カレントアウェアネス-E
No.396 2020.08.20
E2288
研究成果公開の新たな国際標準に向けた筑波大学の取組
筑波大学人文社会系・池田潤(いけだじゅん)
筑波大学URA研究戦略推進室・新道真代(しんどうまさよ),森本行人(もりもとゆきひと)
2020年4月1日に,国立大学法人筑波大学とオープンアクセス(OA)出版プラットフォームの提供を行うF1000 Research社は,研究分野にとってより適した言語を英語・日本語から選び,研究成果を公開することが出来る,世界初の「オープンリサーチ出版ゲートウェイ」(以下「筑波大学ゲートウェイ」)の開発に向けた契約を締結した。2020年11月の公開を予定している。
日本のOAは着実に進んではいるが,諸外国と比較するとやや出遅れており,リーダーシップを発揮しているとは言い難い。また,過度に英語に依存した学術情報コミュニケーションにも問題がないとは言い切れない。そこで,本学が日本で初めて後述のF1000 Research出版モデルを大学として活用すること,また「研究と学問,そして言語には壁があってはならない」という理念を共有できた同社と連携して,世界で初めて英語以外の言語で出版を可能にすることで,日本と世界の学術コミュニケーションに一石投じたいと考え,2019年6月から同社との話し合いを進めた。同社は,新しい出版モデルの試行を進めており,本学の他にも,これまでビル&メリンダ・ゲイツ財団,欧州委員会(EC),英ウェルカム財団に対してもプラットフォームを提供している。
ゲートウェイとは,論文ならびに著者と査読者との議論が掲載されるウェブサイトを指し,同社のプラットフォーム内には,独自にカスタマイズされたゲートウェイがいくつも存在する。従来のゲートウェイは英語論文のみであったが,本学がバイリンガルのゲートウェイを構築することになり,本学所属の研究者は英語だけでなく日本語でも研究論文をはじめ,意見論文,総説論文,研究報告,技術報告などの論文を投稿できるようになる。
伝統的なモデル(通常のジャーナル)の場合,査読後に改稿を行い,査読者が修正を確認し,不十分であれば再修正を行い,修正完了後に版組みを行い,著者が校正したのちに,ジャーナルの出版時期(少ないものは年1回,多いもので週に1回程度)まで待って公開される。そのため,投稿から公開までに半年から遅いものだと2年近くかかることがある。それに対して,筑波大学ゲートウェイに投稿すると,まず投稿資格等の確認が行われる。筑波大学ゲートウェイの場合,少なくとも共著者の一人が本学所属の研究者であることが条件となる。次に,剽窃チェックツールiThenticateによる検証が行われ,読みやすさ,データの可用性について確認が行われる。そして,論文投稿からおよそ2週間後に査読なしで公開され,公開後に査読が開始されるため,投稿から公開までの時間が大幅に短縮される。喫緊の社会的課題に関する研究成果の公開など,一刻を争うような場合,これは大きなメリットとなる。査読者については,まずは著者が最大5人の査読者を推薦し,事務局によって利害関係を確認の上,査読者候補に査読依頼が行われる。
伝統的なモデルの場合,査読は研究者の良心と見識に基づいて適正に行われるが,非公開で行われるため,査読者や,査読結果を踏まえ掲載可否を判断する編集者のバイアスが影響することがある(CA1829参照)。それに対して,F1000 Research出版モデルでは,編集者が存在しないため,編集者によるバイアスは存在しない。また査読はウェブ上で査読者の実名入りで行われ,査読結果は著者だけではなく誰でも見ることが出来るため,完全な透明性が確保される。2人以上の査読者から承認が得られた段階で査読完了となり,査読通過後は,PubMed,Scopus,Google Scholarなどの書誌データベースに登録される。書誌データベースに登録されることで,あらゆる言語・分野の論文の正当な評価へ貢献する。
研究者は,科学研究費助成事業などの研究費を獲得し,実験・調査などを経てアウトプットとして論文を発表しているが,そこに購読料,掲載料などが発生している。版組み代としての論文処理費用(APC)は必要経費と言えるが,研究者が無償で提供するものを過度に商品化する現行の学術出版モデルに対して,多くの研究者が違和感を覚えている。また,分野によっては,英語以外の言語で書かれた論文の方が質や価値が高い場合があるにもかかわらず,非英語論文が正当な評価を受けていない現状に違和感を覚える研究者も存在する。「学術研究の成果は人類の財産であり,筑波大学ゲートウェイの新しい研究成果発表のあり方は,オープンサイエンスの具体的手法を示すものと期待している」と本学の木越英夫副学長の言葉にもあるが,今回の本学の取組が波及して,どこの国の言葉でも「迅速かつオープンに制約なしに」研究成果を発信できることが国際標準になればと願っている。
Ref:
“筑波大学とF1000 Research社,オープンサイエンス先導に向けた契約を締結 ~日本語にも対応した世界初のオープンリサーチ出版~”. 筑波大学. 2020-05-28.
http://www.tsukuba.ac.jp/news/n202005281630.html
“University of Tsukuba and F1000 Research lead the way in Open Science with first open research publishing gateway to publish in Japanese”. 筑波大学. 2020-05-28.
http://www.tsukuba.ac.jp/en/news-list/n202005281500
Lawrence, Rebecca. “Establishing our first partnership to offer a full bi-lingual service”. F1000 Research. 2020-05-28.
https://blog.f1000.com/2020/05/28/establishing-our-first-partnership-to-offer-a-full-bi-lingual-service/
F1000Research.
https://f1000research.com/
“「出版か死か(Publish or Perish)」の呪縛から研究と研究者を解き放つための挑戦”. 京都大学からはじめる研究者の歩きかた. 2020-03-25.
https://ecr.research.kyoto-u.ac.jp/cat-c/c2/857/
佐藤翔. 動向レビュー:査読をめぐる新たな問題. カレントアウェアネス. 2014, (321), CA1829, p. 9-13.
https://doi.org/10.11501/8752502