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カレントアウェアネス
No.306 2010年12月20日
CA1732
動向レビュー
高齢者向けの図書館サービス
1. はじめに
今日、社会の高齢化、とくに団塊世代の高齢化の問題は、図書館の世界にも大きな波紋を投げかけている。ここでは「図書館における高齢者サービス」について、従来のサービスと21世紀以降出てきた新しい論点を概観するなかで、高齢者問題から照射した新しい図書館サービスのあり方を考えていく。
2. 図書館における高齢者サービスの問題
2.1. 従来の高齢者サービス
ある年齢層をターゲットとした図書館サービスは、児童サービス、ヤングアダルト・サービス、ビジネス支援などいくつかあるが、高齢者サービスは、その新しい動向のひとつである。ただ社会の高齢化とは裏腹に、日本では、図書館サービス論の「利用対象に応じたサービス」の一部に位置づけられているものの(1)、翻訳書(2)以外には、まだ図書館の高齢者サービスに関する体系的な著書は刊行されていないといえる。欧米ではすでに1980年代からいくつかの図書館の高齢者サービスに関する著書や論考が刊行されている(3) (4) (5) (6) (7)。また日本では1990年代に発表された高島涼子の一連の研究が先進的であったが、今日の公共図書館を取り巻く現状は、高島がかつて診断した段階をこえているようにも思える(8) (9) (10)。
従来の高齢者向け図書館サービスの特徴のひとつは、高齢者サービスを障害者サービスなどの福祉的アプローチと重ね合わせるところにあるといえよう。例えば大活字本の利用、カウンターの高さや照明などの工夫、施設入所者へのサービスなどである(11)。もちろんこの傾向は今日でも続いており、かつこのアプローチの有効性は軽視してはならないだろう。しかし他方でそうしたサービスの背後に高齢者「問題」への「対策」という発想があるとしたら、そうした理念の根源まで立ち帰って考えてみる時期が到来しているともいえる。
高齢者向けの図書館サービスを障害者/福祉サービスからはなすことを主張したのはクレイマン(Allan M. Kleiman)であった(12)。クレイマンは、1995年のLibrary Journal誌のエイジング問題(the Aging Agenda)特集号にて、高齢者を主体的な図書館利用者としてとらえ、高齢者向けの「生涯学習・情報センター」としての図書館の役割を指摘した(CA1319参照)。そこでは高齢者の読書ニーズ(CA891参照)や高齢者特有の図書館利用形態への対応が必要とされた。
2.2. 図書館における高齢者サービスの新しい局面
21世紀に入り、図書館の高齢者サービスにおいて、従来の考え方や手法とは異なる動向が出てきた。この手がかりとして、米国図書館協会(American Library Association:ALA)が出している、「高齢者(55歳以上)向け図書館・情報サービスガイドライン」の7つの主な柱に注目してみよう。このガイドラインは2005年以降改訂が続いており、現段階での指針(2008年版)は次のとおりである(13)。
① 高齢者に関する最新のデータを入手し、それを図書館計画と予算化に組み込むこと。
② その地域に住む高齢者に特有のニーズと関心が、地域の図書館の蔵書・プログラム・サービスに反映されることを保証すること。
③ 図書館の蔵書と利用環境が、すべての高齢者にとって、安全かつ快適で魅力的なものになるようにすること。
④ 図書館を高齢者に対する情報サービスの拠点にすること。
⑤ 高齢者をターゲットとした図書館サービス・プログラムを設けること。
⑥ 図書館への来館が困難な地域在住高齢者に対して、アウトリーチ・サービスを提供すること。
⑦ 高齢者に対して丁重かつ敬意をもってサービスができるように、図書館職員を訓練すること。
ALAのガイドラインでは、その前文で、ガイドライン更新の基本原則として、(ベビー)ブーマー世代(1946年~1964年生まれ)の高齢化を見越したうえで、高齢者サービスにおける多様性尊重と高齢者へのステレオタイプ克服を謳っている。そこには従来からの福祉的イメージに新しい活動者イメージを重ね合わせるという高齢者観の二重性がある。入江有希は、2006年の時点でのこのガイドラインの分析を手がけたが、その内容は現段階のものとは微妙に異なっている(14)。とくに④の情報サービスの拠点であることと⑥のアウトリーチ・サービスは、入江の論に示されていないだけに注目される。
本稿ではALAガイドラインの更新内容を基に、「ウェブ社会への対応」「ポジティヴ・イメージからの高齢者サービス」「ブーマー世代への対応」という3点を、ここ数年における重要な動向であると判断した。以下、この3点にそって図書館の高齢者サービスの動向を追っていく。第一の点は、ネット社会の到来により、インターネットなどの情報サービスの議論を抜きに高齢者向け図書館サービスを論じることができなくなったことと関連する。第二点は、従来の福祉的視点からはなれ、生活者・活動者あるいはポジティヴなイメージから高齢図書館利用者をとらえる視点である。そして第三は、日本の団塊世代(1947年~1949年生まれ)や米国のブーマー世代の高齢化にともない、従来の高齢者層とは文化的に異質な層(パソコンを苦手としない、学生紛争の経験など)が数多く高齢期を迎えるという動向である。なおこのほかにも、図書館でのクレーマー問題に象徴される、いわゆる「暴走老人」(15)問題や、高齢ホームレス者への図書館の対応という問題なども生じてきている(16)。
2.3. ウェブ社会における高齢者の図書館利用
第一の論点に関しては、高齢者のパソコン/インターネット利用の実態とそれをふまえたサービスが課題となる。従来高齢者は情報弱者として形容されることが多く、例えば2001年の総務省「通信利用動向調査」では、年齢が上がるにつれてパソコンやインターネットの利用率が顕著に低下することが示されていた(17)。しかし2009年の同調査では、高齢者のインターネットなどの利用率が大幅に上昇していることが示されている(18)。NTTデータ経営研究所が2008年に行った高齢者のパソコン・ネットの動向に関するウェブアンケート調査では、60歳以上で「毎日パソコンを使う人は9割をこえている」と報告している(19)。今日ではむしろ、高齢者をインターネット活用者ととらえたうえで、その特性を探るという方向に議論は移行してきている。
図書館サービスにおいても、図書館における高齢者へのインターネット利用支援が出てきている。例えばイングランドの図書館行政庁に対する調査では、図書館行政庁の64%が高齢者向けの利用支援を実施していると回答した(E1024参照)。また先のALAのガイドラインでも、「図書館を高齢者への情報サービスの拠点とする」と謳い、高齢者関連機関へのウェブのリンクを張ることや地域での高齢者向けコンピュータ訓練の提供を示唆している。また公共図書館で高齢者が高度な健康関連情報にアクセスするための、コンピュータ訓練プログラムの開発に向けた実験的研究も出されているし(20)、高齢者に対する図書館利用者教育への示唆も出てきている(21)。インターネットを介した図書館の高齢者サービスの拡充は、図書館サービスにおける今後の重要な方向であろう。
2.4. 高齢者へのポジティヴなイメージと図書館利用
高齢者の図書館利用を福祉イメージや障害者イメージと重ねるだけではなく、主体的な図書館利用者、学習者・生活者としてとらえる動向も芽生えてきている。すなわちポジティヴなイメージのもとで高齢図書館利用者や高齢読書者をとらえるということである。筆者はかつて、図書館の高齢者サービスを安易に障害者サービスと重ねることへの危惧を表し、高齢図書館利用者を「福祉・保護」イメージと「生活者・活動者」イメージの二重性のなかでとらえる視点を提起した(22) (23)。今日では、2010年の国民読書年に高齢者の読書バリアフリー問題を、障害者問題とともに考えるという議論もあるが(24)、こうした読書行動などのエイジングのネガティヴな側面への補助を考える部分では、障害者サービスとの重ね合わせは必要なのかもしれない。しかしこと高齢者観やエイジング観という点に関しては、従来の観点を再検討する時期が来ていると思う。
ポジティヴな高齢者観にもとづく図書館サービスの嚆矢は、先述のクレイマンの論であろう。クレイマンは、従来の高齢者向け図書館サービス(大型活字本、施設入所高齢者へのサービスなど)の背後に高齢者へのネガティヴなステレオタイプが潜んでいるとするならば、エイジングへのステレオタイプを再検討することが必要だとしたうえで、ブーマー世代の高齢化にともなうポジティヴな現実に対する、新しい図書館サービスのあり方を提起した(25)。つまり福祉的側面を強調する高齢者サービスにくわえて、「活動的で」「健康な」高齢者へのサービスをどうするかという問題である。
ポジティヴな高齢者観をふまえた図書館サービスの問題は、2005年のホワイトハウス・エイジング会議のフォーラムに、ALAが提出したバックグラウンド・ペーパーにも反映されている(26)。とくにツゥーロック(Betty J. Turock)は、図書館がエイジング神話を払拭させる役割をもつべきだとし、高齢者自身がエイジズムの自己成就に陥らないように警告した(27)。高島涼子も米国での動向をふまえ、高齢者のニーズと生涯教育に応える図書館の役割を論じた(28)。今日ではオクラホマ大学のヴァン・フリート(Connie Van Fleet)が、ポジティヴ・エイジングの視点からブーマーの高齢化を射程に入れた、包括的な図書館サービス論を示している(29)。
2.5. 団塊世代・ベビーブーマーの高齢化と図書館職員退職問題
上記の、高齢者のインターネット利用とポジティヴな高齢者像からの図書館サービス論の背景には、団塊世代や米国のブーマーの集団高齢化現象がある。日本の場合、このいわゆる2007年問題は、一方で図書館職員一斉退職問題をも巻き込んだ。つまり団塊世代職員が培ってきたノウハウが後続世代に伝えきれない状況であり、前田章夫はこうした状況下での図書館運営の課題を示した(30)。
この図書館員における世代継承性の問題は、日本では2005年ごろから議論が噴出したが(CA1573参照)、米国ではブーマー世代の年齢幅が広いこともあり、こうした問題を包み込むより深い社会構造的問題が潜んでいるといえる。早瀬均は、こうした構造的変化の理解をとおして図書館員不足への対応を考えるべきだと指摘した(CA1583参照)。また先述の2005年ホワイトハウス・エイジング会議のテーマが「ブーマー世代の高齢化」(The Booming Dynamics of Aging)であったことからも明らかなように、日本と同様の現象は米国の図書館界をも覆っている。
2007年にはLibrary Journal誌においても、「図書館はいかにブーマーのニーズに応えるか」(What boomers want)という特集が組まれた(31)。そこでは日本とは異なり新しい顧客層への対応が説かれてあった。また2010年には、ブーマーに対する図書館の役割を論じた著作も刊行されたが、そこでは老年学の成果を図書館情報学と結びつけるという方向が示された(32)。ブーマー層を図書館がいかに受け入れるのかという問題は、実は米国のほうがその影響力が長期的であるがゆえに、より前向きに受け止められているようでもある。しかし日本においても団塊世代の高齢化の問題は、独自のニーズとライフスタイルを有する層の集団高齢化の問題でもあり、図書館においても、それまでの高齢者とは異なった対応が求められてくるだろう。
3. おわりに
ウェブ社会への対応、ポジティヴ・エイジング、ブーマー世代への対応という3つの角度から、図書館の高齢者サービスをめぐる今日的動向を整理してきた。この議論は、高齢者に対する図書館サービスだけでなく、高齢者の図書館利用論・読書論・情報探索論へと敷衍していく必要があるだろう。つまり高齢者を生活主体としてとらえたうえで、その生活構造のなかに図書館や読書がいかに位置づくのかを考えるということである。もちろん福祉的アプローチは軽視できないが、米国を中心に進んでいる高齢者サービスの新しい流れの要諦は、福祉・保護アプローチと学習・活動アプローチの二重性そのものをみつめていくという姿勢であると思う。
大阪教育大学:堀 薫夫(ほり しげお)
(1) 井上靖代. “高齢者サービス”. 図書館サービス論. 小田光宏編. 日本図書館協会, 2010, p. 182-185, (JLA図書館情報学テキストシリーズ, II-3).
(2) メイツ, バーバラ・T. 高齢者への図書館サービスガイド:55歳以上図書館利用者へのプログラム作成とサービス. 高島涼子ほか訳. 京都大学図書館情報学研究会, 2006, 233p.
(3) Turock, Betty J. Serving the Older Adult. New York, Bowker, 1982, x, 294p.
(4) Casey, Genevieve M. Library Services for the Aging. Hamden, Conn., Library Professional Publications, 1984, xiii, 168p.
(5) Dee, Marianne et al. Library Services to Older People. Boston Spa, Wetherby, West Yorkshire, British Library, 1986, viii, 186p., (Library and Information Research Report, 37).
(6) Moore, Bessie B. et al. Improving library services to the aging. Library Journal. 1988, 113(7), p. 46-47.
(7) Van Fleet, Connie. Public library services to older people. Public Libraries. 1989, 28(2), p. 107-113.
(8) 高島涼子. 高齢化社会における図書館の役割. 現代の図書館. 1992, 30(1), p. 59-70.
(9) 高島涼子. 特集, 図書館・図書館学の発展 : 20世紀から21世紀へ: 高齢者への図書館サービス. 図書館界. 1993, 45(1), p. 73-75.
(10) Takashima, Ryoko. Public library services to the elderly in Japan. Educational Gerontology. 1994, 20(5), p. 483-493.
(11) 山内薫. 特集, イネーブル・ライブラリー: 高齢者サービスの現状と課題. 現代の図書館. 1999, 37(3), p. 142-143.
(12) Kleiman, Allan M. The aging agenda: Redefining library services for a graying population. Library Journal. 1995, 120(7), p. 32-34.
(13) “Guidelines for Library and Information Services to Older Adults”. American Library Association.
http://www.ala.org/ala/mgrps/divs/rusa/resources/guidelines/libraryservices.cfm, (accessed 2010-09-10).
(14) 入江有希. 特集, 高齢者と図書館: 英米の高齢者サービスガイドラインに見る高齢者観. 現代の図書館. 2006, 44(3), p. 127-132.
(15) 藤原智美. 暴走老人!. 文藝春秋, 2007, 214p.
同書p. 181-183では「国会図書館で怒鳴られる」という例も出されている。
(16) 清重知子. “ホームレスにとっての公共図書館の役割”. 米国の図書館事情2007 : 2006年度国立国会図書館調査研究報告書. 国立国会図書館関西館図書館協力課編. 日本図書館協会, 2008, p. 316-317, (図書館研究シリーズ, 40).
http://current.ndl.go.jp/node/14415, (参照 2010-09-10).
(17) インターネット利用率は2001年の時点で、30代68.4%、40代59.0%、50代36.8%、60代前半19.2%、同後半12.3%、70代5.8%と、年齢が上昇するにつれて急激に比率が低下していた。
“平成13年「通信利用動向調査」の結果”. 総務省. 2002-05-21.
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/020521_1.pdf, (参照 2010-09-10).
(18) 2009年のインターネット利用率は、50代86.1%、60代前半71.6%、同後半58.0%、70代32.9%と、この間に利用率が飛躍的に伸びているのがうかがわれる。
“平成21年「通信利用動向調査」の結果”. 総務省. 2010-04-27.
http://www.soumu.go.jp/main_content/000064217.pdf, (参照 2010-09-10).
(19) “高齢者におけるパソコン・ネットの利用動向に関する調査”. NTTデータ経営研究所. 2008-12-16.
http://www.keieiken.co.jp/aboutus/newsrelease/081216/index.html, (参照 2010-09-24).
(20) Xie, Bo et al. Public library computer training for older adults to access high-quality internet health information. Library and Information Science Research. 2009, 31(3), p. 155-162.
(21) 福田博同. アクセシビリティを具現化した図書館利用教育:現状と課題(1). 跡見学園女子大学文学部紀要. 2008, (44), p. 95-110.
(22) 堀薫夫. 高齢者への図書館サービス論から高齢者の図書館利用論・読書論へ. 図書館界. 2007, 59(2), p. 67-71.
(23) 堀薫夫. 特集, 高齢者と図書館: 高齢者の図書館利用と読書活動をめぐる問題. 現代の図書館. 2006, 44(3), p. 133-139.
(24) 宇野和博. 特集, 読書の遠近法(パースペクティブ): 2010年「国民読書年」に障害者・高齢者の「読書バリアフリー」を考える. 現代の図書館. 2010, 48(1), p. 32-38.
(25) Kleiman, Allan M. The aging agenda: Redefining library services for a graying population. Library Journal, 1995, 120(7), p. 32.
(26) 2005年ホワイトハウス・エイジング会議では、「図書館、生涯学習、情報と高齢者」というフォーラムが開かれた。
“Pre-White House Conference on Aging Forum”. American Library Association.
http://cs.ala.org/ra/whitehouse/, (accessed 2010-09-10).
(27) Turock, Betty J. “Libraries, Older Adults and the Future”. ALA Forum for the White House Conference on Aging. Chicago, Illinois, 2005-06-24, American Library Association.
http://cs.ala.org/ra/whitehouse/WHCOAForumALA2005_turock.doc, (accessed 2010-09-10).
(28) 高島涼子. 高齢者生涯教育における図書館の役割. 京都大学生涯教育学 図書館情報学研究. 2005, (4), p. 195-202.
(29) Van Fleet, Connie. Libraries and Positive Aging: A Guide to Serving Older People. Libraries Unlimited, 2010, 200p.
(30) 前田章夫. 公共図書館における「2007年問題」. 図書館界. 2007, 59(2), p. 71-75.
(31) Dempsey, Beth. What boomers want. Library Journal. 2007, 132(12), p. 36-39.
(32) Rothstein, Pauline M. et al. Boomers and Beyond: Reconsidering the Role of Libraries. American Library Association, 2010, 152p.
堀薫夫. 高齢者向けの図書館サービス. カレントアウェアネス. 2010, (306), CA1732, p. 9-12.
http://current.ndl.go.jp/ca1732