CA1737 – 米国の図書館就職事情 / 田中あずさ

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カレントアウェアネス
No.307 2011年3月20日

 

CA1737

 

 

米国の図書館就職事情

 

はじめに

 米国図書館界では1990年代の終わりころから、2010年以降に起こるベビー・ブーマーの大量退職で、図書館界が人材不足に陥るのではないかと危惧されてきた(CA1583参照)。米国のベビー・ブーマーとは1946年から1964年に生まれた約7,800万人の人たちを指し(1)、彼らの多くは今後20年内に退職すると言われていたためである(2)。ところが、ベビー・ブーマーの最年長が65歳を迎えた2011年現在のところ、米国で図書館員が不足するとの「噂」は神話にとどまっているように思われる。

 

ベビー・ブーマー大量退職による図書館員不足の懸念

 米国図書館協会(ALA)の会員を対象とした図書館員人口調査には2010年5月までに約5万4千人が回答し、その内46.2%がベビー・ブーマー世代であった(3)。業界人口の約半数が今後20年以内の内に次々と65歳を迎える図書館界で、退職者の穴埋めをどうするか懸念するのは自然な事である。

 ベビー・ブーマー大量退職による図書館員不足の懸念を示した例を時系列に幾つか紹介する。

 1995年には、学術図書館員の人口統計学的研究で著名なワイルダー(Stanley J. Wilder)が、1995年時点での北米研究図書館協会(ARL)加盟館の図書館員がいつ退職時期を迎えるかを調査し、退職者の割合が年々増えていくことを予想した(4)(表参照)。

表 1995年時点で在職している学術図書館員の予想される退職時期

予想される退職時期割合
1995年から2000年16%
2000年から2005年16%
2005年から2010年24%
2010年から2020年27%

出典:(4)を基に筆者が作成

 時間は少し進んで2002年にはAmerican Libraries誌でも、1990年の人口調査で職業を「ライブラリアン」と申告した者が65歳に達する時期をまとめ、2010年-2014年がピークで申告者の20%強が退職すると予想した(5)。2004年になるとALAは2000年度の人口調査の結果を受け、図のとおり、2010年から2019年の間に65歳を迎える図書館員が増える事で大量退職の波が来る事を提示し、再度図書館員不足の懸念を示した(6)

図 2000年度の人口調査結果に基づくライブラリアンの65歳人口の推移予想

図 2000年度の人口調査結果に基づくライブラリアンの65歳人口の推移予想

出典:(6)を基に筆者が作成

 このような図書館員不足という将来への危惧を受け、2001年以降、図書館員の確保・養成を援助する動きも強まっていった。

 2002年2月には、ローラ・ブッシュ大統領夫人(当時)の発案により、米国博物館・図書館サービス機構(Institute of Museum and Library Services:IMLS)が「21世紀図書館員募集・訓練プログラム」(Recruiting and Educating Librarians for the 21st Century)を開始し、次世代の図書館員の募集と教育に力を入れ始めた(7)。また、同氏の働きにより、2003年度の政府予算には図書館員養成のための1,000万ドルが盛り込まれることとなった(8)

 

大量退職も大量募集も起こらない

 しかし、こうした危惧は2011年を迎えた現在のところ、杞憂にとどまっていると思われる。ベビー・ブーマーの大量退職も図書館員不足も起こっていない、もしくは遅れている要因としては次の事が考えられる。

 第一に、ベビー・ブーマー達が退職時期を先送りしている事が考えられる。リーマンショック後すぐの2008年9月22日発行のWall Street Journal紙には、何百万人もの退職年齢層が不動産や株価の下落で退職を先送りしているという記事があった(9)。2009年のWall Street Journal紙のアンケートでは、50歳以上の回答者の44%が3年かそれ以上退職を延期すると答えている(10)。2010年には米国の非営利調査機関Pew Research Centerが、50歳から61歳までの60%の人々が不景気を理由に退職を遅らせることになりそうだと答えたとの調査結果を発表している(11)

 米国では、「雇用における年齢差別禁止法」(Age Discrimination in Employment Act of 1967)で一部の職種を除き、定年設定は違法とされており(12)、図書館員も退職時期を自分の裁量で決められる。このため、年齢ごとの図書館員グループが一定の年齢に達する年とその人数を割り出したところで、退職者数を予測するのは難しい。前述した図書館員不足の懸念を示した例に疑問が残るのはこのせいである。

 第二の要因としては、図書館の組織運営の合理化が挙げられる。たとえば外部委託が盛んであるし、退職者が出て欠員となった空席も、新規雇用は行われず残った職員に兼任させることがしばしば見受けられる。また大学図書館相互間の協力も各分野で盛んになってきている(13)。下記に挙げるのは、日本研究分野(14)における大学図書館相互間協力の例である。

 イリノイ大学で日本研究コレクションの担当をしている図書館員は、2010年8月から、ウィスコシン大学とミネソタ大学での業務の兼任を始めた(15)。拠点のあるイリノイ大学50%、他の大学25%ずつの割合で選書やレファレンス・サービスを提供し、拠点外の研究者に対してはメールやテレビ電話で対応する。また、年に3度、1週間ずつ各大学に訪問し、現地でのワークショップなどを計画しているとのことであった。

 アリゾナ大学の日本学研究司書の話によると、この司書も2010年10月からアリゾナ州立大学の日本研究コレクションを掛け持ちで担当している。アリゾナ州立大学では2年ほど前に日本学研究司書が離職して以来、経済的な事情により後任を採用できないため、今回のサービス共有を導入した。

 マサチューセッツ大学アマースト校の日本研究司書も、6年程前から一人で、同州にあるスミス・カレッジ及びアマースト大学の日本語コレクションへのサービスも提供しており、購買、目録作成、レファレンス、図書館教育(library instruction)などを担当しているそうだ。

 以上のことを考慮すると、そもそも大量退職は起こっておらず、退職者が出てもそのポストに対して必ず募集が出るとも限らないというのが現状である。

 

余る新卒者

 大量退職も起こらない上に、組織の合理化で新規雇用も見込まれず、更に不況による人員削減が行われている(16)図書館界での就職状況は、新卒者には特に厳しい。2009年の図書館情報学修士号(MLIS)取得者の就職状況をまとめたレポート(17)によると、就職率(フルタイム)は前年比で69.8%から72.9%へと僅かに回復しているが、リーマンショック以前の2007年の数字(89.2%)には程遠い。こうした厳しい就職市場で生き残るために、筆者がライブラリースクールや先輩図書館員から受けたアドバイスには次のようなものがある。

 第一に図書館員になる事を決めたらすぐにでも、図書館員の求人情報を隅々まで網羅することである。インターネットで簡単に手に入り、それを見れば雇用市場の傾向を知る事ができるので、ライブラリースクール選びや、授業の取り方、インターン先を計画する上でも有用である。

 第二に、卒業以前に図書館業務経験を積む事である。求人情報を調べ始めて気付くのは新卒者が応募できる職の少なさである。新卒者が応募できるエントリー・レベル職(18)でも、2~3年の経験を求められる事が多い。2006年4月から2009年5月に掲載された図書館員求人広告を調査した研究によると、1,042件の求人広告の内、30.9%が少なくとも1年の図書館業務経験必須と明記していた(19)。中でも求められる経験は目録作成やメタデータ付与等のテクニカルサービス、レファレンス、そして情報リテラシー教育の分野だという。このため、ライブラリースクールを卒業するまでに図書館でのアルバイトやインターンシップ等でこうした分野での経験を重ねることが重要である。そのほか、ライブラリースクールの授業では地域の図書館を舞台にしたプロジェクトも課されるので、そうした機会も、将来就きたい仕事に関連させるなどして、賢く使うのがよいようである。このように早い段階から目的意識を持って行動することで、自分のキャリアに必要な専門知識の理解・習得、幅広い人脈の構築が可能となり、他の求職者との差別化ができる。

 第三に、図書館情報学以外のスキルを身に付けることである。上述のとおり組織運営の合理化が進んでいるので、複数のスキルを持って多様な仕事に取り組める人材が重宝される。たとえば教員の資格と図書館情報学修士号を両方とも取得した人は、情報リテラシー授業で教えるスキルが求められる学術図書館員の職で強みを発揮できるだろう。米国の東アジア学系の図書館では1人の図書館員が複数の分野(韓国学と日本学など)を掛け持ちで担当することもある。こうした職に就くには、それらの分野を担当できるだけの専門分野の学位取得、学術的バックグラウンド、言語知識を兼ね備えておく必要がある。

 

就職活動体験談

 ここからは筆者が2009年1月に日本学研究司書の職に就くまでの体験をもとに、米国学術図書館への就職のプロセスについて紹介したい。

 筆者の通ったプロセスも一般的な学術図書館職の場合と同様、応募、電話面接、キャンパスビジットの3段階であった。

 米国での図書館での仕事探しの情報源は豊富(20)であるが、特にALA(21)やARL(22)、州ごとの図書館組織のウェブサイト、また学術図書館であれば学会組織からの情報やChronicle of Higher Education誌の情報(23)等が有用であった。東アジア学系の図書館の求人情報は東アジア学系の図書館に関するメーリングリスト(24)から情報を得られる。応募時は大学の人事のページからオンラインフォームと履歴書、カバーレター(25)を提出した。以前働いていた米国内の図書館の上司やライブラリースクールのアドバイザーら推薦者3人からは推薦書を直接応募先の人事宛てに送ってもらった。

 応募から約1か月半で電話面接の通知があった。電話面接は、電話会議方式で、選考メンバー4人と話すこととなった。このときの選考メンバーが書類審査から採用通知までを担当していた。面接で質問されたのは、「なぜ応募したのか」「仕事内容で何に一番自信を持って取り組めるか」「何が一番自信のない分野か」「なぜ自分こそが採用されるべきだと思うか」等であった。

 電話面接を通過すると2日間のキャンパスビジットに招待された。一日目は大学図書館ツアーと選考メンバーとの面接ディナーだった。選考メンバーとの食事というのは、どの業界の最終選考でも行われるようで、大学のキャリアセンターも就職活動中の学生向けに「面接ディナー」のワークショップを催し、力を入れていた。筆者もそのワークショップに参加していた。ワークショップでは、「ディナーで注文すべきでないメニュー」から、「話題の選び方」「ドレスコード」「アルコールは飲むべきか」まで、コースディナーを食べながら「面接ディナー」の対策を学んだ。キャンパスビジットの二日目は、ほぼ一日中面接であった。選考メンバーをはじめ、図書館長、副館長、その後共に働くことになる他の研究分野司書、関係部門スタッフ、そして日本研究の教授などとの面接が続いた。面接の合間には、図書館スタッフを前に20分間のプレゼンテーションを行った。プレゼンテーションでは事前に指定されていたテーマの日本研究専攻者向けの図書館教育に関して、学部生と院生それぞれを対象とした場合の指導の違いについて話した。応募から採用通知をもらうまでの時間は4か月であった。

 

おわりに

 米国労働統計局(U.S. Bureau of Labor Statistics)が発行する『職業ハンドブック』(Occupational Outlook Handbook)の2010-11年版の「図書館員」の項には「この先10年で大量退職が見込まれているため、就職機会の見通しは明るい」(26)と書かれている。筆者もライブラリースクール入学時(2007年秋)からベビー・ブーマーの大量退職により図書館員不足が起こるとの噂を其処此処で聞いていた。しかし本稿を執筆する機会を得て、少なくとも現在のところ、図書館員不足は起こっていない事が分かった。図書館員不足の問題はこのまま杞憂に終わるのか、単に延期されているだけなのかを知るには、もう少し時間の経過を待って観察しなくてはならないようだ。

ワシントン大学セントルイス東アジア図書館:田中あずさ(たなか あずさ)

 

(1) 2010年の統計では米国総人口は3億800万人あまり(308,745,538人)であった。
“Resident Population Data”. 2010 Census.
http://2010.census.gov/2010census/data/apportionment-pop-text.php, (accessed 2011-02-08).

(2) Marshall, Joanne Gard et al. Where will they be in the future? Implementing a model for ongoing career tracking of library and information science graduates. Library Trends. 2009, 58(2), p. 301-315.

(3) “ALA Demographic Studies”. American Library Association. 2010-06-04.
http://www.ala.org/ala/research/initiatives/membershipsurveys/ALA_Demographic_Studies_6_1_10.pdf, (accessed 2011-02-03).

(4) Wilder, Stanley J. The Age Demographics of Academic Librarians: A Professional Apart. New York, Haworth Information Press, 1999, p. 35.

(5) Lynch, Mary Jo. Reaching 65: Lots of librarians will be there soon. American Libraries. 2002, 33(3), p. 55-56.

(6) Davis, Denise M. “Library Retirements: What we can expect”. American Library Association.
http://www.ala.org/ala/research/librarystaffstats/recruitment/lisgradspositionsandretirements_rev1.pdf, (accessed 2011-02-07).

(7) Van Fleet, Connie et al. O librarian, where art thou?. Reference & Services Quarterly. 2002, 41(3), p. 215-217.

(8) Lau, Debra. First Lady unveils $10 million plan to recruit librarians. School Library Journal. 2002, 48(2), p. 20-21.

(9) Greene, Kelly. Baby boomers delay retirement. Wall Street Journal. 2008-09-22, A4.
http://online.wsj.com/article/SB122204345024061453.html, (accessed 2010-12-17).

(10) Greene, Kelly et al. Delayed retirements are boon and bane for firms. Wall Street Journal. 2009-07-13, B4.
http://online.wsj.com/article/SB124744102811929845.html, (accessed 2010-12-17).

(11) Pew Research Center. “How the Great Recession Has Changed Life in America”. Social & Demographic Trends. 2010-06-30.
http://pewsocialtrends.org/2010/06/30/how-the-great-recession-has-changed-life-in-america/1/, (accessed 2010-12-17).

(12) Neumark, David. The Age Discrimination in Employment Act and the challenge of population aging. Research on Aging. 2009, 31(1), p. 41-68.

(13) Pitchard, Sarah M. Crisis and opportunities. Portal: Libraries and the Academy. 2009, 9(4), p. 437-440.

(14) 東亜図書館協会(CEAL)の統計によると2009年度現在51の東アジア図書館に日本語のコレクションがある。
Council on East Asian Libraries Statistics.
http://www.lib.ku.edu/ceal/php/, (accessed 2011-01-12).

(15) Committee on Institutional Cooperation. “Three CIC Universities say ‘Konnichiwa’ to Japanese Studies Librarian”. CIC eNews. 2010-12-10.
http://info.cic.net/eNews/Article.aspx?List=e2b955aa-f9d6-4598-bb25-be534d3192b8&ID=43, (accessed 2011-01-12).

(16) Library Journal 誌のアンケート調査に参加した公立図書館の43%が2010年度に人材削減をしたと答えた。
Kelley, Michael. Bottoming out: Severe cuts today put big question marks on the future. Library Journal. 2011, 136(1), p. 28-31.

(17) Maatta, Stephanie L. Stagnant salaries, rising unemployment. Library Journal. 2010, 135(17), p. 22-29.

(18) 新卒者が入って初めて就く職務、初級職務。本来は専門学位とインターンなどの僅かな経験のみで就けるはずの職務である。

(19) Reeves, Robert K. et al. Job advertisements for recent graduates: Advising, curriculum, and job-seeking implications. Journal of Education for Library and Information Science. 2010, 51(2), p. 103-119.

(20) 例えば、以下の文献に求人探しに役立つサイトのリストが載っている。
Eberhart, George M. ed. “Guide to library placement sources”. The Whole Library Handbook 4 : Current Data, Professional Advice, and Curiosa about Libraries and Library Services. How Many People Work in Libraries? Chicago, American Library Association, 2006, p. 82-86.

(21) “Employment”. American Library Association.
http://ala.org/ala/educationcareers/employment/index.cfm, (accessed 2011-01-17).

(22) “Career Resources: Jobs, Residencies, Other Opportunities”.
http://www.arl.org/resources/careers/index.shtml, (accessed 2011-01-17).

(23) “Global Jobs”. The Chronicle of Higher Education.
http://chronicle.com/section/Global-Jobs/434/, (accessed 2011-01-17).

(24) “Eastlib, the Listserv for East Asian Librarians” Council on East Asian Libraries.
http://www.eastasianlib.org/Eastlibinstructions.htm, (accessed 2011-02-08).

(25) 履歴書送付状のこと。履歴書とは別に、応募経緯、志望理由、意欲、長所や経験等自分を文章でアピールするもので、履歴書のサポートの役目を果たす。

(26) U.S. Department of Labor, Bureau of Labor Statistics. “Librarians”. Occupational Outlook Handbook. 2010-11 Edition, 2010, p. 270-273.
http://www.bls.gov/oco/ocos068.htm, (accessed 2010-11-24).

 


田中あずさ. 米国の図書館就職事情. カレントアウェアネス. 2011, (307), CA1737, p. 7-10.
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