E2322 – オランダ・ILP Labによるウェブサイト収集への提言

カレントアウェアネス-E

No.402 2020.11.12

 

 E2322

オランダ・ILP Labによるウェブサイト収集への提言

関西館電子図書館課・福島優寿(ふくしまゆず)

 

●はじめに

   オランダのアムステルダム大学情報法研究所(Institute for Information Law)が所管する学生イニシアチブ,The Glushko & Samuelson Information Law and Policy Lab(ILP Lab)は,2020年8月,ポリシーペーパー“Web harvesting by cultural heritage institutions”を公開した。

   同ポリシーペーパーは,オランダ国立図書館(KB)とオランダ視聴覚研究所(Nederlands Instituut voor Beeld & Geluid:以下「Sound and Vision」)の協力を得て作成された。オーストラリア,デンマーク,フランス,ドイツ,ニュージーランド,英国の計6か国の事例を比較参照しながら,オランダにおける文化遺産機関によるウェブサイト収集の法制化に向けた課題などを検討している。

   以下,概要を紹介する。

●オランダにおけるウェブサイト収集の現在

   オランダでは現在,文化遺産機関によるウェブサイト収集は法制化しておらず,KBやSound and Visionは著作権者に個別に許諾をとることで,ウェブサイトやウェブコンテンツを選択的に収集している。しかしこれは多大な時間と労力のかかる作業である。そのため,両機関を合わせた収集件数は,“.nl”をトップレベルドメインとするウェブサイトに限っても,そのわずか1%ほどにとどまっている。なお,オランダ国立公文書館(Nationaal Archief:NA)については,オランダ政府のウェブサイトやソーシャルメディアのコンテンツを保存すべきとの政府見解が2016年に出されている。

●諸外国のウェブサイト収集

   オランダにおけるウェブサイト収集法制化の方法を検討する上で,他国の法制度について調査が行われた。文化遺産機関によるウェブサイト収集の方法,対象,範囲は国により様々であるが,多くが納本制度の改正により収集に法的根拠を与えていることを報告している。また中には著作権法の改正による対応例もあることを示している。詳細な各国事例についてはポリシーペーパー本文やRefに挙げた参考文献(E359ほか参照)を参照されたい。

●検討事項

   続いて,先の事例調査を踏まえて,収集主体,収集対象の形態・範囲について詳細に検討している。

   ILP Labは収集主体について,制度的収集を行う多くの国では特定の国家機関にのみその権限を与えているという調査結果から,オランダにおいても同様に限定すべきだと主張する。具体的にはKB,Sound and Vision,NAといった大規模な機関を候補に挙げている。同時に,他の小規模機関が3機関に対し収集対象を助言・要求できる体制の構築を推奨している。

   収集コンテンツの種類については,「オンライン上のあらゆるデータを含み,この定義は文化遺産機関が公務と法律の範囲内で,動的に解釈しうる」とすることを提案する。法文上緩やかな定義とすることで,テクノロジーの変化やコンテンツ間の相互依存性(例えば,ある「ウェブサイト」には「ソーシャルメディアアプリ」も「動画」も掲載されている,など)に適応しながら,文化遺産の保存という最終目的を達成できるとしている。

   収集範囲については,国別コードトップレベルドメインに限定しないデンマークの事例等を参考に,以下を提案している。

  • 国の登録管理者によって付与されたトップレベルドメインをもつウェブコンテンツ
  • オランダ国内外のオランダ国民によって制作されたウェブコンテンツ
  • オランダ国内で制作されたコンテンツ
  • オランダの公用語で制作されたウェブコンテンツ
  • 国外で制作されていても,題材がオランダに関連するウェブコンテンツ,また,文化・歴史情報の資源として有益なウェブコンテンツ

   また,一般に公開されているコンテンツのみ収集対象とすべきで,IDやパスワードを必要とするなどアクセスに制限のあるものについては,著作権法に準拠して,権利者からの事前の許諾を条件とすることが望ましいとの立場を示している。

●立法案

   ILP Labは,文化遺産機関によるウェブサイトの制度的収集の実現のため,2つの立法案を提示している。一つは著作権法の改正により収集を明示的に許可する案である。著作権法に権利制限規定を集約できる点などをメリットに挙げている。一方で欧州連合(EU)により2001年に制定された「情報社会における著作権と著作隣接権の一定の側面の調和に関する指令」には文化遺産機関によるウェブサイト収集が明文化されていないことから,欧州全域における著作権法の調和の側面にやや懸念があるともしている。

   もう一つの案は納本法の制定である。そもそもオランダでは納本は義務ではなく,法制化されていない。ILP Labは,紙媒体の資料については現行の方法で安定的な収集が確立しているとして,ウェブサイト収集についてのみ納本制度を立法化することを提案している。納本法は収集対象や方法などについて柔軟に規定できるとしている一方,歴史的な経緯から納本の制度化そのものに対して,出版者から反発が起きる可能性を指摘している。

●おわりに

   ウェブサイト上の情報は日々失われていくため,収集の制度化は急務である。オランダでの法制定の際には,各国のウェブアーカイブの状況や最新動向を踏まえることが予想され,今後の展開を注視したい。

Ref:
“ILP Lab calls for regulatory action to save the online cultural heritage”. ILP Lab. 2020-08-28.
https://ilplab.nl/2020/08/28/ilp-lab-calls-for-regulatory-action-to-save-the-online-cultural-heritage/
Schumacher, Luna.; Kolfschooten, Stefan van.; Soons, Daniël. Web harvesting by cultural heritage institutions:Towards adequate facilitation and regulation of web harvesting digital content in order to preserve national cultural heritage. ILP Lab. 36p.
https://ilplab.nl/wp-content/uploads/sites/2/2020/08/ILP-Lab-Policy-Paper-Web-Harvesting-final.pdf
デンマーク,ウェブ・アーカイブを制度化. カレントアウェアネス-E. 2005, (63), E359.
https://current.ndl.go.jp/e359
菊池信彦. 英国で非印刷出版物の納本を定める規則が制定. カレントアウェアネス-E. 2013, (236), E1426.
https://current.ndl.go.jp/e1426
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https://current.ndl.go.jp/e1634
福林靖博. オンライン資料の納本制度の現在(3)オーストラリア. カレントアウェアネス-E. 2016, (302), E1793.
https://current.ndl.go.jp/e1793
熊倉優子. ニュージーランドにおける法定納本制度改正の動き. カレントアウェアネス. 2006, (290), CA1612, p. 6-7.
https://doi.org/10.11501/287057
渡邉斉志. ドイツにおけるオンライン出版物の法定納本制度. カレントアウェアネス. 2006, (290), CA1613, p. 7-8.
https://doi.org/10.11501/287056
鈴木尊紘. フランス法定納本制度改正とウェブアーカイブへの対応. カレントアウェアネス. 2006, (290), CA1614, p. 8-10.
https://doi.org/10.11501/287055