カレントアウェアネス-E
No.435 2022.05.26
E2496
SPARC Japan セミナー2021<報告>
東京外国語大学・布野真秀(ぬのまさひで)
2022年2月22日にSPARC Japanセミナー2021「研究データポリシーが目指すものとは」がオンラインで開催された。
冒頭に池内有為氏(文教大学文学部)から,ユネスコの「オープンサイエンスに関する勧告」(E2485参照)や内閣府の「統合イノベーション戦略2021」を契機に大学,大学共同利用機関法人,国立研究開発法人等でデータポリシーの策定が進められる中,データポリシーの意義とデータの利活用推進について議論を交わし,各機関の堅実なデータポリシーの策定に資するという本セミナーの概要説明があった。
その後,三宅隆悟氏(文部科学省学術基盤整備室)が「研究DXを巡る政策動向から見る研究データポリシーの役割」と題し講演を行った。オープンサイエンスを巡る国際的な潮流を概観したうえで,「科学技術・イノベーション基本計画」と,「公的資金による研究データの管理・利活用に関する基本的な考え方」の説明がなされた。公的資金による研究開発の過程で得られた研究データは,オープン・アンド・クローズ戦略に基づき,研究データ基盤システムNII Research Data Cloud(NII RDC)を中心に公開・利活用が進められる。また,各ステークホルダーの対応として,国立研究開発法人・大学でのデータポリシー策定状況と,資金配分機関でのデータマネジメントプラン導入に向けた検討状況が紹介された。
続いて田野俊一氏(電気通信大学)から,研究データ利活用の応用例として「電気通信大学が目指す共創進化スマート社会とそのScience2.0への展開」と題した講演があった。電気通信大学が目指す,人工知能(AI),ネットワーク等により自律的にイノベーションを起こす社会の創生に向けた取り組みについて,AIとIoTで認知症高齢者を支援する東京BPSDプロジェクト等の事例が紹介された。人間知と機械知の連携によるデータの大規模活用で科学的発見を加速させるScience2.0の実現に向け,応用先となる実証環境の確保や,データのオープン化が課題として挙げられた。また課題解決に向けた政策整備として,特定の企業群によるデータの独占を防ぐための規制強化と,データの利活用に向けた規制緩和の必要性が提起された。
大波純一氏(国立情報学研究所(NII)オープンサイエンス基盤研究センター)からは,「学術情報インフラが実現する研究データの管理と循環」と題した講演があった。三宅氏の講演をふまえ,研究データ管理に向けたメタデータの共通項目や,GakuNin RDM(E2409参照),JAIRO Cloud,CiNii Research(E2367参照)からなるNII RDCの構成が説明された。また画面例を示しながらGakuNin RDM,CiNii Researchの機能と,CiNii ArticlesのCiNii Researchへの統合について紹介があった。
休憩の後行われた第一部のパネルディスカッションでは,林和弘氏(科学技術・学術政策研究所)と池内氏がモデレーターとなり,各講演者をパネリストとして研究データポリシーを巡る論点整理をテーマに活発な議論が行われた。産官学の研究データに関わる方針は,内閣府が主導する省庁横断的な取り組みとして位置付けられている。研究倫理やデータ利活用などの複数の論点が含まれる中で,形式的なポリシーの策定に終始せず,データの利活用による研究の発展を見据えた本質的な取り組みとする必要性が確認された。一方で,研究データ管理に実効性を持たせるため,研究データの適切な評価や利用状況のトラッキング,セキュリティ確保が課題として議論された。また課題解決に向けて,分野により研究データを取り巻く状況が異なる中,利活用を見据えた政策実現と研究現場からの意見収集の必要性が提起された。
第二部のパネルディスカッションでは,パネリストに能勢正仁氏(名古屋大学),松原茂樹氏(名古屋大学),白井知子氏(国立環境研究所),上野友稔氏(電気通信大学),安原通代氏(NII),八塚茂氏(バイオサイエンスデータベースセンター),矢吹命大氏(横浜国立大学),山形知実氏(北海道大学)の8人を加えて各機関の具体的な事例をベースに意見交換が行われ,研究データの利活用に向けたライセンス(E2250参照)が紹介された。データポリシーの実効性の面では,論文投稿規定や業績評価等,研究活動に直結する動機を整備する必要性が指摘され,将来的には研究データ管理が各研究分野の慣行に内在化されることへの期待が述べられた。一方で,データの利活用に関する重要業績評価指標(KPI)の必要性や,単なるオープン化にとどまらない,適切な管理の実施までを見据えた取り組みであることが改めて指摘された。
最後に武田英明氏(NII)から,研究データ管理は避けて通れないものになっており,関連する議論は既に深まっているため,より広い範囲のステークホルダーに議論が共有されることを望む,との挨拶があった。
研究データ管理は単なるポリシーの策定を目的としたものではなく,その先の利活用と研究の向上を見据えたものである必要がある。具体的な事例をベースに行われたパネルディスカッションは示唆に富み,研究データ管理に取り組む各機関にとって意義深い内容であった。
Ref:
“SPARC Japan セミナー2021「研究データポリシーが目指すものとは」”. 学術情報流通推進委員会. 2022-03-15.
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2021/20220222.html
“統合イノベーション戦略2021”. 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/2021.html
“第6期科学技術・イノベーション基本計画”. 内閣府.
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index6.html
公的資金による研究データの管理・利活用に関する基本的な考え方. 統合イノベーション戦略推進会議. 2021, 18p.
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kokusaiopen/sanko1.pdf
“NII研究データ基盤(NII Research Data Cloud)の概要”. 国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター.
https://rcos.nii.ac.jp/service/
認知症高齢者東京アプローチ.
http://www.tokyo-approach.uec.ac.jp/
米川和志. ユネスコ「オープンサイエンスに関する勧告」. カレントアウェアネス-E. 2022, (433), E2485.
https://current.ndl.go.jp/e2485
込山悠介. 日本の学術機関に向けた研究データ管理サービスGakuNin RDM. カレントアウェアネス-E. 2021, (417), E2409.
https://current.ndl.go.jp/e2409
大波純一. 新しい学術情報検索基盤「CiNii Research」プレ版について. カレントアウェアネス-E. 2021, (410), E2367.
https://current.ndl.go.jp/e2367
南山泰之. 研究データの公開・利用条件指定ガイドラインの策定. カレントアウェアネス-E. 2020, (389), E2250.
https://current.ndl.go.jp/e2250