CA1811 – 動向レビュー:MOOCの現状と図書館の役割 / 重田勝介

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カレントアウェアネス
No.318 2013年12月20日

 

CA1811

動向レビュー

 

MOOCの現状と図書館の役割

 

北海道大学 情報基盤センター:重田勝介(しげたかつすけ)

 

 情報通信技術の発達とインターネットの普及は、時間や場所の制約なく「誰でも・どこでも」学ぶことができる学習環境を、学校や大学の枠組みを超えて提供することを可能とした。近年、大規模に受講者を募りオンライン教育を行う取り組み「MOOC(ムーク)」が普及し始めている。本稿ではMOOC誕生の背景を概観し、MOOCの事例と特徴を整理する。その上で、MOOCの普及や改善にあたって図書館が担いうる役割について解説する。

 

1. MOOC誕生の背景

 MOOCとはMassive(ly) Open Online Courseの略で「大規模公開オンライン講座」と訳される。MOOCはインターネット上でオンライン講座を開設し、受講者を広く集め講義を行う取り組みで、2010年頃を境に急激にインターネット上の学習環境として注目を集めるようになった(1)。MOOC誕生の背景には、インターネット上に教材や教育環境をオープンにする活動「オープンエデュケーション」がある。

 

1.1. オープンエデュケーションの展開

 2000年頃を境に、大学や非営利団体が教育コンテンツや学習環境をインターネット上で無償公開する活動「オープンエデュケーション」が盛んになった。オープンエデュケーションの活動は、オープンな教育テクノロジの利活用や教育に関わるナレッジの共有など多岐にわたる(2)。教育コンテンツの公開としては、2001年にマサチューセッツ工科大学が提唱した大学講義に関わる全ての資料を無償公開するオープンコースウェア(OpenCourseWare: OCW)(3)や、さまざまな教育資源を無償公開するオープン教材(Open Educational Resources: OER)の普及が代表的な取り組みである。加えて、単にインターネット上に教材を公開するだけでなく、OpenStudy(4)のようにオープン教材を使い教え学び合うオンラインコミュニティや、Mozilla Open Badge(5)のようにオンライン上の学習経験をもとに学習成果を認定するデジタルバッジも普及した。

 

1.2. MOOCの誕生

 MOOCは、ここ10年来継続されてきたオープンエデュケーションの活動の延長線上にある取り組みである。MOOCの発端は、2008年に大学教員のグループが個人で開講したオンライン講座だとされている。このMOOCは別名“cMOOC”ともよばれ、教員と受講者がフラットな関係性の中で協同して知識を構築し、ブログ等で互いの考えを交流しながら学ぶことが目指された(6)。これに対し、先に述べたような大学レベルの教育を大規模にオンラインで実施する講座は“xMOOC”とも呼ばれる。xMOOCは、オープンエデュケーションの活動で培った知恵と蓄積を活かしつつ、インターネット上でオンライン講座を開講し、大学やプロバイダがオープンな教育サービスを提供する取り組みである。

 MITオープンコースウェアのウェブページ

図 1 MITオープンコースウェア

 

 

2. MOOCの事例と特徴

2.1. 事例

 現在開講されているMOOCは、大学から提供された教材をMOOCとして公開する「プロバイダ」によるものと、大学自らが協同してMOOCを開講する「コンソーシアム」によるものに大別される。

 

  • プロバイダによるMOOC

 MOOCプロバイダの代表例がCoursera(コーセラ)とUdacity(ユダシティー)である。Courseraは大学の講義をMOOCとして公開する教育ベンチャー企業である(7)。2013年11月時点で、世界107大学が530を超える大学レベルの学習コースを公開しており、受講者は500万人を超えている(8)。また学習コースは多言語で提供されており、日本からは東京大学が参加している(9)

 CourseraはMOOC を開講する大学と契約を交わし、提供された教育コンテンツをMOOCとして公開する。すなわち、Courseraは大学に成り代わりオンライン講座を公開するプロバイダとしての役割を担う。Courseraはベンチャーキャピタルからの出資を受けており、複数のベンチャーキャピタルから6,000万ドルを超える資金が提供されている(10)。Courseraは2012年にスタンフォード大学の教員であるダフニー・コラーとアンドリュー・ングによって設立された。Coursera設立のきっかけとなったのは、ング教授が2011年にスタンフォード大学教員として開講したオンライン講座「Machine Learning」であった。この講座は10万人を超える受講者を集め、この出来事をきっかけとして両教授はCourseraを設立した。(11)

 Courseraと類似したMOOCプロバイダとして、Udacityがある(12)。UdacityはCourseraのように大学単位ではなく、教員が個人で参加してMOOCを開講する。Udacityでは人工知能によるロボットカーの制作のような、通常の大学では開かれないような特殊性の高い講座も開講されている。UdacityもCourseraと同じく2012年にスタンフォード大学の教員であるセバスチャン・スラン教授らによって設立された。Udacity設立のきっかけとなったのは、スラン教授が2011年にスタンフォード大学教員として開講したオンライン講座「Artificial Intelligence」であった。この講座には16万人を超える受講者が集まり、これがUdacity設立のきっかけとなった。UdacityもCourseraと同じくベンチャーキャピタルからの出資を受けている。

図 2  Courseraのウェブページ

図 2  Coursera

 

 MOOCコンソーシアムの代表例がedXとFutureLearnである。edXは米国を中心とした大学連合がオンライン講座をMOOCとして公開するコンソーシアムである(13)。2013年11月時点で世界28の大学が学習コースを公開しており、受講者は100万人を超えている(14)。日本からは京都大学が参加している(15)

 edXは2012年にマサチューセッツ工科大学とハーバード大学が共同で6,000万ドルを出資し共同設立した。edXの加盟校はMOOCを開講するプラットフォームを共同開発し、その一部をedX Codeという名称でオープンソースで公開している(16)

 FutureLearnはedXと同様に、オンライン講座をMOOCとして公開する英国オープン・ユニバーシティが所有する企業である(17)。FutureLearnは2013年11月現在、英国やアイルランド、オーストラリアの大学による20のオンライン講座を開講している

 

 

図3 edXのウェブページ

図3 edX

 

2.2. 特徴

 MOOCには以下のような特徴がある。

  • 学習コースの無償提供

 MOOCはインターネットブラウザ上で、講義ビデオや講義のシラバス、講義に用いられる配布資料、クイズ、シミュレーション教材を受講者に提供する。受講は無料である。講義回ごとに教材を配列した学習コースが設けられ、受講者は学習コースに提示された手順に従って自学自習を進める。講義はあらかじめ示されたスケジュールに従い講師により運営される。受講者にはテストへの回答やレポートの提出が課され、レポートを提出し、また課目によっては受講者同士でレポートの相互評価(ピアレビュー)も行う。講義期間は数週間から数ヶ月程度にわたる。

  • 認定証の交付

 学習コースを全て受講し、講師から到達目標に達したと評価された受講者には、受講完了を示す「認定証」が与えられる。認定証は講師や講師の所属する大学、プロバイダ等から与えられる。この認定証は大学の単位ではないが、例外もある。例えばCourseraでは「シグネチャ・トラック」という本人認証を行った上で認定証を交付する学習コースを設けている。受講者は手数料として数十ドルを支払う。シグネチャ・トラックで得た認定証を、米国の大学単位推薦サービスが発行するACE Creditに置き換えることで全米の約2,000の大学単位を取得できる。

  • 自主的なコース受講

 MOOCでオンライン講座を受講するにはウェブサイト上で受講登録をすればよく、入学資格も必要ないため、インターネットに接続する環境さえあれば誰でも受講できる。また学習コースを最後まで受講する義務もないため、途中離脱することも容易である。そのため受講の完了率は低く、概ね1割程度である(18)

 

  • 学習コミュニティへの参加

 MOOCの受講者は学習コースに従い自学自習をするだけでなく、全世界に広がる学習コミュニティに参加し相互に学び合う。オンライン講座の各コースには電子掲示板が設けられ、講師やTA(ティーチング・アシスタント)との質疑応答や、受講者同士のコミュニケーションに使われる。このような受講者同士のつながりはオンラインに限らず、オフラインで受講者が出会う「ミートアップ」というイベントが世界各国で行われている。MOOCプロバイダのCourseraの場合、このようなミートアップのためのコミュニティが全世界で3,000近くあるとされている(19)

 

3. MOOCと図書館の役割

 日本においても、産学連携のもとMOOCの利用普及を推進する協議会「JMOOC(Japan Massive Open Online Courses 日本オープンオンライン教育推進協議会)」が設立されたこともあり(20)、MOOCの普及が徐々に進むと考えられる。MOOCのようなオンライン学習環境が普及したとき、図書館はどのような役割を果たしうるであろうか。私論ながら2点、図書館とオンライン教育が築きうる有意義な連携のあり方を提案したい。

(1)MOOCの制作支援

 英国のMOOCコンソーシアムFutureLearnでは、 大学に限らず様々な団体がMOOC開講に協力している。英国図書館がFutureLearnにデジタルアーカイブコンテンツを提供するほか、ブリティッシュ・カウンシルは受講者に試験サービスを提供する。(21)。MOOCの履修証明として認定証を与える際には、受講者の本人認証や剽窃行為の防止が求められる。FutureLearnは学力試験の実施に実績があるブリティッシュ・カウンシルに受講者への試験を委託することで、受講者への確実な認定証交付を狙っていると考えられる。オンライン教育の内容を充実させるため、既存の教材のデジタル化などの制作支援は不可欠であり、図書館がこれまでの蓄積やノウハウを活かすことで、より学習効果の高いオンライン教材を提供することが可能となる。日本においても、千葉大学のアカデミック・リンク・センターでは、既存教材のデジタル化や教育用素材の制作、著作権処理の支援を行っている(22)。MOOCを制作する教員や部局への支援は、大学において図書館が担いうる役割の一つであろう。

  図書館がMOOC制作に関わる現実的な選択肢として、石橋は図書館がMOOC担当教員に対し、学生が学術リソースから学ぶ重要性と利用可能な学術リソースを示すこと、また図書館のウェブサイトにあるリサーチガイド等のリンクを提供することを挙げている(E1433参照)。学術リソースを長年にわたり蓄積してきた図書館の実績と有用性を図書館側から積極的に訴えることは、大学における「知の収蔵庫」である図書館の機能を改めて認知させることにつながるだろう。

(2)学習環境の提供

 MOOCにおける学びをより効果的にするためには、オフラインでの受講者の出会いや学び合いを賦活することが有効である。大学の中において開かれた学びの場である図書館は、その役割を担う施設となりうる。ラーニングコモンズのような能動的な学びを生み出す学習環境も活かしながら、MOOCの受講者がより豊かな学習機会を得る場作りを図書館が担うことは、大学が提供するオンライン学習環境の効果を高めるためにも有効だろう。

 

 MOOCはこれまで大学が担ってきた教育活動を大学の枠を越え、社会に広く提供する機会となる。インターネットが情報基盤としてあまねく整備されつつある現在、図書館は大学や特定の地域に留まらずサービスを提供し学習支援を担うことが求められるだろう。図書館がこれまで培ってきた実績や知見を活かしながら、MOOCが可能とする大学教育の機会拡大に向けて、さまざまな機関と幅広く協働してゆくことが大変有意義だと考えられる。

 

(1) Pappano, Laura. “Massive Open Online Courses Are Multiplying at aRapid Pace”. New York Times. 2012-11-02.
http://www.nytimes.com/2012/11/04/education/edlife/massive-open-online-courses-are-multiplying-at-a-rapid-pace.html?pagewanted=all&_r=0, (accessed 2013-09-29).

(2) Iiyoshi, T. et al. Opening up education: The collective advancement of education through open technology, open content, and open knowledge. MIT Press. 2008, 477p.

(3) 福原美三. 特集, デジタル映像アーカイブ: オープンコースウェア: 大学の講義アーカイブ. 情報の科学と技術, 2008. 60(11), p. 464–469.

(4) OpenStudy. “OpenStudy”.

http://openstudy.com/, (accessed 2013-09-29).

(5) Mozilla. “Mozilla Open Badge”.
http://openbadges.org/, (accessed 2013-09-29).

(6) CCK08. “CCK08”.
https://sites.google.com/site/themoocguide/3-cck08—the-distributed-course, (accessed 2013-09-29).

(7) Coursera. “Coursera”.
http://www.coursera.org/, (accessed 2013-09-29).

(8) Coursera Blog. A Triple Milestone: 107 Partners, 532 Courses, 5.2 Million Students and Counting!. 2013-10-23.
http://blog.coursera.org/post/64907189712/a-triple-milestone-107-partners-532-courses-5-2 , (accessed 2013-11-01).
Coursera Blog. A Triple Milestone: 107 Partners, 532 Courses, 5.2 Million Students and Counting!. 2013-10-23.
http://blog.coursera.org/post/50452652317/coursera-partnering-with-top-global-organizations, (accessed 2013-09-29).

(9) Coursera. “The University of Tokyo”.
https://www.coursera.org/todai, (accessed 2013-09-29)

(10) Forbes. “Coursera Hits 4 Million Students: And Triples Its Funding”. 2013-07-10
http://www.forbes.com/sites/georgeanders/2013/07/10/coursera-hits-4-million-students-and-triples-its-funding/ , (accessed 2013-11-01)

(11) MindShift. “Lessons and Legacies from Stanford’s Free Online Classes”.
http://blogs.kqed.org/mindshift/2012/01/legacy-and-lessons-from-stanfords-free-online-classes/ (accessed 2013-11-01)

(12) Udacity. “Udacity”.
http://www.udacity.com/, (accessed 2013-09-29)

(13) edX. “edX”. http://www.edx.org/, (accessed 2013-09-29)

(14) edX. “edX Media kit”.
https://www.edx.org/sites/default/files/EdX_Media_Kit7.15.pdf,(accessed 2013-11-01)

(15) 京都大学. “日本で最初にedXのコンソーシアムに参加しました”. 2013-05-21
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news7/2013/130521_1.htm, (参照 2013-09-29)

(16) edX. “edX Code”.
http://code.edx.org/, ( accessed 2013-09-29)

(17) FutureLearn. “FutureLearn”.
http://futurelearn.com/, (accessed 2013-09-29)

(18) Jordan, Katy. “MOOC completion rates”. KatyJordan.
http://www.katyjordan.com/MOOCproject.html, (accessed 2013-11-01)

(19) Meetup. “Coursera Meetups Everywhere”.
http://www.meetup.com/Coursera/, (accessed 2013-09-29)

(20)日本オープンオンライン教育推進協議会. “JMOOC”.
http://www.jmooc.jp/. (参照 2013-11-01)

(21) Department for Business Innovation & Skills,.The Maturing of the MOOC, 2013, p85, (Research paper, 130).
http://current.ndl.go.jp/node/24471, (accessed 2013-11-01)

(22) 千葉大学. “アカデミック・リンク・センター”.
http://alc.chiba-u.jp/, (参照 2013-09-29)

 

[受理:2013-11-11]

 


重田勝介. MOOCの現状と図書館の役割. カレントアウェアネス. 2013, (318), CA1811, p. 25-28.
http://current.ndl.go.jp/ca1811

Shigeta Katsusuke.
Current Status of MOOC and Possible.