E2333 – 第1回SPARC Japanセミナー2020<報告>

カレントアウェアネス-E

No.404 2020.12.10

 

 E2333

第1回SPARC Japanセミナー2020<報告>

神戸大学附属図書館・久我彩乃(くがあやの)

 

   2020年10月2日,第1回SPARC Japanセミナー2020「研究データ公開:フルオープンと制限公開の境界線」がオンライン開催された。

   冒頭に,国立情報学研究所(NII)の朝岡誠氏から概要説明があった。研究データの公開が推奨される一方で,例えば調査対象者のプライバシー保護の観点等から公開になじまない性質のデータがあり,公開/制限公開/制限共有/非公開の線引きは容易でない。制限公開は条件を満たした利用者にデータを提供すること,制限共有は特定の機関・研究グループ内でデータを共有することを指す。今回のセミナーでは,各機関が,線引きの基準やデータ所有者・データ利用者との取り決め,データ共有のプロセスについて報告し,課題を明らかにすることが目的であると紹介された。

   文教大学の池内有為氏からは,本セミナーの議論の枠組みとして,研究データライセンスと制限公開について,次のように講演が行われた。氏が所属する研究データ利活用協議会(RDUF)研究データライセンス小委員会は,2020年に「研究データの公開・利用条件指定ガイドライン」(E2250参照)を公開した。作成にあたって研究者・研究支援者・図書館員等を対象としたアンケート調査を実施した結果,ライセンスあるいは制限公開の条件が整理され,遵守されることが担保されれば,データ公開や利活用が促進されることが示唆されたという。

   宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所(ISAS)の海老沢研氏は,「機密にかかわるデータ」を扱う機関として,宇宙科学データの公開について講演を行った。ISASの諮問機関である宇宙理工学委員会の「宇宙科学研究所が保有するデータの取り扱いに関する提言」(2016年)を受け,「宇宙科学研究所のデータポリシー」(2018年)を策定した。ポリシーでは,研究データは原則公開と定め,非公開にする条件を限定したという。非公開の場合は範囲と期限を定める必要があるが,個人情報保護や公共の安全等考慮すべき事項があり,その判断は容易でないとのことである。

   株式会社日本データ取引所の上島邦彦氏からは,「商業的価値のあるデータ」を扱う機関として,取引されるデータ製品の扱いについて講演が行われた。データ公開にあたっては法的課題,技術的問題,ブランド毀損等の障壁があり,外からは中がわからない鍵のかかった部屋のような企業のデータをどのように取り扱うかが重要だという。2020年11月登録受付開始のデータ取引システム「JDEX™」は,データをカタログ化したり,特定の相手のみへの出品・注文,加工等の機能を搭載したりすることで,制限公開や制限共有をサポートすると紹介された。

   科学技術振興機構(JST)バイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)の三橋信孝氏は,「個人情報に関わるデータ」を扱う機関として,ヒトデータの公開について講演した。同センターの「NBDCヒトデータ共有ガイドライン」では,データは原則公開だが,ヒトに由来する試料から得られたデータについては,個人情報や倫理面への配慮から制限公開にしているという。プロジェクト内の制限共有の段階では,論文発表に必要な,国際DNAデータベースに登録する際に発行されるアクセッション番号が付与されない。しかし,制限公開とすれば付与されるため,制限公開が促進されるとのことである。

   農業・食品産業技術総合研究機構の桂樹哲雄氏は,「データ作成者の権利を有するデータ」を扱う機関として,農業データの扱いについて講演した。農業データの統合的データ基盤として,同機構で開発中の「農研機構統合データベース」は,1次データベース(メタデータ)と2次データベース(データ)で構成されている。データは機構内全体で共有するのを基本としているが,必要に応じてそれぞれのデータセットで個別に共有範囲を指定することができ,さらにはそのメタデータ自体を秘匿することもできるという。また,外部向けの公開用データベースを別途用意する予定とのことである。データ作成者の権利は,利用規約によって担保され,同意なく他人にデータが流用されることはないという。

   物質・材料研究機構(NIMS)統合型材料開発・情報基盤部門の篠田陽子氏は,「知的財産権と関わるデータ」を扱う機関として,材料データの扱いについて講演した。2018年に公開された「物質・材料研究機構 研究データポリシー」では,知的財産権等の配慮の必要なデータは公開の対象外ではあるが,研究データは原則公開であり,必要に応じてアクセスや利用,第三者への提供等に関して条件をつけるとされている。「材料データプラットフォームDICE」は,サービスごとにデータの公開や非公開を検討し,データの範囲や利用者,条件等を細かく組み合わせることができると紹介された。

   最後に,東京大学社会科学研究所の仲修平氏は,「利用目的が制限されたデータ」を扱う機関として,社会科学データの公開について講演した。同研究所が提供する「SSJデータアーカイブ」へ寄託されたデータは,主に学術書や学位論文の執筆者が利用している。「SSJデータアーカイブ」側が利用条件,申請内容(研究計画等),その利用者のこれまでの利用状況をみて提供承認の判断をしているとのことである。

   パネルディスカッションでは,まずセミナーの最初に提示された制限公開にする場合の根拠やアクセスの妥当性の問題について,改めて各パネリストの所属機関での判断方法が共有された。また,データサイテーションの促進や運用側からの利活用状況のモニターのため,DOIの付与を慣習として根付かせることの重要性については,複数のパネリストから発言があった。

   最後にNIIの武田英明氏より,今回様々な分野の機関による講演が行われたことは,研究データ公開というテーマがあまり知られていなかった5年前からの大きな進歩の現れであり,今後も広まっていくことを期待すると挨拶があった。今回のセミナーは,それぞれ一律公開とすることが困難な性質のデータを扱う機関が,データに基づく科学を期待しながら取り組んでいる様々な事例を知ることができ,大変充実した内容であった。

Ref:
“第1回 SPARC Japan セミナー2020「研究データ公開:フルオープンと制限公開の境界線」”. 学術情報流通推進委員会.
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2020/20201002.html
RDUF研究データライセンス小委員会. 研究データの公開・利用条件指定ガイドライン. 2020, 32, 7p.
https://japanlinkcenter.org/rduf/doc/rduf_license_guideline.pdf
“宇宙科学研究所のデータポリシー”. ISAS. 2018-03-14.
https://www.isas.jaxa.jp/researchers/data-policy/
JDEX™.
https://www.service.jdex.jp/
“NBDCヒトデータ共有ガイドライン”. NBDCヒトデータベース.
https://humandbs.biosciencedbc.jp/guidelines/data-sharing-guidelines
NIMS. 物質・材料研究機構 研究データポリシー. 2018, 3p.
https://www.nims.go.jp/nims/disclosure/hdfqf10000001742-att/NIMS_research_data_policy_20180801.pdf
SSJデジタルアーカイブ. 東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センター.
https://csrda.iss.u-tokyo.ac.jp/
南山泰之. 研究データの公開・利用条件指定ガイドラインの策定. カレントアウェアネス-E. 2020, (389), E2250.
https://current.ndl.go.jp/E2250