A0010017
“總統副總統文物管理條例”. 全國法規資料庫.
https://law.moj.gov.tw/LawClass/LawAll.aspx?pcode=A0030015
“「台湾守った」 蔡総統が蔣経国評価し波紋 中国対抗へ結束アピール”. 産経新聞. 2022-01-25.
https://www.sankei.com/article/20220125-ASDVW46PY5N47DIIZR5ZC76YHA/
“蔣經國總統圖書館籌劃”. 蔣經國國際學術交流基金會.
http://www.cckf.org.tw/zh/ccklib
“基金會簡介”. 蔣經國國際學術交流基金會.
http://www.cckf.org.tw/zh/about
“蔣經國總統圖書館面世 國內首座,亞洲規模第一”. 聯合新聞網. 2022-01-18.
https://udn.com/news/story/11749/6040729
“自由廣場》蔣經國總統圖書館vs.中正紀念堂”. 自由評論網. 2022-01-22.
https://talk.ltn.com.tw/article/paper/1497122
“【新聞稿】國內第一個總統資料庫開放了 國史館「歷任總統資料庫」即日起開放 首先推出「蔣經國總統資料庫」1月19 日上午10時舉行線上直播發表會”. 國史館.
https://www.drnh.gov.tw/p/406-1003-15314,r45.php?Lang=zh-tw
蔣經國總統資料庫.
https://presidentialcck.drnh.gov.tw/
歷任總統資料庫.
https://presidentialdbs.drnh.gov.tw/
“立法院議案關係文書 院總第887號 政府提案第17250號之3094”. 立法院. 2021-05-14.
https://lci.ly.gov.tw/LyLCEW/agenda1/02/pdf/10/04/15/LCEWA01_100415_00249.pdf
“否決國史館「歷任總統圖書館」提案 管碧玲提5年內設置李登輝圖書館”. 風傳媒. 2020-10-28.
https://www.storm.mg/article/3152782