カレントアウェアネス-E
No.336 2017.11.02
E1966
震災と図書館:中止となった第26回京都図書館大会の発表から
2017年8月7日,「震災と図書館~まなぶこと・できること~」をテーマに,第26回京都図書館大会が京都市の同志社大学で行われる予定であったが,台風5号の接近に伴う悪天候が予想されたため中止となった。本稿では,大会で予定されていた事例発表の内容を紹介する。
●事例発表1「災害を自分ごとにする-図書館でできる震災対策-」(鈴木光)
「my図書館DIG」とは,図書館施設関係者が自施設の災害時の強み・弱みを客観的に把握し,具体的な災害対応を考えるための防災教育プログラムである。筆者(鈴木)が開発した地域の災害リスクを簡単に学べる防災教育プログラム「my減災マップ」を図書館用に改良したのが「my図書館DIG」である。
「my図書館DIG」の方法はとても簡単である。クリアファイルに自施設の見取り図を入れ,クリアファイルの上から,危険な要素,安全な要素などをみつけてシールやマジックで書き込むというものである。とはいえ,突然問われても瞬時に思い描くことは多くの人にとって難しい。よって,基本的には進行役が質問を投げかけ,災害時の実際の映像や写真などをみることで災害時のイメージを醸成していくことがコツである。例えば,東日本大震災時の書架から本がばらばらと落ちてくる様子の映像をみた後では,特に背の高い本棚に重たい本があることが凶器になりうることは容易に想像できる。このようにして,自分の身近な施設の災害時の様相を具体的にイメージし,それを自ら書き出していくことで,自分にとって必要な備えを作り上げていくノウハウが「my図書館DIG」である。
実際に「my図書館DIG」を実施した人からは,「自館の状況をふりかえるいい機会になった。」「イメージトレーニングができてよかった。」「完璧な対策はありえないが,勤務館の状況を認識でき,少しでも改善したいと思う。」「普段考えないといけないと思っていた防災について考えることができた。」といった感想を得ている。
災害による被害をできる限り少なくするには,いかに災害を「自分ごと」にできるか,ということである。そして,それができない理由は,「災害が起きたらどうなるか」を自分の住む地域のことに置き換えることができない,すなわち,災害を「自分の物語」にできないからだと考えている。
災害を「自分ごと」とし,災害に向き合う物語を紡ごうと思った時に,イメージの引きだしをたくさん持っておくにこしたことはなく,その物語は常に書き換えていって欲しい。そのためには,まず自分は今どこにいるのか,何が必要かという自分の置かれている環境を客観的に俯瞰してみることが必要であり,マップづくりはそのきっかけづくりを狙いとしている。
筆者の研究では,「my減災マップ」は「マップやクリアファイルを使った楽しい作業により,自分が住む地域の地図で危険な箇所を知ることができる」という結果が計量的に得られている。デジタル全盛の時代に,シールを貼る,マジックでなぞる,対話するというアナログな手法で,考えながらつくりあげるマップだからこそ養える「減災力」があると筆者は考えている。
●事例発表2「国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(ひなぎく)」(伊東敦子)
国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(愛称:ひなぎく;E1413参照)は,東日本大震災の記録のポータルサイトとして,2013年3月7日に公開された。その理念は,「国内外に分散する東日本大震災の記録等を,国全体として収集・保存・提供すること」,「関係する官民の機関が,それぞれの強みを活かし分担・連携・協力し,全体として国の震災アーカイブとして機能すること」,「東日本大震災の記録等を国内外に発信するとともに後世に永続的に伝え,被災地の復興事業,今後の防災・減災対策,学術研究,教育等への活用に資すること」の3つである。ひなぎくは,多数のデータベース及びデジタルアーカイブをまとめて検索できる利便性を持つとともに,収集したメタデータの再配布を行っている。2017年3月現在の検索対象メタデータ数は約349万件,メタデータ連携をしているデータベースは45であり,電子書庫には51の機関から提供を受けた東日本大震災関連の文書・動画・写真等,独自コンテンツを収集・保存し,提供している。
国立国会図書館(以下,当館)は,東日本大震災に係る記録等の収集を強化すべく,各種機関・団体への働きかけ,他機関による記録等の保存の推進・支援を実施してきた。被災地の各県立図書館とは特に,一般市民や民間団体が作成する記録の散逸を防ぐこと,図書館における記録の収集・保存を強化することを目的に,東日本大震災に関する所蔵資料の書誌データの交換及び当館未所蔵資料の収集における協力などを実施している。
記録を収集・保存するだけでなく,ひなぎくの連携先アーカイブの収録コンテンツを含めたコンテンツの利活用に向けた取組も行っている。東北大学災害科学国際研究所と共催でシンポジウムを年に1度開催するほか,防災学習の場での活用を目指し,高等学校でのモデル授業や,中高生を対象とした防災学習マニュアルの作成・公開にも取り組んでいる。2017年3月には,震災伝承活動に活用してもらうための取組として,東北大学災害科学国際研究所「みちのく震録伝」が主催する語り部の方への講習会に協力した。2017年10月に開催された第103回全国図書館大会の展示会では,学びの場で使えるサービスの1つとして,ひなぎくを広報した。また,2017年11月に開催される防災推進国民大会2017では,展示ブースを出展し,ひなぎくの活動を紹介する予定である。
震災記録を次の世代へつなげ,今後の防災・減災対策等に役立ててもらうために,当館は引き続き震災に関する記録を収集する取組を進める。資料収集へのご協力と,ひなぎくのコンテンツの活用をお願いしたい。
●事例発表3「被災地での資料保存の取組」(吉原大志)
歴史資料ネットワーク(史料ネット)は,大規模自然災害によって被災した歴史資料の保全・救出を目的とするボランティア団体で,関西に拠点を置く歴史系学会によって設立された。史料ネットのこれまでの活動や,被災地での保全対象については,別稿(CA1743参照)に譲り,本稿では,主に水損した紙資料の応急処置を行うにあたっての史料ネットの考え方を整理したい。
水損資料の応急処置については,一般的には48時間以内の実施が理想とされる。しかし,被災地ではこの時間内に処置を行うことは,ほぼ不可能である。むしろ48時間以後の段階から,どのような処置が可能かを考える必要がある。多くの被災資料は,救出段階ですでにカビが発生しており,生物被害の抑制が最優先課題としてある。そこで,被災地において史料ネットは,まず乾燥作業を重視している。その後に必要があれば洗浄作業を行うという流れとなる。
これらの作業に際し,史料ネットは,専門的な知識や機材,技術を前提としない方法を重視している。被災地においては,専門的な機材は容易に手に入らず,現場での作業者が必ずしも専門的な技術者とは限らないからである。この「どこでも・誰でも・簡単に」という考え方は,史料ネットのこれまでの水害対応経験が基礎になっている。
実際に実施している個々の方法については末尾の参考資料を参照していただくこととし,ここでは災害対応現場における判断の根拠のポイントを整理したい。1つの被害状態に対して,対応する処置方法は必ずしも1つではない。資料の形態や,被災程度・状態,さらに現場ごとに作業場所や環境の問題,作業者の人数や技術的な条件が異なるからである。しかし,作業者が置かれている条件を的確に捉えれば,その条件下における最適な方法を選び取ることは可能である。その際,作業者自身の技術的な制約を見極めることは,特に重要な判断のポイントとなる。災害対応現場においては,必ずしも高度な修復技術者が対応できるわけではないし,誰しもがその場で迅速な対応を求められるからである。だからこそ,自らが選び取ることのできる「選択肢」をいかに多く備えているかが問われることとなるだろう。そして選択肢を増やすためには,歴史学や保存修復,保存科学のみならず,様々な分野の人たちと日ごろから幅広い協力関係を築く必要がある。思わぬ生活の知恵が現場で役に立つこともある。1人ではできないことが,誰かと手を取り合うことで可能となることも少なくない。専門家に限らず,多様なボランティアの参加を前提とした開かれた活動を積み重ねていくことが,より多くの資料を災害から救うことにつながると考える。
一般社団法人減災ラボ・鈴木光
歴史資料ネットワーク・吉原大志
電子情報部・伊東敦子
Ref:
http://www.library.pref.kyoto.jp/?page_id=12116
http://www.lib.wakayama-u.ac.jp/news/2017090400083/
http://isss.jp.net/isss-site/wp-content/uploads/2017/03/2016-071.pdf
http://kn.ndl.go.jp/
http://kn.ndl.go.jp/static/about/project
http://kn.ndl.go.jp/static/rikatuyou?language=ja
http://bosai-kokutai.jp/
http://siryo-net.jp/
http://siryo-net.jp/publication/奥村弘『大震災と歴史資料保存』刊行!/
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010273464-00
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011106512-00
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I024768233-00
http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pdf/51/5110.pdf
http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pdf/53/5319.pdf
http://toubunq.blogspot.jp/2011/07/blog-post_06.html
E1413
CA1743
CA1791
CA1891