CA1608 – 情報検索サイトと「検閲」−“思想の自由市場”の復活に向けて− / 坂田仰

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カレントアウェアネス
No.289 2006年9月20日

 

CA1608

 

情報検索サイトと「検閲」−“思想の自由市場”の復活に向けて−

 

 

 2006年1月,情報検索サイト大手のGoogle社は,その中国語版を公開した。Google社は,公開にあたって,中国政府が不適当と考えるウェブコンテンツを検索結果から除外することに合意している(1)

 中国政府は,現在の政治体制の維持を至上命題とし,その考え方と矛盾するテーマ,例えば天安門事件や台湾独立といったテーマに関わるウェブサイトへのアクセスを遮断する等,インターネット情報の「検閲」に傾注してきた(2)。今回の合意は,この中国政府の政策を批判してやまない米国に拠点を置く企業,しかもインターネットの発展から利益を上げている企業が荷担する形となっており,Google社には一部から強い批判が寄せられている。だが,同様の措置は,ナチス等の問題に関連し,既にドイツ語版でも実施されているという(3)

 従来,インターネットは,そのウェブコンテンツに関して全体を統括する機関が存在せず,自由な情報の流れが確保されている点に特徴があるとされてきた。今回の合意は,ウェブコンテンツそれ自体を「直接」規制するものではない。だが,国家権力の要求の下,ウェブコンテンツの存在を知るための「手段」を制御し,「事実上」アクセスを不可能にしようとする試みである。これは,その効果に着目するとき,確かにある種の「検閲」といえなくもない。そこで,この動きが有する問題点について,民主主義という視点から若干の整理を行うことにしたい。

 

1. 誰が「真理」を決めるのか?

 ローチ(Jonathan Rauch)は,真理を決定する方法として以下に示す5つの原則が存在すると指摘している(4)(5)。まず第一に,真理を知る人々が何が正しいかを決定するという「ファンダメンタリスト原則」,第二に,すべての真摯な人々の信念は平等に保護されるべきであるとする「単純平等主義原則」,第三に,歴史の中で抑圧されてきた階級や集団に属する人々の信念に特別の考慮が払われるべきであるとする「急進平等主義原則」,第四に,ファンダメンタリスト原則,単純平等主義原則,急進平等主義原則の何れを支持してもよいが,他者を傷つけないことを第一とする「人道主義原則」,そして第五に,公然たる批判を通じて互いにチェックを繰り返すべきであるという「自由主義原則」である。

 政府による「検閲」は,「ファンダメンタリスト原則」に立脚するものであり,政府こそが何が「真理」であるかを決定する能力を有する存在であるとの主張に他ならない。だがこの主張は,時の政府が自己に不都合な情報を検閲によって覆い隠してきたという歴史的事実によって否定されている。多くの国家では,政府はその能力に欠けると考えられており,「権力への懐疑」を前提とし,検閲禁止規定を憲法等に盛り込んでいる。

 民主主義社会においては,主権を有する国民が能動的に政治のプロセスに参画していくことが所与の前提となっている。これを可能とするためには,国民に意思決定に必要な情報が与えられなければならない。検閲は,これを阻害するところから,民主主義社会最大の災厄だとされる。ミルトン(John Milton)は,英国の検閲制度に反対し,「真理を勝たすためには,政策も戦略も検閲も必要ではない。それらは,誤謬が真理の力に対して用いる方法であり,防衛手段である。真理のためにただ場所を与えよ」と主張している。この多様な考え方が自由に流れぶつかり合う過程において,必ず真理が虚偽を圧倒するという発想が,いわゆる「思想の自由市場」論であり,ローチの指摘する「自由主義原則」の大きな論拠となっている。

 米国においては,表現の自由が保障される理由は自己統治(self-government)に尽きるとさえいわれ,「思想の自由市場」を重視し,情報の自由な流れを確保することが「民主主義の生命線」であるという共通理解が成立している。それ故に,「検閲」の危険性に対する感度は極めて高く,Google社と中国政府の合意にも敏感な反応を示したといえよう(6)

 

2. 情報の寡占化と「思想の自由市場」

 行政国家現象の進展とマス・メディアの発達は,情報とその発信手段の寡占化をもたらし,個人の表現活動に立脚した古典的な「思想の自由市場」を機能不全に陥らせた。国家やマス・メディアが情報の取捨選択権を握る「ゲート・キーパー」として君臨し,そのチェックを経た情報のみが伝達される。オルタナティブ・ルートを持たない国民は,その情報を一方的に受領する立場へと追いやられた。いわゆる情報の「送り手」と「受け手」の分離という現代的問題である。

 インターネットの登場は,この状況に劇的な変化をもたらした。個人は有力な情報発信手段を再び獲得し,その結果,国民は,国家,マス・メディアの情報独占に対抗可能なオルタナティブ・ルートを確保することが可能となったのである。それ故に,インターネットは,「思想の自由市場」の再活性化を実現したといえる。

 しかしインターネットの急速な発達は,個人の情報活用能力を遙かに超えるものであった。それを補完したのが,情報検索サイトである。情報検索サイトの活用によって,個人は初めて目的とするウェブコンテンツにアクセスすることが出来る。その意味においては,情報検索サイトを抜きにしてはインターネットが「思想の自由市場」として機能し得ない状況が出現しているといえよう。言い換えるならば,情報検索サイトが,事実上の「ゲート・キーパー」として機能する可能性が生じたのである。インターネットの普及に苦慮し,その統制に努力を傾けてきた中国政府は,今回この可能性に着目した。ここに一営利企業に過ぎないGoogle社の行動が「検閲」に荷担する行為として批判される素地が存在している。

 しかし,Google社を始めとする多くの情報検索サイトは,営利企業によって運営されていることに留意する必要があろう。営利企業の目標は,原理的には自己の利潤を最大化する点にこそ存在するといえる。だとするならば,仮に中国政府への協力が利潤の最大化をもたらすのであれば,それが強行法規に違反しない限り,企業の主体的判断によってその道を選択することは十分に合理的である。この場合,むしろ問題とされるべきは,特定の検索サイトに過度に依存する個人の姿勢ということになるのではなかろうか。

 

3. 依存からの脱却と新たなアクション

 民主主義社会に生きる者に現在求められているのは,営利企業の存在理由を自覚し,情報検索サイトへの過度の依存から脱却しようとする姿勢である。「思想の自由市場」という価値を共有する団体,個人が結束し,誰にでも,またどのような情報に対しても開かれた情報検索サイトを立ち上げることがまず考えられる。また,情報検索サイトの方針をチェックするという意味において,今回のような同意が決して利潤の最大化に繋がらないということを世界規模の運動によって示すことも選択肢の一つとなろう。

 だが,今回の合意の向こうには,この「結集」が不可能であるというGoogle社の冷徹な経営判断が存在していることを見逃してはならない。この予測を覆すことが出来るか否か,そこにインターネットという個人が情報独占に対抗し得るオルタナティブ・ルートの命運が懸かっているといっても過言ではない。

日本女子大学:坂田 仰(さかた たかし)

 

(1) グーグル社,中国政府の検閲に同意. Wired News. 2006-01-24. (オンライン), 入手先< http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20060126207.html >, (参照2006-08-09).

(2) 中国政府のこのような政策は,一般にGoldenShieldと呼ばれる。また,そのFirewallにあたる部分は,特に万里の長城になぞらえて“Great Firewall of China”と揶揄されている。

(3) グーグル村上社長“Google八分”を語る. Itpro.2006-06-30. (オンライン), 入手先< http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060630/242220/ >, (参照2006-08-10).

(4) 「真理」とは,文字通りの客観的真理という意味ではなく,思想あるいは信条という意味に近い。

(5) Rauchi, Jonathan. (飯坂良明訳) 表現の自由を脅すもの. 東京, 角川書店, 1996, 13.

(6) 米公聴会,ハイテク大手4社「中国政府の圧政に加担」を追及. Wired News. 2006-02-15. (オンライン), 入手先< http://hotwired.goo.ne.jp/news/20060216105.html >, (参照2006-08-09).

 

Ref.

長谷部恭男. テレビの憲法理論. 東京, 弘文堂, 1992, 176p.

Meiklejohn, Alexander. Free Speech and Its Relation to Self-Government. New York, Harper & Brothers, 1948, 107p.

Milton, John. Areopagitica & other tracts.London, J.M. Dent, 1900, 155p.

 


坂田仰. 情報検索サイトと「検閲」−“思想の自由市場”の復活に向けて−. (小特集:Googleの新サービスが与える影響) カレントアウェアネス. (289), 2006, 25-26.
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