E2059 – アジア学研究者の研究支援ニーズと大学図書館の役割(米国)

カレントアウェアネス-E

No.354 2018.09.13

 

 E2059

アジア学研究者の研究支援ニーズと大学図書館の役割(米国)

 

    2018年6月,米・Ithaka S+Rが,米国のアジア学研究者の研究活動や支援ニーズについて調査した報告書“Supporting the Changing Research Practices of Asian Studies Scholars”を公開した。調査は2017年・2018年に,11の大学図書館の図書館職員29人からなる研究チームが,研究者169人に半構造化インタビューを実施する手法で行われた。本報告書は,そのインタビューを抽出・分析した結果である。なお,Ithaka S+Rでは,研究支援サービス向上のため,同種の調査を研究分野別に行ってきている(E1380参照)。

    報告書では,まず,分析の結果判明したアジア学研究の現在の課題として,(1)学際的・国際的な学問分野としてアジア学を再確立することによる影響力の向上,(2)アジア学関連の学術情報の発見可能性の向上,(3)デジタル情報の収集・管理,(4)研究成果公表にあたっての米国内及びアジア地域のバランス,の4点を挙げたうえで,大学当局,出版者,研究支援ツール開発者,助成機関及び図書館に対して様々な提言を行っている。本稿では,以下,図書館への5つの提言を中心に紹介する。

   1点目は,研究者が,大量に生み出される学術情報から有用な情報をフィルタリングするため,個人ウェブサイトや,研究者向けのSNSであるResearchGate(CA1848参照),Academia.edu等を通じて研究成果を収集・公開する傾向への対応である。同行為は,著者・出版者間の権利関係の処理が不明瞭であることから,研究データの共有への対応を含め,研究成果発表の場としての機関リポジトリ(IR)の性能を向上させるとともに,研究成果の登録促進のためのアウトリーチ活動の実施を求めている。

    2点目は,研究の生態系(scholarly ecosystem)の違いや政治的緊張等の要因から,アジア地域の資料の安定的な収集が,北米の大規模機関においてさえも引き続き困難であることへの対応である。アジア地域においては,資料のデジタル化の進展が不十分な国もあり,また,デジタル化が進展していても国外からはアクセスできない例もあることから,冊子体資料の収集や,「ジャスト・イン・ケース」な収集も引き続き重要な位置を占めている。そこで,新しいコンソーシアムの結成や,研究図書館センター(CRL)のような既存の取組を一層活用することにより,既存のILLサービスに加えての新しい共同収集モデルの構築を要請している。

   3点目は,アジア学に関する情報収集のために必要な検索技術が,通常とは異なることへの対応である。資料のデジタル化が不十分等の理由により,現地の資料保存機関での資料調査が必須の研究者にとって,適切な検索キーワードや,現地の分類体系に精通していることは,限られた時間内で資料を収集するための必須の要件である。そこで,現地語資料の検索等に必要な情報リテラシー養成のための教育資源を開発し,研修を実施することで,研究者が必要な検索技術を習得できるよう支援することを求めている。

    4点目は,アジア学研究者が,研究連携のため,アジア地域でも研究成果を公表したいと考えていることへの対応である。アジア地域では,研究成果として,単行書の刊行や,一次資料の翻訳を重視する傾向がある。一方,欧米の研究機関は,インパクトファクターが高い雑誌への投稿を評価するなど,学術評価の慣行が異なっており,国際的な研究推進の妨げとなっている。そこで,研究者とも連携し,欧米の学界でも認められるアジア地域の良質な研究成果の発表媒体を認証するとともに,それらの適切な評価指標を構築することを要請している。

    5点目は,近年,研究資料として重要となってきたソーシャルメディア等のボーンデジタル資料の収集や,研究者がデジタル化した資料の管理への対応である。アジア地域の当該資料は再度の入手が困難であることも多く,それらデジタル資料を長期保存し,他の研究者と共有するための技術的課題を,研究者やIT担当者と連携して取り組むよう求めている。

   その他,大学当局・出版者・研究支援ツール開発者に対しても,学際的・国際的なアジア学研究の促進・普及,国際的・学際的なアジア学研究に即した研究評価指標の開発,欧米の研究者がアジア地域で/アジア地域の研究者が欧米で容易に研究成果を発表できる仕組の構築,欧米で利用可能なデータベースへのアジア地域の良質なコンテンツの組込,文献管理ソフト・OCR技術・翻訳ソフトの多言語対応,Tropyのような収集した資料をデジタル管理・共有できるソフトの開発を要請している。また,助成機関に対しては,そのような取組への助成を求めている。

   日本の図書館等,関係機関においても,アジア学研究の一分野としての日本研究進展のため,上記のような支援ニーズを持つ研究者や,そのような研究者を支援している図書館等を支えるための方策を継続的に検討していくことが求められているといえよう。

関西館図書館協力課・武田和也

Ref:
https://doi.org/10.18665/sr.307642
http://www.sr.ithaka.org/blog/the-limits-of-area-studies-studying-scholars-of-asia/
https://tropy.org/
E1380
E1419
E1558
E1728
E1969
CA1848
CA1827