CA1597 – 動向レビュー:電子ジャーナルのアーカイビング−海外の代表的事例から購読契約に与える影響まで− / 後藤敏行

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カレントアウェアネス
No.288 2006年6月20日

 

CA1597

動向レビュー

 

電子ジャーナルのアーカイビング
−海外の代表的事例から購読契約に与える影響まで−

 

 

1. はじめに

 電子ジャーナルの興隆とともに,その保存の重要性を裏づけるデータが増えている。例えば,7,000人以上の研究者を対象とした米国の調査では,将来の利用に備えて電子ジャーナルを保存することが「非常に重要である」と回答した者が83%に上ったという(1)

 ところが,電子ジャーナルは保存性に難点があるのが実情だ。そのひとつがライセンス契約による利用形態である。購読者は,出版社のサーバにアクセスするライセンスを取得するだけであり,基本的に購読コンテンツを保存することはできない。それは出版社頼みになる。万一倒産や企業合併,災害に出版社が見舞われた場合は,電子ジャーナルの保存を保障するものは何もないことになる。

 よって,電子ジャーナルについては,図書館による購読と保存が一続きであった従来の資料と異なり,アクセスを保障するための保存(以下ではこれをアーカイビングと呼ぶ)体制を意識的に設ける必要がある,と言える。本稿ではまず,代表的な取り組みを概観する。その後,上で述べたような万一の事態への備えとしてだけでなく,望ましい内容の契約を購読者が出版社と結ぶためにも電子ジャーナルのアーカイビングは重要である,という点も確認しよう。

 

2. 事例
2.1. オランダ国立図書館

 はじめにオランダ国立図書館(Koninklijke Bibliotheek:KB)の取り組みに言及したい。同図書館は複数の出版社(オランダの国外に本社を置く出版社を含む)と協定を結び,電子ジャーナルの公的アーカイブ機関の役割を担っている。

 アーカイビングの流れは次のとおりである。まず,出版社が電子ジャーナルをKBに無償で提供する。続いてKBが,電子出版物のアーカイビングシステム「e-Depot」(KBの依頼を受け,2002年にIBM社が開発)を用いて,アーカイビング業務を遂行する。かかる経費はオランダ政府が拠出している。しかし,将来は(ちょうど,包装紙の費用を商品の価格に含める場合があるのと同じ具合に)アーカイビングのコストを電子ジャーナルの購読料金にあらかじめ算入する必要があると,KBの幹部が主張してもいる(2)

 協定の参加出版社には,Elsevier Science社(2002年〜)をはじめ,BioMed Central社(2003年〜),Kluwer Academic Publishers社(2003年〜),Taylor&Francis社(2004年〜),Springer 社(2005年〜),Brill Academic Publishers社(2005年〜)などが名を連ねている。2006年1月の時点で,受け入れた電子出版物の数は500万点を越える(3)。災害や倒産などで出版社からそれらが利用不能になった場合,KBが代わりにコンテンツを提供することになっている。また,受け入れた電子ジャーナルにKBへの来館者がアクセスすることも認められている。

 なお,2005年にKBは日本の国立国会図書館と協定を結び,デジタル情報の長期保存を含む複数の分野で協力しあうことで合意した(4)。今後,電子ジャーナルのアーカイビングにおいても,両者が共同で技術開発などに取り組み,成果を上げることが期待される。

2.2. Portico

 Porticoは,米国で進行中の電子ジャーナルのアーカイビング事業である。およそ300万ページ(約2テラバイト)分のコンテンツを2006年末までに受け入れることを目標にしている。

 経緯を簡単に確認しよう。元来は「電子アーカイビング事業(Electronic-Archiving Initiative)」という名称で,JSTORがアンドリュー・メロン財団(Andrew W. Mellon Foundation)の助成を受けて2002年に発足させたものである。2004年から非営利法人Ithakaが引き継ぎ,2005年に事業名をPorticoと変え,現在に至っている。

 財源は,財政安定のために,複数確保する方針である。事業開始の際,資金を拠出したのはアンドリュー・メロン財団,JSTOR,Ithaka,および米国議会図書館(LC)であった。今後は,アーカイビングの受益者である参加出版社と学術研究機関が主たるコスト負担者になる予定である。

 保存手法は,ソースファイルをマイグレーション(移植,移行)によって保存するというものである。まず,電子ジャーナルのソースファイルを各出版社から受け取り(この時点ではファイル形式は多様である),標準的なフォーマット(国立医学図書館(NLM)などが開発したオープンスタンダード「雑誌データのアーカイビングと交換のための文書型定義(Journal Archiving and Interchange DTD)」に基づいたフォーマット)へノーマライズ(標準化)する。このノーマライズが最初のマイグレーションである。その後も,ファイルフォーマットの陳腐化に応じてマイグレーションを繰り返す。このようして保存したコンテンツを,出版社の営業停止や大規模な障害発生時などに,Porticoの参加図書館へ提供する。

 なお,PorticoがElsevier社の公式アーカイブになり,同社の新旧2,100以上の雑誌タイトルを今後永久保存することが,2005年12月に発表された(5)。KBに加えて,Elsevier社の公的アーカイブ機関がまたひとつ増えたことになる。

2.3. LOCKSSによる分散アーカイビング

 LOCKSS(名称は “Lots of Copies Keep Stuff Safe”に由来する)は,一文で表現すれば,「購読コンテンツのローカルコピーを収集,保存してアクセスに供するための,簡便で低廉な方法を図書館員に与えるオープンソースのソフトウェア」(6)である。スタンフォード大学の研究チームが1999年から開発を始め,2002年までのベータテストを経て,2004年にリリースした。

 機能は,コンテンツの収集,保存(監査による完全性の維持),読者への提供,の3点に分けて,以下のように整理できる(非常に簡素化した概念図も示すので参照されたい)。

・コンテンツ収集

 出版社の許諾を得た上で,LOCKSSアプライアンス(LOCKSSに特化したコンピュータ)が購読雑誌のコンテンツをWebクローラー(ウェブページを回収するプログラム)で収集し,キャッシュに保存する。対象を購読雑誌に限定することで,コンテンツの不正コピーや漏洩に対する出版社の懸念を払拭している(図1参照)。

図1 LOCKSSアプライアンスによるコンテンツの収集

図1 LOCKSSアプライアンスによるコンテンツの収集
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・コンテンツ保存(監査による完全性の維持)

 同じコンテンツを保存するアプライアンス同士が,それらをピアツーピアで比較しあう。比較の結果,あるアプライアンスが自らのコンテンツに損傷を発見した場合,他のアプライアンスから正しいコンテンツを入手する。こうして,各アプライアンスが保存するコンテンツの完全性を維持しつづける(図2参照)。

図2 LOCKSSアプライアンスによるコンテンツの監査

図2 LOCKSSアプライアンスによるコンテンツの監査
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・読者へのコンテンツ提供

 LOCKSSアプライアンスはWebプロキシとして機能し,読者からの要求を受け取って出版社へ転送する。通常の場合は,出版社がコンテンツを提供し,読者はそれをそのまま入手することになる。そうでない場合(出版社の倒産や災害時など)に,LOCKSSアプライアンスが自らのキャッシュに保存しているコピーを提供する(図3参照)。

図3 LOCKSSアプライアンスによるコンテンツの提供

図3 LOCKSSアプライアンスによるコンテンツの提供
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 LOCKSSを使用する機関が増えることで構築されるのは,分散型のアーカイビング体制である。それは,従来の図書館が備えていた以下の特長と,ちょうど同じものを備えている。

  • 各図書館が自館の購読雑誌の保存をそれぞれ担うことで,全体として見た場合,資料が分散することになる。そのため,一館に事故が起きても,全資料が消失してしまうことはない。
  • 保存資料に損傷がないか確かめるために,また,損傷がある場合はそれを補うために,図書館は他館から同一資料のコピーを取り寄せることができる。

 LOCKSSは米国で開発されたが,2006年2月から英国でもJISC(The Joint Information Systems Committee)の主導でパイロットプログラムが開始されるなど,使用機関が全世界に広がりつつある。2006年3月現在,LOCKSSを使用する図書館数は120を,協賛出版社数は70を超えている。

 

3. アーカイビングと購読契約

 ところで2.の各事例は,出版社からのコンテンツ提供が止まった場合でもアクセスを保障するための取り組み(つまり,万一への備え)という意味合いを,まず持っている。だがそれだけでなく,望ましい内容の契約を購読者が出版社と結ぶためにも,電子ジャーナルのアーカイビングは重要な位置を占めている。この状況を以下で確認しておきたい。

 実のところ,2.の事例が想定するような不測の事態に出版社がなんら見舞われていなくても,購読契約の内容の不備が原因で,個々の購読者が電子ジャーナルへのアクセスを失ってしまうことが懸念されている。それは,アーカイバルアクセス(Archival Access:ここでは,購読中止後の,過去の購読コンテンツへのアクセス権を指す)条項が不十分なまま購読契約を締結してしまう,という問題である。例えば,米国研究図書館協会(ARL)が行った電子ジャーナルの契約状況に関する調査(2002年,2003年の2回)では,回答した図書館(前者は40館,後者は57館)のうち,アーカイバルアクセスを契約の必須条件にしているのは7館だけであった(7)。同様の調査結果が,他にも複数報告されている(8)。アーカイバルアクセスを保障しなければ,購読を中止した途端に,将来の巻号だけでなく過去の購読分へのアクセスをも,読者は失ってしまう。

 本稿で特に指摘しておきたいのは,アーカイバルアクセスを保障しないまま購読契約を結んでしまう一因には,購読者が出版社の(あるいは既存の諸事業の)アーカイビング体制を完全には信用していない現状がある,という点である。出版社が倒産や企業合併などの事態に遭遇してしまえば,契約にアーカイバルアクセスが含まれていたとしても,履行される保障はない(9)。また,2.でみたような事業が発展しつつあるものの,イーストアングリア大学(University of East Anglila)の司書ルイス(Nicholas Lewis)によれば,購読雑誌のeオンリー化(冊子体の購読を止めて電子版のみを購読すること)の状況に関する2004年の調査でも,コンテンツの保存に対する購読者側の不安は払拭されていない(10)。そのため,履行されるか確信がもてないアーカイバルアクセス条項を,契約時に購読者はさほど重視しない(したくても,できない)。

 こうした事情から言えるのは,電子ジャーナルの十全なアーカイビング体制は二重の意味で重要である,ということだ。コンテンツの保存とアクセスを保障することは,出版社の不測の事態に備えるためだけでなく,アーカイバルアクセスが購読契約の際に真剣に協議される前提としても必要なのである。各事業の進展に合わせ,「電子ジャーナルのアーカイビング」をレビューすることは今後も欠かせないが,その際は,そうした二つの重要性を踏まえた上で書かれる必要があるように思われる。

青森中央短期大学:後藤敏行(ごとう としゆき)

 

(1) Portico. “Why Archive?”. (online), availablefrom < http://www.portico.org/about/why.html >,(accessed 2006-03-12).

(2) Steenbakkers, Johan F. Digital Archiving: ANecessary Evil or New Opportunity? SerialsReview. 30(1), 2004, 29-32.

(3) Koninklijke Bibliotheek. “The current state ofproduction”. (online), available from < http://www.kb.nl/dnp/e-depot/dm/standvanzaken-en.html >,(accessed 2006-03-12).

(4) Koninklijke Bibliotheek. “National libraries ofthe Netherlands and Japan sign joint operatingagreement”. (online), available from < http://www.kb.nl/nieuws/2005/japan-en.html >, (accessed2006-03-12).

(5) Elsevier. “Elsevier Acts to Safeguard E-Journals”. (online), available from < http://www.elsevier.com/wps/find/authored_newsitem.cws_home/companynews05_00370 >, (accessed 2006-03-12).

(6) LOCKSS. “About LOCKSS”. (online), availablefrom < http://lockss.stanford.edu/about/about.htm >,(accessed 2006-03-12).

(7) Case, Mary M. A Snapshot in Time: ARL Libraries and Electronic Journal Resources. ARLBimonthly Report. (235), 2004. (online), available from < http://www.arl.org/newsltr/235/snapshot.html >, (accessed 2006-03-12).

(8) Watson, Jennifer. You Get What You Payfor? Archival Access to Electronic Journals.Serials Review. 31(3), 2005, 200-205.

(9) Ibid.

(10) Lewis, Nicholas. ‘Are we burning ourboats?’ Survey on moving to electronic-only.(online), available from < http://www.sconul.ac.uk/pubs_stats/newsletter/31/19.rtf >, (accessed2006-03-12).

 

Ref.

Koninklijke Bibliotheek. (online), availablefrom < http://www.kb.nl/ >, (accessed 2006-03-12).

Portico. (online), available from < http://www.portico.org/ >, (accessed 2006-03-12).

LOCKSS. (online), available from < http://lockss.stanford.edu/ >, (accessed 2006-03-12).

 


後藤敏行. 電子ジャーナルのアーカイブ. ―アクセスの観点からみた集中・分散の2方面戦略―. 情報管理. 48(8), 2005, 509-520.