CA1744 – 大学図書館員の継続教育における汎用的能力の重要性 / 溝上智恵子

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カレントアウェアネス
No.308 2011年6月20日

 

CA1744

 

 

大学図書館員の継続教育における汎用的能力の重要性

 

継続教育における専門的能力と汎用的能力

 専門職の継続教育は、①特定分野の知識や技能などの専門的能力のブラッシュアップをめざす教育と②あらゆる分野の業務に必要な汎用的能力のブラッシュアップをめざす教育に大別できる。これまで図書館員の専門性の確立をめざしてきた日本の図書館界では、養成教育のみならず、継続教育においても、専門的能力を養成するための教育に力点がおかれてきた。例えば、2007年に文部科学省生涯学習政策局社会教育課がまとめた『図書館職員の資格取得及び研修に関する調査研究報告書』の「第5章 司書等に対する研修事例の把握と特徴的な事例の整理」にみられるように、図書館員対象の研修においては、図書館サービス論、著作権、レファレンスサービス、図書館経営論が内容の大半を占め、汎用的能力にかかる内容はごくわずかにすぎない(1)

 しかし、近年、図書館をとりまく社会が急激に変化するなか、日本においても変化に柔軟に対応する図書館員の能力獲得が着目されるようになり、決して専門的能力の養成のみが、継続教育の目的ではなくなってきている。大学図書館界でこの流れを示すものに、2007年に出された国立大学図書館協会人材委員会の『大学図書館が求める人材像について: 大学図書館職員のコンピテンシー(検討資料)』(2)がある。

 コンピテンシーとは、「既存の能力指標や職務分析による職務特性とは異なっており、行動として顕在化し観察可能であるが、個人が内的に保有し学習によって獲得される、職務上の高い成果や業績と直接的に関連した、職務遂行能力にかかわる新しい概念」(3)であり、米国で主流の知的側面を重視する「能力」とは必ずしも同義ではない。ただし、コンピテンシー自体の概念も定義も依然として多義的であることを踏まえ、本稿では、職務遂行能力としてとらえていくことにする。

 さて、このコンピテンシーも、『大学図書館が求める人材像について: 大学図書館職員のコンピテンシー(検討資料)』では、専門的コンピテンシーと一般的コンピテンシーに区分され、後者の一般的コンピテンシーには、コミュニケーションや連携・協力などが含まれ、図書館の専門的職務に関わる専門的コンピテンシーとは異なる概念とされている。

 なお永田治樹ほかの「大学図書館職員のコンピテンシーについて」(4)は、海外における議論をもとに、専門職のためのコンピテンシーとネブラスカ大学図書館員のそれとを比較して、図書館員のコンピテンシーは、問題解決の貫徹や問われる前の問題への取組みといった先導性よりも、顧客やコミュニティへのまなざしが強いことや、そのための知識や状況への対応が求められているとしている。

 このように注目を集めている汎用的能力は、国や研究者により呼称が異なっており(5)、日本では、例えば経済産業省が「社会人基礎力」(6)、厚生労働省が「就職基礎力」(7)と表現する一方で、文部科学省はキャリア教育分野でも「汎用的能力」を使用している(8)。ついては本稿では、体系的な継続教育を提供する場である高等教育界でもっとも流通している「汎用的能力」を用いていく。

 

汎用的能力とその育成の背景

 教育分野では「汎用的能力」が一般名詞になりつつあるとはいえ、具体的な個々の能力になると、その内容は百花繚乱状態であり、概念や定義の明確化はまだ図られていない。例えば、前述の経済産業省が定義する「社会人基礎力」では、12の能力要素(主体性、働きかけ力、実行力、課題発見力、計画力、創造力、発信力、傾聴力、柔軟性、情況把握力、規律性、ストレスコントロール力)があげられている(9)

 また、国立大学図書館協会は一般的コンピテンシーとして12のコンピテンシー(コミュニケーション、連携・協力、問題解決、継続学習、柔軟性・積極性、戦略策定、創造性・革新性、視野の広さ、表現力・交渉力、公平性、チームワーク、調査研究)をあげている。

 なお、オーストラリア国家訓練局は、各国の汎用的能力に関する議論を踏まえて、基礎的能力、人間関係能力、概念/思考能力、個人の能力と特性、ビジネス社会関連能力そしてコミュニティ関連能力の6つの要素を、汎用的能力に共通する部分として抽出している(10)

 ついては、本稿では、前述の定義や概念をもとに、図書館職員に求められる汎用的能力として、仮に「人間関係形成・社会形成能力」、「情報活用発信能力」、「課題発見解決能力」および「意思決定能力」の4つの能力から構成されると定義したい。すなわち、他者との人間関係を構築できること、課題発見のための情報を収集し分析できること、そして収集データから解決策を導きだし、それを実施できる能力ということである。

 では、教育の場で、この汎用的能力の育成が注視されるにいたった背景には、どのような社会の変化があったのだろうか。まず、情報通信技術の急速な発達に伴い、知識の獲得が以前に比較すると容易になったことがある。そこで、既存の知識体系の精通のみならず、「変化する社会に応じて、既存の知識体系を見直す、若しくは組み合わせを変えて新たな価値を創出し、それを実践できる人材」が重要視されるようになった(11)。これを受ける形で、学校教育の場で獲得すべき能力の1つとして、「文脈を超えて通用する『汎用性』のある知識や技能が全ての市民に求められ」るようになったのである(12)

 よって日本では、汎用的能力はキャリア教育・職業教育や大学教育との関連で論じられる傾向が強いといえる。

 

大学図書館員のキャリアアップ教育

 確かに大学図書館員にも汎用的能力が必要だとする意見は、すでに存在する。しかし実際の図書館員対象の研修内容には、いまだ十分反映されているとはいえない。ついては、今後、図書館員の継続教育において、汎用的能力の具体化と重要性の認知が必要であろう。

 汎用的能力の育成といった点から、大学図書館員の継続教育を再考してみよう。例えば、『大学図書館が求める人材像について: 大学図書館職員のコンピテンシー(検討資料)』が、若手、中堅、補佐・専門員、管理職の4職層別にあげているコンピテンシーをみてみよう(13)。各職層に汎用的能力は含まれているが、なかでも中堅職員と補佐・専門員に着目すると、前者に必要なコンピテンシーとしてあげられている5点中4点(問題解決、視野の広さ、表現力・交渉力およびリーダーシップ)、後者に必要なものとしてあげている「調査研究」は、まさにいずれもが汎用的能力に該当している。

 つまり、中堅職員以上の職層には、汎用的能力の育成を主眼としたプログラムの開発が求められているといえるのではないだろうか。

 今日、多くの大学図書館では、図書館サービス向上のための施策立案や図書館評価の実施が求められている。そのため大学図書館員には、大学図書館の現状を分析し、課題を発見し、その解決策を生み出すデータ収集能力を含めた課題発見解決能力こそが必須である。そして、発見された課題を解決するためには、意思決定能力が不可欠である。キャリアアップ教育の中でも、特に図書館経営や戦略立案を担う中堅以上の職員を対象とした継続教育には、こうした能力の育成にもっと重点をおくべきであろう。

 汎用的能力の育成を意識した動きとして、例えば海外では、リーダーシップ能力の育成に重点がおかれ(14)、ライブラリー・スクールを持たないハーバード大学が大学図書館員を対象にしたリーダーシップ育成のための継続教育プログラムを実施している(15)

 日本でも、2011年度から筑波大学図書館情報メディア研究科が博士前期課程に、図書館情報学関連分野の現職者を対象とし、実践的研究を行う高度専門職業人の育成をめざす図書館情報学キャリアアッププログラムを設けた。図書館情報学にかかる専門的能力のみならず、「研究の手引き」や「調査分析法」を演習科目として設定するなど汎用的能力の養成もめざしたカリキュラムの提供を開始した(16)。その具体的成果は数年後を待たねばならないが、従来の図書館員の継続教育に刺激を与える、新たな動きとして着目したい。

筑波大学:溝上智恵子(みぞうえちえこ)

 

(1) 文部科学省生涯学習政策局社会教育課. “第5章司書等に対する研修事例の把握と特徴的な事例の整理”. 図書館職員の資格取得及び調査研究報告書. 文部科学省, 2007, p. 127-218.
http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/tosho/houkoku/07090599/005.pdf, (参照 2011-04-01).

(2) 国立大学図書館協会人材委員会. “大学図書館が求める人材像について: 大学図書館職員のコンピテンシー(検討資料)”. 国立大学図書館協会, 2007.
http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/projects/hr/jinzaizo1903.pdf, (参照 2011-04-01).

(3) JMAMコンピテンシー研究会編. コンピテンシーラーニング: 業績向上につながる能力開発の新指標. 日本能率協会マネジメントセンター, 2002, p.193.

(4) 永田治樹ほか. “大学図書館職員のコンピテンシーについて: 大学図書館員の専門性と人材育成のあり方に関する研究”. 筑波大学附属図書館研究開発室年次報告: 平成20-21年度. 筑波大学附属図書館研究開発室, 2011, p. 34-44.
http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/RD/annual_report_2008-2009.pdf, (参照 2011-04-01).

(5) 国や研究者により呼称が異なっており、「中核技能(Core skills)<主として英国>」、「就業可能性(Employability skills)<主としてオーストラリア>」あるいは「基礎技能(Basic skills)<主として米国>」と呼ばれる場合もある。
Australian National Training Authority. Defining Generic Skills: At a Glance. National Centre for Vocational Education Research Ltd, 2003, p. 2.

(6) “「社会人基礎力」育成のススメ: 社会人基礎力育成プログラムの普及を目指して”. 経済産業省, 2007, 27p.
http://www.meti.go.jp/press/20070517001/kisoryoku-reference.pdf, (参照 2011-04-01).

(7) 中央職業能力開発協会. “若年者就職基礎能力修得のための目安策定委員会報告書”. 厚生労働省. 2004-07.
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/07/dl/h0723-4h.pdf, (参照2011-04-01).

(8) “キャリア発達にかかわる諸能力の育成に関する調査研究報告書”. 文部科学省国立教育政策研究所生徒指導研究センター. 2011-03.
http://www.nier.go.jp/shido/centerhp/22career_shiryou/pdf/career_hattatsu_all.pdf, (参照 2011-04-30).

(9) “「社会人基礎力」育成のススメ: 社会人基礎力育成プログラムの普及を目指して”. 経済産業省, 2007, p. 1.
http://www.meti.go.jp/press/20070517001/kisoryoku-reference.pdf, (参照 2011-04-01).

(10) Australian National Training Authority. Defining Generic Skills: At a Glance. National Centre for Vocational Education Research Ltd, 2003, p. 8.

(11) “「社会人基礎力」育成のススメ: 社会人基礎力育成プログラムの普及を目指して”. 経済産業省, 2007, p. 2.
http://www.meti.go.jp/press/20070517001/kisoryoku-reference.pdf, (参照 2011-04-01).

(12) 川嶋太津夫.“ジェネリック・スキルとアセスメントに関する国際動向”. 学士課程教育のアウトカム評価とジェネリックスキルの育成に関する国際比較研究: 平成19-21年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書. 研究代表者: 濱名篤. 関西国際大学, 2010, p. 158.
http://www.kuins.ac.jp/kuinsHP/facilities/Education/2010/InternationalComparisonResearchReport.pdf. (参照 2011-04-01).

(13) 国立大学図書館協会人材委員会. “大学図書館が求める人材像について: 大学図書館職員のコンピテンシー(検討資料)”. 国立大学図書館協会, 2007, p. 7, 14.
http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/projects/hr/jinzaizo1903.pdf, (参照 2011-04-01).

(14) 例えば以下の文献がある。
Byke, Suzanne et al. A Leadership Primer for New Librarians: Tools for Helping Today’s Early-career Librarians to Become Tomorrow’s Library Leaders. Chandos Publishing, 2009, 167p.
Lowe-Wincentsen, Dawn et al. Mid-Career Library and Information Professionals: A Leadership Primer. Chandos Publishing, 2011, 241p.

(15) “Programs in Professional Education”. Harvard Graduate School of Education. 2011-03-03.
http://www.gse.harvard.edu/ppe/programs/higher-education/portfolio/leadership-academic-librarians.html, (accessed 2011-04-20).

(16) “筑波大学大学院図書館情報メディア研究科修了要件指導体制”. 筑波大学図書館情報メディア研究科. http://www.slis.tsukuba.ac.jp/grad/education/youken.html, (参照 2011-04-01).

 


溝上智恵子. 大学図書館員の継続教育における汎用的能力の重要性. カレントアウェアネス. 2011, (308), CA1744, p. 4-6.
http://current.ndl.go.jp/ca1744