E2382 – 第2回SPARC Japanセミナー2020<報告>

カレントアウェアネス-E

No.412 2021.05.13

 

 E2382

第2回SPARC Japanセミナー2020<報告>

筑波大学学術情報部・船山桂子(ふなやまけいこ)

 

   2020年12月18日に第2回SPARC Japanセミナー2020「プレプリントは学術情報流通の多様性をどこまで実現できるのか?」がオンラインで開催された。

   司会の矢吹命大氏(横浜国立大学大学戦略情報分析室)から,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行をきっかけに加速したプレプリント活用,またプラットフォームの多様化と学術出版社によるプレプリント公開への関与など,その最新動向や目的を共有することから今後の方向性を展望するとの概要説明があった。

   はじめに河合将志氏(国立情報学研究所(NII)/オープンサイエンス基盤研究センター)が機関リポジトリによるプレプリント公開について講演した。研究成果の発表においては公開の迅速性と論文の更新性が重視されている。そうした点から公開基盤としての機関リポジトリのデメリットとプレプリントサーバーのメリットを確認し,機関リポジトリでのプレプリント公開可能性に言及するとともに,研究のあらゆる段階において成果公開の手段に選ばれることで収録コンテンツの書誌的多様性が生じることを報告した。

   森本行人氏(筑波大学URA研究戦略推進室)からは,人文社会研究の成果公開に向けて筑波大学が取り組む新たな指標と研究成果の公開について講演があった。大学ランキング評価に用いられる論文被引用数は英語執筆論文を収録するScopus等の論文・引用データがもととなっており、日本語執筆の多い人文社会分野の研究成果は評価に反映されにくい面がある。そこで新たな研究評価指標の開発に着手しindex for Measuring Diversity(iMD)を提案した(E2128参照)。更にオープンピアレビューから出版までのフローを含むF1000 Researchを活用した筑波大学ゲートウェイを構築し,学内者が関係する研究に対して成果発表の場となる仕組みを実現している(E2288参照)。

   ブーケ(Antoine Bocquet)氏(シュプリンガー・ネイチャー(日本))からはCOVID-19が世界的に拡大するなかでのプレプリントに対する学術出版社の取り組みについて講演があった。2020年に発表された研究出版物のうちCOVID-19の研究結果を発表した学術論文数や,プレプリント発表が占める割合を報告し,COVID-19という課題が研究結果のより迅速な公開を推進し,その中でプレプリント公開を加速していることを紹介した。またシュプリンガー・ネイチャーでは出版する学術雑誌への論文の投稿と査読中の研究をプレプリントで早期に共有し透明性の高い査読を行うIn Reviewを開発提供しているといった話題提供があった。

   休憩の後,坊農秀雅氏(広島大学大学院統合生命科学研究科生命医科学プログラム)より,研究活動におけるプレプリントや研究者のSNS活用の現状と課題について,生命科学研究の分野を背景にした講演があった。プレプリントサーバーbioRxivに登録された論文の公開状況の変化やResearchGate(CA1848参照)等SNSでの研究情報の流通について実例を挙げて解説した。プレプリントサーバーの増加や機能の向上が見られるなかで日本での利用が進んでいないことに対し,活用促進にはプレプリント公開の義務化や研究評価基準の改訂に加え,研究者の意識を変える教育,啓蒙が求められることを指摘した。

   引原隆士氏(京都大学図書館機構長)からは研究のライフサイクルに視点を置いた講演があった。プレプリント発表は研究の展開期での発見や検証を公開する場であり,成熟期以降は学術雑誌がそうした場となること,またライフサイクル内のコミュニティ活動ではプレプリント発表が大きな位置を占めているとの説明があった。研究コミュニティが内部交流に集中する閉鎖型から研究者や情報が自由に出入りする開放型へ向かう状況では,速報性のある評価基準が必要となりプレプリントがその役割を果たすとした。現在は学術出版社の関与するものも含め多数のプレプリントサーバーが存在しているが,すでに実績のある分野を評価するのではなく,まだ注目されていない研究発表に光が当たる環境であることがプレプリントサーバーの役割であり,これを踏まえた情報流通フローの存在が研究の進歩につながるとした。

   パネルディスカッションでは, オープンアクセスリポジトリ連合(COAR)が2020年4月に公開した「学術情報流通における「書誌多様性」の形成に向けて ―行動の呼びかけ―」(同5月には河合氏監訳の日本語訳が公開)内の「書誌多様性の障壁」となる4項目をキーワードにして,研究発表手段としての言語において複数の選択肢を持つことの重要性や,学術雑誌ベースの評価における透明性の確保,また論文評価フローに加わることが難しい研究者への対応の必要性などの意見が出された。

   最後に武田英明氏(NII)より,研究当事者以外からも新たなプレプリント活用の働きかけが出てくるなかで,時宜にかなった企画であったとの挨拶があった。

   これまで大学の機関リポジトリは論文をはじめとする研究成果をアーカイブする役割を主たる役割として捉えてきたが,研究活動へのより幅広い支援を目指す手掛かりを得た内容であった。

Ref:
“第2回 SPARC Japan セミナー2020「プレプリントは学術情報流通の多様性をどこまで実現できるのか?」”. 学術情報流通推進委員会.
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2020/20201218.html
“TSUKUBA index 1.1 公表にあたって”. 筑波大学人文社会国際比較研究機構.
https://icrhs.tsukuba.ac.jp/tsukuba-index/
“Japan’s first gateway for publishing research rapidly, openly and transparently”. F1000Research.
https://f1000research.com/tsukuba
“In Review”. Springer Nature.
https://www.springernature.com/gp/authors/campaigns/in-review
“学術情報流通における「書誌多様性」の形成に向けて—行動の呼びかけ—”. 国立情報学研究所機関リポジトリ.
https://doi.org/10.20736/00001276
森本行人. シンポジウム「人文社会系分野における研究評価」<報告>. カレントアウェアネス-E. 2019, (367), E2128.
https://current.ndl.go.jp/e2128
池田潤. 研究成果公開の新たな国際標準に向けた筑波大学の取組. カレントアウェアネス-E. 2020, (396), E2288.
https://current.ndl.go.jp/e2288
坂東慶太. ResearchGate-リポジトリ機能を備えた研究者向けSNS-. カレントアウェアネス. 2015, (324), CA1848, p. 5-7.
https://doi.org/10.11501/9396323