CA1607 – 進化する地図の世界 / 津田深雪

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カレントアウェアネス
No.289 2006年9月20日

 

CA1607

 

進化する地図の世界

 

 

 近年,オンラインで利用できる地図の進歩は目覚しい。Yahoo!の地図情報で目当ての店や観光地などの地図を探したことがある人も多いだろうし,国土地理院のウェブサイトでは2004年3月以降,日本の基本図である2万5千分の1地形図を閲覧することができる(1)

 

Google Earth,Google Mapsの登場

 2005年6月,Googleは世界中の地形の三次元画像と衛星写真を閲覧できるサービスを開始した。Google Earthである(2)。2004年に傘下に入ったKeyhole社の技術をベースに開発されたもので,世界中を飛び回ったり,宇宙から地球を見下ろす体験を自宅のパソコンで手軽にできることから,提供後すぐに利用者から熱烈な支持を持って迎えられた。NASAも同様の衛星画像サービスWorld Wind(3)を提供しているが,画像読み込みのスピードや扱いやすさの点でGoogle Earthが勝っているようである。利用するには同社のウェブサイトから無料でソフトを入手する必要がある。閲覧中はつねに画像をダウンロードしている状態なので,利用する側もブロードバンド回線などある程度の環境が必要である。2006年1月以降,インターフェースが簡素化されたベータ版も無料で入手でき,Windows,Macのほかに現在はLinuxでも対応可能である

 現時点ではルート検索やローカル検索は米国などに限られ,画像はリアルタイムではない(2006年7月20日時点で,日本の画像が大幅に更新された)。しかし地図上の地形を三次元グラフィックスで立体表現し,視線の角度を変化させることができるティルト機能を駆使すると,山岳地帯などは迫力ある画像を見ることができる。また数多くの情報をオーバーレイさせたり,地図上にピンマーク(placemark)を立てて自分の所有する情報を付加し,詳細なリンクをはることもできる。

 有料のサービスも別途設けられている。Plus(20ドル/年,カスタマーサポートあり,立体の形状を表現できるポリゴン機能や,地表に引いた線に沿ってカメラを移動させられるパス機能が装備されている),Pro(400ドル/年,GISデータを読み込むモジュールが別売),Enterprise(企業向け,価格は応相談)があり,利用目的にあわせて選択可能である。

 ウェブブラウザで使用できるGoogle Mapsはすでに日本語版も提供されており(4),マウスをドラッグすればどこまでもシームレスに地図上を移動できる。地図の移動や拡大の際に画像の再読み込みが行われないので,閲覧中にストレスを感じないで済む。通常の地図表示と航空写真のサテライト表示の切り替えが可能で,先行サービスのデュアル表示(航空写真の上に道路などのデータをオーバーレイさせる)も間も無く日本語版でも提供されるであろう。住所から検索するマップ検索と,業種などのキーワードを組み合わせるローカル検索ができる。もちろんGoogle Earth同様,placemarkで情報を付加することもできる。

 これらのツールを利用したオンライン地図も続々と登場している。英国の戦略的保健局(Strategic Health Authority)はGoogle Maps,Google Earth,MSN Virtual Earth Map Control の3種類のツールを用いたmapを作成し,England National Health Serviceのウェブサイトから提供している(5)。また記憶に新しい米国のハリケーン被害(カトリーナ,リタ,ウィルマ;E369E396参照)や昨年のロンドン地下鉄テロに関するmapもGoogle Mapsを使用していち早く公開されている(6)(7)。ハリケーンマップは,ウィキペディア(Wikipedia)のようにユーザが持っている情報を自由に地図上にアップしていく−地図のwiki化の可能性を示す好例であろう。デジタル写真の無料投稿サイトSmugmugはGoogle Earthの機能を取り入れて,特定の地点に写真画像をスポットで掲載するサイトを公開した(8)。住所を緯度経度データに変換するgeocode機能を持つフリーのサイトも利用すれば,地図の入手のみならずカスタマイズまでも次第に無料化への方向をたどっているように見える。

 

地図資料所蔵機関のデジタル化プロジェクト

 一方,各国の図書館,学術機関において,所蔵資料のデジタル化は早くから始まっているが,中でもビジュアルな特性を持つ地図資料において,オンラインで閲覧できる意義は大きく,その流れは顕著である。米国議会図書館(LC)のMap Collection(9)やデンマーク王立図書館のExhibition(10)など,原資料の色彩の美しさはもとより,ズームして細部まで調査可能な画像の提供により,より広範囲な利用者のアクセスを可能にし,またコレクションのアピールに大いに役立っている。フランス国立図書館(BnF)の電子図書館Gallica(11)にも随時新たな地図資料が追加されている。

 しかし最近の趨勢は単なる資料のスキャニングとその画像提供にとどまらない。地理情報システム(Geographic Information System:GIS)との組み合わせにより,新たなサービスを提供する機関が増えている。

 スロベニア国立図書館(12)では,19世紀半ばの古地図数種に緯度経度の位置データを付与することで,現代の地形図(10万分の1)および都市地図(2万分の1)をオーバーレイさせて閲覧することができ,経年変化の確認を可能とした上に,肖像や手稿の画像を地図上にリンクさせている。

 カリフォルニア大学バークレー校のEast Asian Libraryのウェブサイトでは,三井文庫中の江戸〜明治の古地図を閲覧することができるが,単なる画像提供だけでなくGISブラウザを用いて現代の地図,空中写真,衛星画像との重ね合わせができ,ポイント表示などの編集も可能である(13)

 スコットランド国立図書館ではNLS Web Mapping Pilotとして英国陸地測量部(Ordnance Survey)のデータと自館の所蔵コレクションを利用し開発したアプリケーションを提供している。スキャニングした資料へのジオレファレンシング(地図画像上から地球上の位置がわかるようにする処理)により,詳細な地名やポストコード等から検索でコレクションへのアクセスが可能である(14)。ポーツマス大学の運営するGreat Britain Historical GIS Projectのウェブサイトでは,英国内の地名を検索すると,直近のデジタルマップから19世紀の古地図画像まで表示を切り替えて位置確認ができる上に,センサスデータ等の詳細な情報を確認することができる(15)

 

図書館の現状と課題

 こういったサービスを行うためには,技術とそれを有する人材が必要となるが,こうした環境下で地図図書館には何が求められ,それにどのように対応をしているのであろうか。

 米国や英国を例にとると,特に教育への貢献が期待される大学図書館では,GISを利用した研究活動へのサポート機能が求められるが,スタッフ,予算ともに限られた枠内で試行錯誤している感がある。スタッフの研修による技術習得では到底間に合わないスピードで,地図,地理学の持つ主題は拡大しており,レファレンスおよびコレクションマネジメントに多大な影響を及ぼしている。

 以前の図書館では図書館情報学に加えてキュレーターの資格を持つ地図司書がひとつの典型的なパターンであった。しかし,近年急速に高まりつつあるGIS技術等への要望から,図書館のスタッフがキュレーターからGISスペシャリスト(図書館情報学を履修しない)へシフトする傾向も見られる。技術重視で採用されるため,地図という専門資料および主題に関する知識に欠ける場合もあり,連綿と続く図書館のコレクションマネジメントを分断しかねない危機を感じている機関もある。

 また,従来の図書館からGIS研究機能が分離されている機関も見受けられる。ハーバード大学では従来の地図図書館から機能によってGeospatial Libraryが分離し,GISの研究への活用を支援し,またGISを利用するためのプログラムの収集管理に努めている。地図図書館の有無にかかわらず,他大学でも図書館以外の他部局研究所がデジタル地図やGIS関連の責任を担っているところが多い。

 近年,地理情報技術はその応用範囲を急速に拡大し,さまざまな主題の研究に取り入れられている。その利用環境を整え,教員や学生にトレーニングを行うことが可能な人員の確保が研究機関には求められており,即効作用として外部スペシャリストの雇用へとつながっていることから,司書の存在意義があらためて問われている。

 公共図書館の場合は先ず利用者にそれらの地図の利用を保証する体勢を整えていく必要があろう。設備,機器,地理情報を利用するためのソフトも多種多様であるため,目の肥えたスタッフが,限られた予算の中で,戦略的に優先順位を考慮しながら環境整備を行っていく必要がある。これにより,利用者とデジタル環境での地図情報を結びつけるだけでなく,地図情報が図書館にとってもレファレンスをより高めるための強力なツールとなることが期待できる。さらに,自館の地図資料についても外部に広くアクセスする機会を提供できるならば,貴重なコレクションをより有効に外部にアピールすることができる。

 地図図書館のスタッフはつねに情報を収集し,トレーニングを心がけながら,利用者のニーズから取り残されないように,また図書館の存在意義を印象づける新たな可能性を取り逃がさないようにしたい。

主題情報部人文課:津田深雪(つだ みゆき)

 

(1) 国土地理院ホームページ. ウォッちず. (オンライン), 入手先< http://watchizu.gsi.go.jp/ >, (参照2006-07-17).

(2) Google Earth. (online), available from < http://earth.google.com/ >, (accessed 2006-07-17).

(3) NASA World Wind. (online), available from< http://worldwind.arc.nasa.gov/ >, (accessed 2006-08-11).

(4) Google Maps. (online), available from < http://maps.google.co.jp/ >, (accessed 2006-07-17).

(5) Strategic Health Authorities, available from < http://www.nhs.uk/England/AuthoritiesTrusts/Sha/ >, (accessed 2006-07-17).

(6) Hurricane Information Maps. (online), available from < http://scipionus.com/ >, (accessed2006-07-17).

(7) Lonton July 2005 Terrorist Attacks map. (online), available from < http://geepster.com/london.php >, (accessed 2006-07-17).

(8) Smugmug. SmugMaps. (online), available from < http://maps.smugmug.com/ >, (accessed2006-07-17).

(9) Library of Congress. Map Collections. (online),available from < http://memory.loc.gov/ammem/gmdhtml/gmdhome.html >, (accessed 2006-07-17).

(10) Denmark on the World Map. (online), availablefrom < http://www.kb.dk/kb/dept/nbo/kob/danmarkskort/eng.forsideramme.htm >, (accessed 2006-08-11).

(11) Gallica. (online), available from < http://gallica.bnf.fr/ >, (accessed 2006-08-11).

(12) National and University Library of Slovenia. (online), available from < http://www.nuk.uni-lj.si/vstop.cgi >, (accessed 2006-08-11).

(13) UC Berkeley, East Asian Library. JapaneseHistorical Maps. (online), available from < http://www.davidrumsey.com/japan/ >, (accessed 2006-07-17).

(14) National Library of Scotland, NLS Web-Mapping Project. (online), available from < http://geo.nls.uk/ >, (accessed 2006-08-11).

(15) Vision of Britain. Historical Mapping. (online), available from < http://www.visionofbritain.org.uk/maps/index.jsp >, (accessed 2006-07-17).

 

Ref.

仮想ツアー作成からマイWebへのMaps搭載まで: Google Earth & Mapsを遊ぶ. ASCII. 29(10), 2005, 97-111.

Berinstein, Paula. Location, Location, Location: Online Maps for Masses. Searcher. 14(1), 2006, 16-25.

Boulos, Maged N. Kamel. Web GIS in practice III:creating a simple interactive map of England’sstrategic Health Authorities using Google MapsAPI, Google Earth KML, and MSN VirtualEarth Map Control. International Journal ofHealth Geographics. 4(22), 2005, 1-8.

Lenschau-Teglers, Annie et al. Digitised Maps inthe Danish Map Collection. LIBER Quarterly.15(1), 2005, 45-48.

Loiseaux, Olivier. Les Collections Cartographiques Numérisées de la BnF. LIBER Quarterly. 15(1), 2005,49-53.

Solar, Renata et al. Use of GIS for Presentationof theMap and Pictorial Collection of the National and University Library of Slovenia.Information Technology and Libraries. 24(4),2005, 196-200.

Fleet, Christopher. Web-mapping Applications forAccessing Library Collections: Case Studies using ESRI’s ArcIMS at the National Library of Scotland. LIBER Quarterly. 15(1), 2005, 75-84.

Cobb, David. Crossroads – Bridging the Digital Divide.LIBER Quarterly. 15(1), 2005, 16-27.

Moore, John. Digital Map Soup: What’s Cookingin British Academic Libraries and are WeHelping Our Users? LIBER Quarterly. 15(1),2005, 34-44.

 


津田深雪. 進化する地図の世界. (小特集:Googleの新サービスが与える影響) カレントアウェアネス. (289), 2006, 22-24.
http://current.ndl.go.jp/ca1607