E2309 – 欧州の大学図書館等のオープンエデュケーションへの関与状況

カレントアウェアネス-E

No.399 2020.10.01

 

 E2309

欧州の大学図書館等のオープンエデュケーションへの関与状況

関西館図書館協力課・宮田怜(みやたれい)

 

   2020年6月,SPARC Europeは,オープンエデュケーション(OE)・オープン教材(OER)に関する欧州の大学図書館等(以下「図書館」)を対象とした調査の報告書として,“Open Education in European Libraries of Higher Education”を公開した。

   OEは,デジタル環境下において,法的・金銭的・技術的な制約なく,完全な形で利用・共有・改変の可能な教育リソース・ツール・実践とされる。オープンアクセス・オープンサイエンスと同じく,高等教育機関で生産された知識・情報を社会へ還元する取組であり,MOOC(E1596CA1811参照)やオープンコースウェア(OCW;E1174参照),OERの開発・拡大など,図書館とも深く関わりながら進展している。2019年11月のユネスコ第40回総会でOERの制作・国際協力等の促進を求めた勧告が全会一致で採択されるなど,近年も重要な展開が見られる。

   こうした動向を背景に,図書館の今後の戦略的方向性の検討に資するように,SPARC Europeは欧州の図書館とOE・OERの現状の調査として,2019年末から2020年初頭にかけて欧州全土の学術図書館を対象にオンラインアンケートを行い,28か国146館の回答に基づく報告書を作成した。回答館の約8割が総合大学または工科大学の図書館である。以下,報告書で示された調査結果の内容を概説する。

●資金提供・予算

   事業開始のための資金獲得の経験,図書館の所属機関によるOER制作促進を目的とした助成プログラム提供の有無,OEに用途を限定した図書館への予算配分の有無といった質問に,肯定的な内容で回答した図書館は10館以下であり,大多数の図書館では自由に活用できる資金が不足していることが示された。

●実施体制

   OEタスクフォースやこれに準ずる部署を設置する機関は23機関で,このうち18機関ではOERに関する取組を機関内で主導する役割を図書館が担っている。図書館内部では,教育・学習支援部門がOERに関する取組の中心的な担い手である。学部学生の授業料が高額になるほど,OE専属の職員が存在しない傾向が見られ,3,000ユーロ以上の授業料を設定する機関はフルタイム換算値(FTE)で1人も配置されていない機関が過半数,2人以上配置されている機関は存在しない結果となった。

●方針の策定

   27機関がOEに関する方針を定めていると回答し,そのうち14機関では,機関のより包括的な方針の一部として定められている。OEのみに焦点を当てた方針を定めているのは4機関であり,そのうち3機関で図書館が方針の策定に関与していた。

●図書館の主導的な立場

   機関内で図書館がOE・OER推進の主導的な立場にあるかどうかについては,回答がちょうど半々に分かれる結果となった。主導的な立場にある図書館は,機関の方針策定にも関与し,より多様な取組を実践している傾向にある。図書館の主な連携先として,学部・学科等に相当する部門,IT部門,教員組織,eラーニング・遠隔教育部門,教育・学習支援センターなどが挙げられた。

●啓発のための取組

   プレゼンテーション・ウェブサイト作成・イベント開催等によって,OEを啓発する図書館が多い。啓発には複数の手段を利用することが一般的であり,3から6通りの手段を用いる図書館が過半数を占めた。また,多くの場合,啓発対象として図書館職員が想定されている。これはOEが図書館にまだ完全には定着していないことを示していると解釈できる。

●図書館が提供するサービス

   主導的な役割を果たしているサービスにはOEと関連づいて実現される「情報リテラシー教育」,支援的な役割を果たしているサービスには「著作権・ライセンス処理に関する助言」や「OERの共同制作」,提供していないサービスには「参加型デザインの構築」などが挙げられた。図書館が「OERの共同制作」に強力な支援サービスを提供している点は注目に値する。回答館の傾向から,図書館はOE・OERについて,多様な支援サービスを提供していることが示唆される。

●図書館員の必要技能に対する習熟度

   十分な水準にある技能として「情報リテラシー教育」等が,欠如している技能として「データキュレーション」等が挙がった。サービスの提供・支援を行う図書館は多くの場合,関連技能に十分に習熟している傾向にあるが,「データキュレーション」や「技術支援」等に関連するサービスでは,技能が不十分なまま支援を行う事例が少数確認された。機関内外の専門家との連携や技能開発への投資など,対処すべき課題を示唆するものと言える。

●OE支援のもたらす課題と好機

   OE支援が直面する課題やOE支援によって得られる好機について,自由回答形式で62館から回答があった。回答内容から「組織の文化・環境」,「リソース」,「人員」,「品質・アクセス・再利用」,「方針」の5つのテーマが浮かび上がる。課題・好機を合わせると最も多く言及された「組織の文化・環境」はOE推進のために特に重要であること,アクセス増加や自機関の知名度の向上等の理由により「品質・アクセス・再利用」は好機と捉える回答館が多かったことなどを指摘できる。

   同報告書は様々な課題を指摘しつつも,欧州の図書館がその強みを生かしてOE推進に重要な役割を果たしていることを示している。SPARC Europeは2020年8月末に,OEを大規模に推進する2年半のイニシアチブの計画を発表しており,OEを積極的に担う代表的な図書館関係団体として引き続き注目される。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴って教育のオンライン移行に改めて関心が高まっており,国内動向も含めて今後のOE・OERの展開には注視が必要である。

Ref:
“Report: Survey results provide insights into Open Education among European Higher Education Libraries”. SPARC Europe. 2020-06-24.
https://sparceurope.org/report-survey-results-provide-insights-into-open-education-among-european-higher-education-libraries/
Proudman, Vanessa., et. al. Open Education in European Libraries of Higher Education. zenodo. 2020, 57p.
https://doi.org/10.5281/zenodo.3903175
“New UNESCO Recommendation will promote access to educational resources for all”. UNESCO. 2019-11-25.
https://en.unesco.org/news/new-unesco-recommendation-will-promote-access-educational-resources-all
“Recommendation on Open Educational Resources (OER)”. UNESCO. 2019-11-25.
http://portal.unesco.org/en/ev.php-URL_ID=49556&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html
“SPARC Europe to launch large-scale Open Education initiative”. SPARC Europe. 2020-08-27.
https://sparceurope.org/sparc-europe-to-launch-large-scale-open-education-initiative/
岡本真,嶋田綾子. MOOCを活用した図書館での大学レベルの学習機会の提供. カレントアウェアネス-E. 2014, (265), E1596.
https://current.ndl.go.jp/e1596
オープンコースウェア誕生から10年. カレントアウェアネス-E. 2011, (193), E1174.
https://current.ndl.go.jp/e1174
重田勝介. MOOCの現状と図書館の役割. カレントアウェアネス. 2013, (318), CA1811, p. 25-28.
https://doi.org/10.11501/8394393