CA1743 – 被災資料を救う:阪神・淡路大震災からの歴史資料ネットワークの活動 / 川内淳史

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カレントアウェアネス
No.308 2011年6月20日

 

CA1743

 

 

被災資料を救う:阪神・淡路大震災からの歴史資料ネットワークの活動

 

1. はじめに

 2011年3月11日に発生した東日本大震災により、東北・関東地方を中心とする東日本各地は甚大な被害を受けた。地震発生から1か月以上が経過した現段階(2011年4月26日現在)においても、1万人以上の行方不明者があり、今後の被災地の復旧・復興には困難を伴うことも予想される。そうした中、今回の震災では地震発生直後より日本国内外において文化領域に関わる復旧支援活動が広範な拡がりの中で展開され、すでに様々な取り組みがなされているが(1)、被災地である宮城や福島、岩手などでは、被災した資料や文化財の滅失の危機から救うべく、被災資料・文化財の救出活動が行われている。2011年4月1日には文化庁による「東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)」が開始され、阪神・淡路大震災以来はじめて「被災文化財等救援委員会」が設置されることになった(2)

 日本において大規模災害時の被災資料・文化財救出事業が本格的に開始されたのは、1995年1月17日の阪神・淡路大震災からである。阪神・淡路大震災においては、前述の文化庁によるレスキュー事業(被災文化財等救援委員会)のほか、ボランティア団体連合である「地元NGO救援連絡会議」内の文化情報部など、様々な個人・団体が被災資料・文化財レスキュー活動を行ったのであるが、その中の1つが、関西に基盤を置く歴史学会(大阪歴史学会、大阪歴史科学協議会、日本史研究会、京都民科歴史部会など)によって結成された連合体「阪神大震災対策歴史学会連絡会(歴史資料保全情報ネットワーク)」である。歴史資料保全情報ネットワークは1996年にボランティア組織「歴史資料ネットワーク(略称:史料ネット)」に改組され、さらに2002年には会員制へと移行した。史料ネットは結成より16年間、大規模地震・水害時における被災資料・文化財の救出・保全活動を行ってきた。

 そこで本稿では、現在、史料ネットの活動に参加する一員として、これまでの活動内容および、この16年間での活動の拡がりを紹介することで、大規模自然災害時における被災資料保全活動の意義について述べてみたい。

 

2. 歴史資料ネットワークによる被災資料保全活動

 前述のように、史料ネットは阪神・淡路大震災を契機として、震災により被災した資料の救出・保全を目的に、1995年2月13日、尼崎市立地域研究史料館(兵庫県尼崎市)に事務局を設置し、結成された(3)。当初の活動は地元NGO救援連絡会議や文化財等救援委員会、地元博物館などからの救援要請を受けてボランティアを派遣する体制をとっていたが、被災地では資料の被災状況(特に民間所在・未指定文化財)に関する情報収集が十分ではない場合があったため、同年3月25日の伊丹市での活動を皮切りに、地元自治体と連携した巡回調査を行った。現在でも史料ネットでは、大規模な災害が発生した場合、レスキュー要請に基づく資料救出・保全、および被災地での巡回調査(被害が確認された際には救出・保全活動を実施)を活動の基本スタイルとしているが、その原型はすでにこの時点で確立されていた。文化財等救援委員会の現地本部(当初は神戸芸術工科大学内、1995年4月より尼崎市立地域研究史料館内)が閉じられた5月以降も史料ネットによる資料救出・保全活動は継続され、1996年12月までに段ボール箱にして計1,500箱以上(民具類を除く)の資料が救出された。

 阪神・淡路大震災に際しての活動の中で認識させられたのが、歴史研究者と市民との間の歴史資料に対する認識の「ズレ」であった。すなわち、歴史研究者の側は近代以前の古文書のみならず、近現代の日記・写真・町内会の記録・ビラなどの身近なものについても、家族や地域の歴史を伝える資料であると認識するのに対し、市民の側はそうしたものを歴史的・文化的価値を有するものと考えていない場合が多く、そのため災害に際してそれらのものが廃棄されてしまうケースが目立った。そのため史料ネットでは、こうした認識のズレを克服すべく、自治体関係者や市民との日常的な連携を意識した市民講座や講演会の開催を行っている。また、災害自体を記録し、地域社会の中で「災害文化」として継承していくことを主眼に、阪神・淡路大震災における「震災資料」の保全活動も行っている(4)。こうした活動は、当初は短期的な組織と考えられた史料ネットを、恒常的な組織へと発展させる要因となった。

 史料ネットの活動のひとつの転機となったのが、2004年より開始された風水害に際しての資料救出・保全活動である(5)。2004年は日本列島に合計10個の台風が上陸し、各地に被害をもたらした。こうした状況の中、史料ネットでは関西地方にも大きな被害をもたらした台風23号の被災地(兵庫県北部および京都府北部)において活動を行った。地震被害とは違い、水損・汚損資料は劣化(カビ・異臭)の進行が速く、また、復旧活動を行う人びとの間で、歴史資料に対する十分な認識が得られていないことから、阪神・淡路大震災以後定着した迅速な復旧ボランティア活動の中で、劣化の進んだ資料が「ゴミ」として廃棄されてしまう可能性が高い。したがって、被災地における資料救出・保全活動には迅速さが求められ、また手近なもので簡単に行うことができる水損資料の応急処置法の開発・普及が求められた。そうした状況の中、水損資料への対応に際しては、地元の教育委員会や郷土史研究団体、さらに文化財修復関係者などとの広範な連携が行われ、迅速かつ適切な処置がとられる必要があった。2009年8月の台風9号により兵庫県佐用町・宍粟市を中心に被害のあった際には、これら関係者とのスムーズな連携をとることができ、それ以後の風水害への対応のモデルケースとなっている。また日常的な活動として、各大学や学会などにおいて「水損史料修復ワークショップ」を実施し、キッチンペーパーなど身近にある物で行える水濡れ資料の簡易応急処置法の普及にあたっている。

 風水害被災地での活動を通して認識させられたことの一つに、地元関係者や資料保存関係者などとの、日常的なコミュニケーションの重要性がある。迅速な対応が求められる風水害被災地においては、いかに多くの関係者と日常的に「顔見知り」となっているかで、救出・保全活動の成否が決まると言っても過言ではない。

 また活動の中で、ほとんど「ゴミ」にしか見えない水損・汚損資料が修復されることで、被災者の方に大変喜ばれたことにも深く考えさせられた。このことは、災害によって多くの物を失った被災者にとって、一度は諦めた思い出の品や地域の資料が再び手許に戻るということであり、それは今後の復興段階で被災地にとっての「心の支え」となるものである。風水害への対応に際して、被災資料救出・保全活動が単に「モノ」を救うだけの活動ではなく、被災地の「生活復興」の一環であることを、資料の救出・保全活動を行う私たちの側が逆に認識させられたものであった。

 

3. 阪神・淡路大震災から16年。今、できること

 ごく簡単にではあるが、史料ネットの16年間の活動を紹介してきた。1995年以降、日本列島では多くの地震・風水害が発生し、各地で甚大な被害がもたらされている。しかしながらこの16年の間、災害を契機とした形で、あるいは災害発生以前の段階での予防的なものとして、同様のネットワークが全国各地で結成されている(6)。東日本大震災においても、こうした各地で結成された資料ネットが被災資料救出・保全活動を精力的に展開しており、史料ネットでも、各地の資料ネットとの協力体制を構築している。

 また震災発生直後より、津波被災地域においては写真・アルバムを拾い集めるボランティア活動が行われ、各メディアでも大きく取り上げられた。こうした活動が注目を浴びることは、阪神・淡路大震災から16年たった現在、資料を救うことが心の復興、生活の復興の一部であると日本社会の中で認識されつつあることを意味していると言えよう。おそらくこうした心の復興、生活の復興、そして文化の復興には、膨大な時間と、広範な連携が必要となるであろう。近年、文化領域でのMLA連携の重要性などの議論が盛んとなっているが、被災地の復興に向けて、今、多くの関係者の連携が必要とされていると、私たちは考えている。

歴史資料ネットワーク事務局長:川内淳史(かわうちあつし)

 

(1) 例えば全国の図書館司書、学芸員、アーキビストなど有志により、博物館、図書館、文書館、公民館などの被災情報を共有し、必要とされる情報発信を行う被災情報・救援サイト“saveMLAK”が立ち上げられている。
saveMLAK. http://savemlak.jp/, (参照 2011-04-26).

(2) “東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)について”. 文化庁. 2011-03-31.
http://www.bunka.go.jp/bunkazai/tohokujishin_kanren/pdf/bunkazai_rescue_jigyo_ver03.pdf, (参照 2011-04-26).

(3) 阪神・淡路大震災をめぐる史料ネットの活動については以下を参照。
歴史資料ネットワーク活動報告集. 歴史資料ネットワーク, 2004, 300p.

(4) 史料ネットによる「震災資料」への取り組みについては以下を参照。
板垣貴志ほか編. 阪神・淡路大震災像の形成と受容: 震災資料の可能性. 岩田書院, 2011, 137p., (岩田書院ブックレット歴史考古系, 7).

(5) 史料ネットによる水損資料への対応については以下などを参照。
松下正和ほか編. 水損史料を救う: 風水害からの歴史資料保全. 岩田書院, 2009, 158p., (岩田書院ブックレットアーカイブズ系, 12).
松下正和. 新自由主義時代の博物館と文化財: 歴史資料ネットワークによる水損史料救出活動について: 2009年台風9号への対応を中心に. 日本史研究. 2010, (575), p. 55-61.
板垣貴志ほか. 特集, 資料保存・修復: 災害時における歴史資料保全活動とその方法: 歴史資料ネットワークによる取り組み現場から. 専門図書館. 2010, (241), p. 21-28.

(6) 災害を契機としたネットワークとしては2000年鳥取県西部地震(山陰史料ネット)、2001年芸予地震(愛媛資料ネット、広島史料ネット、史料ネットやまぐち)、2003年宮城北部地震(宮城資料ネット)、2004年福井水害(福井史料ネット)、2004年中越地震(新潟資料ネット)、2005年台風14号(宮崎ネット)、2007年能登半島地震(能登ネット)、2011年東日本大震災(岩手ネット)がある。また、災害前に「予防ネット」として設立されたものとしてはふくしま史料ネット、山形ネット、千葉ネット、岡山史料ネットがある。なお本稿では、歴史資料ネットワークの略称としての「史料ネット」と区別して、各地のネットワークの総称を「資料ネット」と表現した。

 


川内淳史. 被災資料を救う:阪神・淡路大震災からの歴史資料ネットワークの活動. カレントアウェアネス. 2011, (308), CA1743, p. 2-3.
http://current.ndl.go.jp/ca1743