カレントアウェアネス-E
No.404 2020.12.10
E2332
消滅するOAジャーナルと長期保存のための取り組み
京都大学附属図書館・西岡千文(にしおかちふみ)
学術雑誌の購読料の高騰,研究成果の迅速かつ自由な共有の実現,社会への説明責任といったことを背景としてオープンアクセス(OA)が推進されてきており,2000年以降掲載論文を無料でウェブ上に公開するOAジャーナルが広まりを見せている。しかし,OAジャーナルを巡っては論文処理費用(APC)の高騰,捕食ジャーナル(CA1960参照)の興隆といった様々な課題が指摘されている。2020年8月27日付でarXivにて公開された“Open is not forever: a study of vanished open access journals”と題されたプレプリント(以下「プレプリント」)では,OAジャーナルの保存という課題について調査が実施されている。著者はフィンランド・ハンケン経済大学のMikael Laakso氏ら3人である。本稿ではプレプリント(9月3日付公開のVersion 3)に基づき,この課題の調査結果と,OAジャーナルの長期的な保存とアクセスを実現するための取り組みについて報告する。
●消滅するOAジャーナル
現在まで,冊子体の学術雑誌の保存の責任は図書館にあると認識されてきたが,電子ジャーナルについてはその責任の所在が曖昧である。このことから,電子ジャーナルへのアクセスの保証は揺らいでいる。保存とアクセスについての課題はあらゆる電子ジャーナルに存在するが,購読契約によって継続的に収入を得ている購読型雑誌と異なり,出版者にとってOAジャーナルの保存に取り組むインセンティブは小さい。よって,OAジャーナルはその他の電子ジャーナルと比較するとウェブから消滅するリスクが高い。
プレプリントでは,(1)消滅したOAジャーナルの誌数,(2)OAジャーナルが消滅した時期,(3)消滅したOAジャーナルの特徴について調査を実施している。(1)について,調査では電子ジャーナル等のリストであるDOAJ(Directory of Open Access Journals),Ulrichsweb,Scopusの異なる年のバージョンを各々比較すること等によって,176誌の消滅したOAジャーナルを特定した。また,Internet Archive(IA)のWayback Machineを使用することで(2)についての調査を実施した。OAジャーナルの最後の刊行年からウェブからの消滅までの期間は,約3分の1が1年以内,約4分の3が5年以内である。平均すると,消滅したOAジャーナルは7年間刊行が続いたあとに止まっており,その後1年から2年間はアクセスできることがわかった。この9年間のサイクル並びにOAジャーナルの誌数が10年間で3倍になっていることを考慮すると,多くのOAジャーナルが消滅する可能性が高い。調査時点ではウェブ上でアクセス可能であるものの新たな刊行を止めているOAジャーナルが約900誌見つかっており,それらは特に消滅するリスクが高い。(3)については,社会学・人文学分野が消滅したOAジャーナルの約半数を占めているが,それ以外にもあらゆる分野でOAジャーナルの消滅が起きていること,北米と南アジアで出版されるOAジャーナルが他の地域と比較するとより消滅しやすいこと,176誌の消滅したOAジャーナルのうち約半数が学術機関や学協会によって発行されていたことを報告している。
●長期保存のための取り組み
プレプリントでは,電子ジャーナルの長期保存のための既存のスキーマとして,LOCKSS(Lots of Copies Keep Stuff Safe;CA1597参照),CLOCKSS(Controlled LOCKSS;E1117参照),PKP PN(Public Knowledge Project Preservation Network)等が挙げられているが,それらは規模の大きいジャーナルや確立された出版者のコンテンツをアーカイブすることに成功している。一方,消滅のリスクが高いコンテンツを対象としてこなかったことが指摘されている。DOAJに収録されているOAジャーナルのうち長期保存のスキーマに参加しているのは3分の1未満であり,特に小規模の出版者のOAジャーナルは消滅するリスクが高い。
このような状況に対し,2013年にDOAJはCLOCKSSとDOAJのOAジャーナルを保存する共同プロジェクトを試みたが,実現しなかった。2017年よりIAは,あらゆる研究資料,特にOAの資料を保存するプロジェクトを行っている。1996年から1,480万件のOA論文が出版されてきたが,同プロジェクトでは,そのうち910万件をアーカイブしWayback Machineを使用してアクセスできるようにしている。
2020年11月5日には,プレプリントの調査結果を受けて,DOAJがCLOCKSS,IA,Keepers Registry(電子ジャーナルを含む逐次刊行物のアーカイブの実施状況を監視するISSN国際センターの組織),PKPと共に小規模のダイヤモンドOAジャーナルの長期保存に向けて協働することが発表された。5組織によるイニシアティブでは, APCを徴収しない小規模のダイヤモンドOAジャーナルに手頃な価格のアーカイブ手段を提供するとともに,保存の重要性についてそれらのジャーナルの編集者や出版者の意識の向上に取り組むとしており,長期保存が推進されることが期待される。このイニシアティブでは,DOAJは出版者から参加についての意思を取りまとめるハブとして機能する。CLOCKSS,IA,PKPはアーカイブのサービスの機能を拡張するとともに,Keepers Registryにアーカイブを行っているジャーナルのメタデータを提供することによってアーカイブの作業の概観を提供する。
プレプリントに対しては,176誌の消滅したOAジャーナルに捕食ジャーナルが含まれている可能性やデータから誤った考察が導き出されていること等が批判されている。しかし,少なくないOAジャーナルが消滅の危機にあり,喫緊で取り組まなければならない課題であることは確かだろう。
Ref:
Laakso, M.; Matthias, L.;, Jahn, N. . Open is not forever: a study of vanished open access journals. arXiv.org, 2020, 2008.11933.
https://arxiv.org/abs/2008.11933
McAllister, C. Preserving Open Access. Serials Review, 2019, 45(1-2), p. 69-72.
https://doi.org/10.1080/00987913.2019.1627698
Internet Archive . “How the Internet Archive is Ensuring Permanent Access to Open Access Journal Articles”. Internet Archive Blogs. 2020-09-15.
http://blog.archive.org/2020/09/15/how-the-internet-archive-is-ensuring-permanent-access-to-open-access-journal-articles/
DOAJ. “The Long-Term Preservation of Open Access Journals”. DOAJ News Service. 2018-09-17.
https://blog.doaj.org/2018/09/17/the-long-term-preservation-of-open-access-journals/
DOAJ. “DOAJ to lead a collaboration to improve the preservation of open access journals.” DOAJ News Service. 2020-11-05.
https://blog.doaj.org/2020/11/05/doaj-to-lead-a-collaboration-to-improve-the-preservation-of-open-access-journals/
“The Keepers Registry is now available on the ISSN portal”. DOAJ News Service. 2020-03-09.
https://blog.doaj.org/2020/03/09/the-keepers-registry-is-now-available-on-the-issn-portal/
Shelomi, M. Comment on” Open is not forever: a study of vanished open access journals”. arXiv.org., 2020, 2009.07561.
https://arxiv.org/abs/2009.07561
Rücker, G. Comment on Open is not forever: a study of vanished open access journals’. arXiv.org, 2020, 2011.01733.
https://arxiv.org/abs/2011.01733v2
CLOCKSSへ日本の大学図書館が参加. カレントアウェアネス-E, 2010, (183), E1117.
https://current.ndl.go.jp/e1117
千葉浩之. ハゲタカジャーナル問題 : 大学図書館員の視点から. カレントアウェアネス. 2019, (341), CA1960, p. 12-14.
https://doi.org/10.11501/11359093
後藤敏行. 電子ジャーナルのアーカイビング-海外の代表的事例から購読契約に与える影響まで-. カレントアウェアネス, 2006, (288), CA1597. p. 15-18.
https://doi.org/10.11501/287072